96話「その見本があなたです」
「その後、欲望暴走特急エクセスは……」の回です
よろしくお願いします。
聖騎士が生まれた日。つまりは25年前のあの日。天に煌めく太陽は普段の倍以上の輝きを放っていた。まるでエクセスの出生を祝福するかのように――少なくとも彼の両親はそう信じ、涙を流して喜んだ。
そして富豪だった彼らは最高の教育と豪勢な生活を息子に与えた。満たされ過ぎた日々がエクセスの歪んだ本質――際限がない欲望を形成するとは夢にも思わずに。
それから20年後、金で買えるものすべてに飽きた聖騎士エクセスは、金で買えないものを欲するようになった。それは愛や友情、信頼ではなく、美しい自分に相応しいもの。すなわち美しい女性だった。それも際限なく――
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エクセスが仕えていた領主。タリアント家が管理する領土は広大である。
そして、その端の端には地下へ向かってそびえ立つ牢獄が存在していた。通称は天逆の塔。その底である。
「どちくしょうがああああああああああああああああああああああ!」
エクセスはネズミの死骸を勢いよく蹴り飛ばした。彼の両手にはあらゆる能力を封印する手錠。封鎖錠がかけられていた。
あらゆる魔力の放出を強烈に妨げるそれの前には、聖騎士の能力も機能しない――エクセスは忌々しい手錠を手首ごとベッドに叩きつけると、胸中で怒声の続きを張り上げた。
(いい女がいたから関係をもった! 強力な武具があるからそれを欲した! 気に入らない小娘がいたから痛めつけた!)
優れた能力をもつ自分には思うがままの欲望に突き進む権利があり、その行使を妨げるなど女神に剣を向けるようなものである――その大罪を犯したのは小柄な神官。
「癒希! あのガキがああああ……!」
エクセスは剥き出しにした白い歯を軋ませて怨嗟の呻きを上げた。脳裏に描き出されたのは、小生意気な少年の顔。彼の細い首に妄想の両手を伸ばし、へし折る――刹那。
ぱしんっ!
薪が弾けるような音と共に封鎖錠が砕け散った。
エクセスの表情に特段の驚きは現れてはいない。が、彼は震える声で呟いた。
「これこそ、私が女神に祝福された証なのだ……!」
聖騎士は女神の祝福を受けた者。すなわち、窮地に在る時、それを打開する加護が降りるということである――通常の脳みそで考えれば、今度こそ真っ当な人生を送るようにという天啓だろう。が。
「女神もあのガキが気に入らねぇと仰せだ! よって殺す! ぶっ殺すうううううううう!」
石畳に落ちた封鎖錠に地団太を踏み始めた姿を鑑みるに、エクセスはそう捉えなかったようである。
それはさておき、元聖騎士が悪鬼のような形相で地の底の牢屋に、だんだん! という音を響かせること数分。彼はやっと足を止めた。それから風になびく、さらさらの髪を汗で顔面に貼り付けたまま、冷静に囁く。やや早口で。
「普通にぶっ殺すのではだめだ生き地獄でも生ぬるいもっともっともっと悲惨で惨めで哀れにぶっ殺さなくては……!」
エクセスは息継ぎ無しで長々と怨嗟の言葉を紡いだ後、すっくと背筋を伸ばし、細い指を顎に当てた。鉄格子の先に続く通風孔の闇を見据えながら、胸中でおぞましい計画の詳細について考えを巡らせる。
(あの力は奇跡を超える力――奇蹟の類に違いない。なら……)
ルイ大帝国にでもこの情報を売り、癒希を捕らえさせてしまえばいい。
どれだけ強力な奇蹟を宿していようと、完全に拘束してしまえば洗脳するなり、他の手段を用いるなどして生きた操り人形にすることができるだろう。
それに貢献すれば高い地位が得られるに違いない――エクセスの均整の取れた肉体にやる気が満ちていき、彼は頬を上気させて叫んだ。
「あの気に入らないガキを踏み台にして返り咲く! そして姫の数人を侍らせてハーレムを作るのだあああああああああああ」
万歳の姿勢を取った色情狂は、歪んだ欲望を清々しいまでの大音声で叫び倒した。と。
『……』
「何者だ!?」
背後に忽然と気配。勢いよく振り向くと、女性がじめじめした壁にもたれかかっていた。見覚えのある顔と、引き締まった体型。癒希と共に果実の村を訪れた神官戦士。オリアナである。
「貴様……地の底の牢獄にどうやって侵入したのだ!? いや、侵入以前に……」
エクセスがいる牢屋の扉は開かれていない。仮に音もなく開かれたとして、ネズミと談笑してでもいない限りは見逃すはずがない。まさか壁を透過したわけでもないだろうが――
「どういうことだ……!?」
「……」
エクセスは驚愕に頬を歪ませながらも、瞬時に光の剣を創り出して身構えた。対するオリアナは壁に背を預けたままである。どうということのない表情――つまりは無表情に続けた。
「仮にも勇者。更生の余地があるのではと様子をうかがっていましたが……」
彼女はどこか辟易したように嘆息すると、それからふらりとエクセスに向き直った。冷たい声で、淡々と――鋭い刃をゆっくりと突き刺す。そんな口調で続けた。
「性懲りもなく癒希様に危害を加えるつもりのようですので、処分させて頂きます」
「それは計画倒れに終わるだろうがな!」
オリアナの言葉には純度100%の殺意。
だがエクセスは欠片も怯まず、全身に光の奔流をまとった。さらに光の剣を激しく放電させて斬りかかる――
「気に食わないお澄まし顔ごと返り討ちにしてやりゅ!?」
その時、既に漆黒の刃が彼の背中から胸までを貫いていた。
潤った唇。その端から血をこぼしながら背後を見やれば、オリアナがいる。1秒前まで前方にいたはずの彼女はお澄まし顔で、エクセスの背後に立っていた。
そして1秒前までは人間だったが、今はまったく違う存在になっている――エクセスは激痛に全身を震わせながら、侮蔑に表情を歪ませた。
「その姿……そうか、オリアナ。貴様が“呪い”の……テメエがそのオリアナだったのか……!」
「ええ。珍しい名前でもありませんから」
冷たく言い放つや否や、漆黒の大剣から黒い炎が噴き出す――
ごおおおおおおおおお!
「闇から闇に這い渡る能力……! 腐肉に集る虫ケラ以下の血に相応しい力だなああああああああああひいいいいいい!?」
牢屋に響き渡る敗者の虚勢。それはエクセスが炎に呑み込まれた瞬間、悲鳴に変わった。
そして地の底に暗澹たる静けさが戻った時、エクセスは一握の灰となってオリアナの足元に薄く降り積もっていた。が、すぐに鉄格子から吹き込む風に弄ばれ、冷たい石畳に吸い込まれるように消えた。
「血の清濁と生の軌跡は無関係。その見本があなたです」
自分に言い聞かせるように呟いた後、オリアナもまた、吸い込まれるように牢獄の暗がりへと消えた。
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