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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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102/108

逆転

 一球目は、プレート中央から高めに少し外した直球。念には念を入れ、まずはフェルムの盗塁を牽制けんせい。その判断に私も異論はない。


 この回は向こうも形振り構わず点を取りに来ている。だからこそ、確実に一つずつ潰していく。

 背筋を伸ばし、セットポジション。大きく振り被らず、クイックモーションで――


(なっ――)


 まさかの盗塁。だが、あんな距離からでは二塁に到達するよりもスリジエの送球が間に合う。これは明らかに暴走。

 しかし、奇襲はそれで終わらない。ここで初球からバントを敢行。


(バカな!)


 苛立いらだちをぶつけるように直球を投げ放つ。少し浮いたが許容範囲内だろう。

 そしてその瞬間――

 奇襲の真の狙いが分かった。


(ミニュイ―――――――――!)


 球がバットに当たるよりも早く、私はスリジエの下へと駆け出した。

 だが、それこそが罠。バントで上がった打球が頭上に舞い上がる。


「おおおおおおおおおおおおおッ!」


 必死の思いで跳躍。捕球までは行かずとも、打球を墜落させることには成功した。


「ファースト!」


 失点は避けられない。ならば傷を最小限に。私は渾身こんしんの力で一塁に送球した。

 長かった守備が終わった際、嫌という程痛感した。

 フレーヌ・アベラールの脅威を。


 彼女が凄いのは、類稀なるバッティングセンスではなく、

 あらゆる打者が振り遅れるほどの剛速球を捕逸しないキャッチング技術でも、巧みな配球術でもない。


 本当に厄介なのは――

 奇襲を仕掛ける大胆さと、破天荒な発想力であった。


 〇                           〇


 九回表の逆転劇を目の当たりにして、私は笑いが止まらなかった。お腹を抱えて肩を震わせ、くつくつと込み上げる喜悦が喉を逼迫する。苦しい。


「随分と楽しそうだね?」


 冷言を浴びせられ、私の大笑も収まった。青い豹頭の高身長女子、ヴィットリアの台詞だった。


「ええ、だって。まるでカーバンクル《ウ チ》寮の試合を見ているみたいだったから」

「そう? でも、アタシはあそこまで手の込んだ奇襲、経験ないよ」


 公式戦や甲子園でも。

 相変わらず、彼女の発言には面白みがない。しかし、事実でもあった。

 カーバンクル寮の得意なのは機動力野球であって、奇策や奇襲は専門外。


 私自身、これ程までの奇襲と奇策の応酬は見たことがない。

 盗塁を偽装したスクイズ。それで走者全員がセーフになると、二死一・二塁から四球でダブルスチール。


 動揺したペシェットの失投をリュクセラが痛打。右中間に転がる球をアポリーヌが強肩を活かしてバックホーム。これが逸れてベース手前で跳ねてスリジエの頭上を越え、悪送球のお陰で鈍足のフェルムまで生還。


 続く二死二・三塁の中、ミカがセーフティバント。マウンドに転がっていく球をペシェットが捕球しようとするも転倒。スリジエが捕球するもペリエまでもが生還。これで六対三。


 最後は力尽きたエースに代わって控えのロニエが緊急登板。

 横手投げ《サイドスロー》の左腕が、アコニスのお株を奪うクロスファイヤーで三振を取ると、ようやく攻守交代になった。


 足音がして私が振り返れば、九回裏の攻撃を前に早くもルージュが観客席を後にしようとしていた。


「もう帰るの?」

「ああ。勝負はもう、ついだからな」

「アタシは、最後まで何が起こるか分からないと思うけど?」


 つれないルージュに、グラウンドから目を離さないヴィットリアが反論する。


「知らん」


 振り返りもせず、それだけ言い残して去って行った。

 止める者は居らず、


「フフ。それにしても、フレーヌって面白い子ね。ウチに欲しいくらいだわ」

「ちょっ ソレっち⁉」


 ギャルがあからさまに狼狽うろたえる。私の女房にょうぼう役を取られると思ったようだ。

 その様子がおかしくてつい、意地悪をしたくなる。


「フフフフフ……」


 敢えて否定せず、口元を隠して視線を逸らした。


「やめてっ 意味深な笑いとか、マジで怖いから! ソレっちのパートナーは、あーしだよッ!?」


 その必死さがたまらない。


「そろそろ始まるよ」


 ヴィットリアの諫言かんげんで視線をグラウンドに戻した。


「にしても、どうするんですかね? ユニコーンの連中……」


 シャルラのそれは、この場の全員の気持ちを代弁していた。


「そうね。一体何が起こるか、最後まで目が離せないわ」


 期待を込めて、私は小柄な捕手の姿を見詰めた。


 〇                           〇


「とりあえず、バントは警戒してください」


 開口一番。オレはみんなに布告した。


「本当に、あると思うか?」


 ブリュムが疑問に思うのも無理はない。そもそもユニコーン寮の野球部は攻撃特化の重量打線。


『見逃し三振をするくらいなら、空振りで三振を』


 そんな不文律が伝統的に存在するチームが、形振なりふり構わずバントをしてくるだろうか?


