ユニコーン寮の本領
「ハイ、ノーアウト! バント警戒、前進守備お願いします!」
アコニスの弱点は周知の通りなので、早速対策を講じた。
守備陣が動いたのを見届けた後で、オレはアコニスにサインを送る。
(んじゃあ、予定通り――)
プレート中央からのツーシームを注文。それに頷くと、大きく振りかぶって投球を開始。
速い球が、打席の手前で急激に外角へ沈み込む。スリジエはこれを見送ってストライク。
やはり本調子ではない。曲がり幅が少ないのも相変わらずだ。オレの中で懸念が深まる。
二球目も同じように見逃し、早くも追い込んだ。
「…………」
(確実に何か仕掛けて来るよな……?)
ひたすらに無言で冷静なのが却って不気味だ。
(――いや。だとしても、やることは変わんねぇ)
ペシェットの球を受け続けて来たスリジエは、剛速球に対して最も適性があるとみて良いだろう。故に、三球ともツーシームで勝負に出た。
アコニスはピティエと比べて制球が甘い。同じ球種だが軌道にブレが生じ、外角への変化が少し甘くなった。
バットから快音が響く。打球は前進していた内野の頭上を、易々と超えて外野に落ちた。
「マジかよ……」
百四十キロ台でピティエとは変わらない球速とはいえ、初見でアジャストしてくるとは。 しかも、変化球であるツーシームに。確かにペシェットも使っているが。
結局、二塁打になったタイミングでオレはアコニスに駆け寄った。
「何?」
バツが悪そうだが今は気にしてられない。
「とりあえず、三盗やホームスチールがあるだろうけど気にするなよ? それで制球乱しちゃ本末転倒だぞ」
「わかった」
責められなかったことに安堵したのか、アコニスは素直に頷いた。
「ヒッティングして来たってことは、バントが苦手かもわからん」
「ホントに?」
多分。根拠はなかったが、首を縦に振っておいた。
作戦に変更はないことを伝えると、オレは再びミットを構える。
「まさか、バントは無いから楽ができる。なんて、思ってないでしょうね?」
(ん――――?)
オネットはまるで、オレの胸中を見透かしたような発言を打席でして来た。
打席最前部でバントの構え。思いっ切り嫌な予感しかしない。
しかし、作戦変更はないとした手前、安易に直球を投げさせたくはない。
そもそも、投げたところで状況が変わらない公算の方が高い。
オネットに投げる第一球。バットを引っ込めワンストライク。その間にスリジエは三塁を落とし、ホームスチールが狙える位置に来た。間違いなくやって来るだろう。
「へぇ、ピティエより思った程変化しないのね?」
「そりゃあ、肩がまだ温まってないですからね?」
そう。言葉短く一瞥すると、再びバットを寝かせて構えた。
「ハイ、ノーアウト、バント警戒!」
第二球目は見逃す。そして三球目でホームスチール敢行。プッシュバントで器用に三塁線へ転がされた。交錯する形でスリジエがホームイン。これで四点目。
「ファースト!」
一点を献上しつつもアコニスに指示をして一塁へ送球させた。判定はセーフ。
作戦を練り直す必要があった。しつこいと思いつつも再びマウンドへ。渋面のアコニスを相手にするのは気が進まないが、悠長なことは言ってられない。
何しろ、下手を打てばこの回で勝負が決まってしまう。サヨナラヒットがバントとか、はっきり言って願い下げだ。
「今のは仕方ない。エラーしなかっただけでも収穫だ。練習の成果が出てるぞ」
「うん……」
褒められて悪い気はしないらしい。実際、フライ気味に絶妙な所に落とされた。オネットの方が上手だった。
(そうなんだよ。相手はバントも上手いんだよなあ……)
もう、そうとしか思えない。
考えてみれば、当たり前の話だ。
ペシェットからヒットを打つのは至難の業。となれば対戦相手はバントで点を取ろうと画策するし、その対策でバントシフトの守備練習もやって当然だ。
すかさずブリュムがタイムを取った。内野陣がマウンド上に集まる。
皆の前で一つ、ハッキリさせる必要があった。改まってアコニスに向き直る。
