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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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窮鼠猫を嚙む

 九回表。一対三で二点ビハインド。状況は二死一・三塁、しかもワンストライク。

 感傷に浸ってる場合じゃない。ちゃんと、繋げないと。

 二球目はツーシーム。空振りで追い込まれた。


 改めて、私はペシェットさまを見る。

 さすがに疲労が色濃い。汗は滴り、肩が弾んでいる。もう既に百五十球を超えているのだから当然だ。


(打席に、集中しよう……)


 下手を打てば、あと一球で終わる。相手を気にかけていられるような状況でもない。

 それでも多分、次は一球外してくる。案の定、スライダーは外角を逸れてボール。

 ワンボールツーナッシング。


(次は、今度こそ勝負してくる。そのためにも――)


 準備をおこたっちゃダメ。まずは足場から。

 少し待ったをかけて、スパイクで荒れた打席の土をならす。

 その最中、おばあ様からの言葉を思い出していた。


 あれはそう、失意の私がラタトスク寮に入寮して間もない頃。

 夜遅くに尋ねて来て、野球教本をプレゼントしてくれた。

 焚書ふんしょに指定された『邪道流野球』の改訂かいてい版。それと共に贈られた言葉を思い出す。


『一族の汚点として除名された今。これから、はペシェットやスリジエを対等の友人として接してあげて欲しい』


 野球に打ち込み過ぎるあまり、友達が居ないようだから。

 その当時は、絶対に無理だと諦めていた。

 それでも、互いのわだかまりが解けた今なら、


(大丈夫かもしれない)


 私、打席に立ってるのに、全然別のこと考えてる。


「フフ……」


 そのことがおかしくて、思わず声が漏れてしまった。スリジエがマスク越しにムッとしているのが分かった。ごめんなさい、今は心の中だけで謝っておく。


「さあ、来――――――い!」


 ペシェットさま――――いや、ペシェットちゃん。

 野球を、しようよ。

 私は微笑みかけた。


 それを見たペシェットちゃんもまた不敵に微笑み、スリジエちゃんとサインを交換し合う。

 首を振って中々サインが決まらない。多分、ペシェットちゃんが投げたがってるのは、内角へのスプリット。


(うん、わかるよ。スリジエちゃんは投げ損じが怖いんだよね?)


 ペシェットちゃんを大事に思う気持ち、痛いほどよく分かる。それでも、本人がそれで納得しないのも含めて。


 漸くセットポジションに入る。スリジエちゃんが折れたんだろう。三塁側のプレートからクイックモーションで、投球が開始される。

 アンジェリーク流特有の溜め。それに一番慣れてるのは、絶対に私。だから――


(あ、これシュートだ)


 フレーヌさんのいう通り、直球やスライダーとも違う腕の振り。フォークじゃなかった。

 私に対しての第五球目はそれでも、内角の膝元に切り込んで来る軌道なのは変わらない。


「ふッ!」


 ツイスト打法。下半身の制動によって上体の振り抜きを鋭くする。その勢いのまま振り抜いた。

 しかし、真芯で捉え損なった打球は一塁線の内側に向かって落ちていく。


(ぜったい、間に合わせる!)


