中編
「気が付けば僕は10歳に戻っていた。丁度側妃である母上が死んだ時期だね。公爵にとっては大誤算だったと思うよ?寵姫であった母に媚びるため、王妃にするために僕とカレンを婚約させたと思ったらあっさり死んじゃうんだから。思えばこの時にはもう乗り換える算段をしていたんだろうね。だから僕はその考えを逆手に取った。
『母上が亡くなって何もする気が起きない。ついては出家して神殿に入るため、王太子の地位を弟に譲ろうと思う。悪いがカレンにはディランを支えて欲しい。だが、陛下は反対するかもしれない。そこで有力な貴族達に先に公表して既成事実を作ろうと思う。その根回しをお願いしたい。ああ、その際にはもちろんディランとその母である正妃にも出席を願おう』
そう言うと、公爵は喜んで茶会の手回しをしてくれたよ。殊勝な態度だけはしていたけどね。その間に僕は王家の薬品庫からあの毒を持ち出した。」
「···『王の慈悲』」
「そう、処刑される貴族に王が与える最後の慈悲。飲んでも身体に影響はないが、一度眠ると目を覚ますことなく絶息する、何の苦しみも無く旅立てる王家の秘薬。まあ、生き汚い貴族の中には眠らないため灼けた石を握った者もいた、なんて逸話も残っているけどね」
絞り出す様に毒薬の名前を呟く捜査官に私は毒薬の解説をする。
「そして茶会当日、昨日だね。僕は全てのポットの中に毒を入れた。ポットから注がれる紅茶。全員に行き渡ると公爵は演説を始めた。私が王太子を辞退する話、そしてディランがその後を引き継ぎ、カレンが改めてその婚約者になることを。そして立ち上がると最後にこう締めくくった。
『この上は皆でディラン様を支えようではないか。王国の繁栄のために!』
そう言って彼は紅茶を飲み干した。ディランも、正妃も。そして貴族達も。その場に居る全員が紅茶を飲んだ。皆の勝ち誇った顔が忘れられないが…その様子だと全員が死んだようだね」
「…はい。ディラン殿下始め68名、全員死亡が確認されております」
「…ああ、素晴らしい。幸福の絶頂。今日から我が世の春が来るはずだったのに。その朝が永遠に来ない事すら認識できないまま死んだ彼等は今頃黄泉の国でどうしているだろうね。」
捜査官の報告に私は満足した笑顔を見せてそう答えた。
「さて、君には今の話を陛下に伝えてきてほしい。この上は逃げも隠れもしない。どのような沙汰も謹んでお受けする、と」
私の言葉に誘導される様にフラフラと扉の方へと歩く捜査官。しかし、扉を空けた状態で立ち止まると疑問を投げかけて来た。
「しかし、腑に落ちません。全員が紅茶を飲んだのなら、何故殿下はお亡くなりになっていないのでしょうか?」
その言葉に私は微笑んでこう答えた。
「それは勿論、昨日から寝ていないからさ」
そう言って彼を部屋から突き飛ばし、扉に鍵を掛けた。