「正直に教えてくれ。あと何球で、肩が温まる?」
「え?」
突破口はもう、そこにしかない。
ブリュムを始めとしたメンバーが見守る中、アコニスは慎重に言葉を選ぶ。
「あと十――――いや、十五球は欲しい……」
心苦しそうだ。真紅の双眸を伏せる彼女の顔は浮かない。
当然だ。その意味する所を考えればそれは余りに絶望的で、試合放棄とも取れる。
「ちょっと待って。それってスリーバントだとしても――」
「みなまで言うな」
リュクセラの言葉をブリュムが遮る。気持ちは痛いほどわかる。
だが、オレはまだ試合を諦めてはいない。
「考えがあります」
断言すると耳目がオレに集中。アコニスの手をオレは素手とミットで包み込んだ。
「投球練習だ、アコニス。一人六球なら、三人目の途中で終われる」
どういう事だとブリュムが質問して来たので、具体的な説明をする。
オレは再びコースと球種ごとのサインを確認し、それに従って投げるように指示。ただ、不安が残るのであろう、アコニスが尋ねる。
「大丈夫なの……?」
登板当初の会話を思えば、懸念するのも仕方ない。だが、オレは敢えて断言する。大丈夫だと。
「なあ、アコニス。オレやピティエがどうして、お前に制球に関して特に言及して来なかったか。理由が分かるか?」
「わたしが、嫌ってた、から…………?」
所在なさげで痛々しい。
しかし、それは違う。もっと技術的な話だ。
制球の要は体幹。前後左右、上体の倒し方一つで球筋は容易に変わる。
「そして具体的な事や勘所に関しては、個人の感覚に拠る部分が大きい。下手に説明するより、自分で体得して欲しいと願ったからだ」
それと制球に関しての思い違いも一つ、ここで正しておく。
「いいか、アコニス。お前は別に制球が苦手なんじゃない。単純にノウハウの蓄積がないだけだ。実際、真ん中ら辺には集中させることができるんだから」
「あ――――」
だからこそ、やれることがある。
「肩が温まるまでは、直球だけでいい。オレが構えたミットに投げ込んでくれ」
制球力を付けるためのトレーニングでは、ミットは使わなかった。あくまで一人で練習させていたから。
「うん。それならできる」
力強く頷くアコニス。彼女の顔には闘志が漲っていた。それを受けオレも頷き返した。
「そうそう。ペシェット先輩のピッチングで、参考にできるのが一つあるぞ?」
せっかくなので教えておく。これはうまくすれば、制球に役立つ技術だ。
伝え終えると、オレはブリュムたち内野手の顔を見渡す。
「それじゃ皆さん、引き続きバントシフトで警戒をお願いします」
「ん。わかった」
「任せときなさい」
「二人が投球に集中できるよう、陰ながら支えとくよ~♪」
「その通りだ」
互いの顔を見合わせ、解散して再び守備に就く。
「ハイ、ノーアウト一塁。引き続き前進守備でバント警戒、お願いします!」
扇の始点からオレが声を張り上げると、外野のミニュイたちも守備は任せろと頼もしい台詞が聞こえた。
(さあ、行くぞアコニス――)
わざわざスリーバントのお膳立てをしてやる義理はない。
六番打者、アポリーヌに対する打一球は、高目に外した内角への直球。
サインを送ってミットをそこに構えた。これなら、オネットも安易に盗塁を仕掛けることも無い。
そして、投げられる第一球目。限界まで捻転した上体が解かれる中、踏み込む足を内側に入れ込む。インステップ。それで強引に内角へと剛速球を捻じ込む。
「ボール!」
「よっしゃあ!」
少し真ん中に逸れたが、高目に外すことはできた。これなら、まだ希望はある。
「よし、アコニス。この調子で頼む!」
続く二球目は外角で高目に外す。開き気味のステップで剛速球が唸りを上げた。
「うおっと!」
限界まで伸ばすことで辛うじて捕球。衝撃で腕全体が痺れる。それでも、いつかの練習のような大暴投は起こらない。
「いいぞ、アコニス。これなら、配球次第でちゃんと勝負ができるぞ!」
そう、これなら打者との勝負が成立する。
まだまだ勝負は判らない。