 必死に全力疾走。そして祈りが通じたのか、打球はイレギュラーバウンド。

 ファールゾーンへホームの方へ逸れていった。原因は、打った際に掛った強烈な横回転。


「みんなはっ⁉」


 一塁を駆け抜けた私は、状況を俯瞰ふかんしようと振り返る。

 既にラシーヌちゃんがホームに生還し、それに乗じてブリュムも三塁に到達していた。


 これで二対三。一点差まで詰め寄った。


「やった……っ」


 気持ちのいいヒットではなかったけれど。

 漸く打線が繋がった。


 〇                            〇


 正直、オレにとって予想外のことが起き過ぎた。

 この衝撃をまだ、言葉にできそうにない。


「クソ。スゲェな、オイ……っ」


 どうして、そこにオレが居ないのか。それだけが悔しい。思わず拳を握り締めた。


「三塁コーチャー、ご苦労」

「はい」


 ミニュイの内野安打がファールゾーンに逸れ、ラシーヌが生還している間にブリュムはしっかりと三塁を落としていた。

 ハーフスイングや走塁。きっちりと仕事をこなす職人気質が頼もしい。副部長の看板は伊達じゃなかった。


「それで、相談なんだが……」


 口に手を当てささやくのは、ホームスチールについての質問。これを機に、同点に持ち込むつもりらしい。その貪欲さは嫌いじゃない。

 ならばこちらも出し惜しみは無しだ。


「普通に考えて、投手が球を放った後ではホームで刺されます。だから理想は、捕球と同着を狙って投球が始まった瞬間から走ってください」


 そうじゃないと間に合わないし、その時点で走者に注意が逸れれば今度は投球が覚束なくなる。そうなると占めたもの。


 しかし、さっきの今である。プレートから足を外し、即座に三塁へ送球し走塁を牽制。

 ホームスチールのリスクが跳ね上がったが、一方でこれはチャンスとも言い換えることができる。


 ペシェットは現在、三塁走者に気を取られている。その分注意力が散漫になり、打者への集中力が削がれている。


「走らないまでも、リードは取り続けてください」

「わかった」


 小言でささやき合い、オレもペシェットの動きを注視した。

 そして投げられた第一球はカーブ。

 一瞬、練習に使ってる投球機巧人形ピッチングマシーンのカーブが現実の像と被った。響く打撃音。


 打球は手薄だった二遊間を超えて外野の芝生へ。そこには猛然と疾駆する中堅手、プリメラの姿があった。彼女の足の速さなら、或いは――


『落ちろ――――――――――!』


 ラタトスク寮のベンチが声高に叫んだ。


(いや、これは――)


 落ちる。草の上を滑るグローブと交錯する形で、白球が大きく跳ねた。

 それを見届けてからブリュムが生還。


「キャプテン、ストップ!」


 ミニュイが三塁に到達した直後。右中間の連携を経て送球が三塁に到達。さすがにこれ以上は望めない。

 だがついに、同点となった。

 まさしく、九回二死からの猛攻だった。


 〇                            〇


 三塁に送球が帰って来たタイミングでセレスティーナがタイムを取った。


(当然だな……)


 私が逆の立場でも、そうしただろう。

 内野陣が集まる中に、何故かプリメラも居た。


「ごめんなさい! あそこでアタシがフライをちゃんと――」

「控えなさい、プリメラ。今、必要なのは謝罪などではありませんわ」


 毅然きぜんとした態度のセレスティーナがスリジエに尋ねる。

 私が現在、何球投げたかを。


「次が、百五十八球目になります……っ」


 悔しそうにうつむく従者に、私は自分のことを不甲斐ふがいなく思った。

 ラシーヌに油断し、相手を見くびって痛打を浴びたのがケチの付き始めだった。


「それで? ちゃんと投げられますの?」


 彼女の一言で全員の視線が私に集まった。投げられるのか、と。

 その中でスリジエだけはとても複雑そうだった。

 できれば投げて欲しい。けど、投げて欲しくも無い。相反する気持ちの綯い交ぜ。そんな視線だった。


(では、私はどうしたい――――?) 


 晴天を仰ぎ、この回の投球を振り返ってみる。

 フレーヌを三振に打ち取るまでは良かった。だが、ブリュムとフェルムには失投を出してしまった。


 百五十球の連投はさすがに疲労で身体も重い。それでも握力はまだあるし、スプリットを投げるだけの余力もある。


「やれます」


 私は一人一人の顔を見ながら力強く頷いた。


「では、どう判断しますの? 部長さん」


 セレスティーナはオネットに疑問を差し向ける。彼女もまた、小さく首を縦に振った。


「いいわ。この回、アナタに預けたわよ?」


 直した眼鏡越しの視線は厳しかった。情けではなく、私の能力を買っての判断。


「はい」


 その信頼に報いるためにも、何としても投げ抜く覚悟を決めた。


「では、引き続きリードは任せた。これ以上の失点は無しの方向でな」

「はいっ お任せください!」


 感極まったスリジエの声。素直にそれを嬉しく思う。

 やがて全員が守備に散ると、試合が再開された。


 現在、同点で二死一・三塁。一塁のフェルムは殆ど塁に張り付いた状態なので牽制球を投げる必要はない。ただ、問題はミニュイ。ヘッドスライディングで容易に帰塁できる距離だが、視界の端にどうしてもチラつく。


 去年も校内リーグでカーバンクル寮が三塁から強烈なプレッシャーを何度もかけて来たが、未だに慣れるものではない。


(いや、多分一生慣れんだろうな)


 サイン通り、まずは一球三塁へ牽制。球より早く帰塁するのは予定調和。恐らく、何度やっても同じだろう。

 だったらもう、はらくくるしかない。

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