「確かに、おっしゃる通りです。ですが、相手は別に打撃に偏重している訳――」

「みなさま!」


 ピティエの声に全員が振り返った。治癒ヒーリングで一瞬だったらしい。便利過ぎるぞ異世界野球。

 但し、医療行為を受けた時点で試合は棄権と見なされ、戦線復帰は叶わない。

 帰還を言祝ことほぐ仲間たちの言葉に謝辞を述べた後で、


「いよいよ、最終回ですね」


 ピティエが頷く。そこには楽観も慢心もない。それが頼もしかった。


「おう、そうだ。まずはバント処理からだがな」


 相手チームは今、一点が。喉から手が出るほど一点が欲しい。

 そこで、アコニスがバント処理を苦手としていれば間違いなく仕掛けて来る。


「私も、スリジエちゃんならやりかねないと思う」


 真剣な面持ちのミニュイが頷く。


「だって、あの子は。ペシェットちゃんを、絶対に負けさせたくないだろうから」


 彼女のことが大好きだから。

 それは、伝統をかなぐり捨ててまでバントをする理由には十分過ぎた。


「あれ? でも、ツーシームならバントを躱せるんじゃなかったっけ?」


 当然の疑問を口にしたのはペリエ。


「だとしても、だ。最後まで何が起こるか分からん」


 彼女の言う通り、初見でアコニスのツーシームにバットを追随させるのは難しい。

 それでも、警戒するに越したことはない。


「フレーヌさんのいう通りだね。最後まで、油断せず行こう!」

『ハイ!』


 グラウンドに出る前。最後に全員で円陣を組んだ。


「ラタトスクぅ――――――――!」

『ファイッ!!』


 円陣が解かれて駆け出そうとした時。


「アコニス」


 振り返ると、ヴェニュスが観客席に立っていた。隣にはオイレウスが付き添っていた。

 彼女の姿にアコニスも振り返って足を止めた。


いくさというものは、最後の最後まで勝敗の行方は判らぬ。油断なきようにのぅ?」

「うん」


 首を縦に振るアコニスの姿を、ヴェニュスは嬉しそうに目を細める。


「ならばよい。怪我無く、無事に戻って来るようにのぅ♪」

「……いってきます」


 いってらっしゃい。本当に心からの笑顔で送り出してもらった。

 マウンドに登ったアコニスが投球練習を終えると、オレは駆け寄って耳打ちした。


「この試合は全球ツーシームでゴリ押しするぞ?」

「? なんで?」


 彼女の疑問はもっともなので、説明してやる。

 理由は二つ。

 一つは、ピティエを登板させてる最中は徹底的に策をろうしたから。そこで敢えて逆張りをする。


 もう一つは、初見の相手に何の対応もさせないため。

 変化球で躱し切るというよりは、何もさせないと言う方が正しい。勿論、サインは出す。


「わかった」

(おお――)


 素直に頷くアコニスを前に、オレは感動を禁じ得ない。

 出会った当初は、取り付く島もなくて本当に苦労した。


(まあ、ヴェニュスのお陰だろうかな)


 彼女の心を開かせたのは、オレじゃない。そこだけは間違えないよう、肝に銘じる。

 そういえば――


「前に聞いたよな? アコニスの好きな食べ物って何か」

「ん? あ――」


 思い当たる節があったようで何より。


「それじゃあ祝勝会でソレ、一緒に食べようぜ?」

「うん、わかった……」


 優しく微笑む。その顔を見て大丈夫だと確信した。

 さっきも途中でコーチャーを交代し投球練習をこなしたが、未だに投球の出力は八割。

 それでも、問題ない。


(それを何とかするのが、女房役オレの役目だからな)


 かくして、九回裏の攻防が幕を開ける。


 現在、六対三で三点差。ユニコーン寮が逆転するには、打者一巡させるぐらいでないと厳しいだろう。


 最初の打者はスリジエ。静かに集中する姿には、何としてでも出塁しようとする凄味が感じられた。

 その様子に、オレはバントを確信した。

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