95話「ここは彼の聖域です。帰りましょう」
ドタバタ章のエピローグ回です。
よろしくお願いします。
あの後、僕たちは領主と連絡を取ったり、パステリアさんや森のみんなを癒して回ったりで疲れ果ててしまった。
そういうわけで翌日。僕とオリアナさんは聖域の前に立っている。案内をしてくれたアジカさんとストーラさんは神妙な顔でそれを見つめていた。僕も精一杯の神妙な顔を向ける――その先にはピラミッドそっくりの構造物が、でんと建っていた。本物よりは小型だけど、迫力はある。
そして中腹には仰々しい扉。あの先にはあらゆる欲望を満たす秘宝が納められているらしい。僕がアジカさんとストーラさんを改めて見やると、2人とも手をぱたぱたと振りながら返してきた。
「聖域が争いの元になるなら、あたしらには必要ないものさね」
「ああ。どこへでも持って行ってくれってなあ」
それから彼女たちは抱きしめ合い、さらに熱く見つめ合う。矢木咬先生がこの場にいたら、眼鏡の位置を直しながら指摘するだろう。それはさておき。
「そもそも欲しいものを欲しいだけ欲しがるなんざ、お馬鹿のすることさね♡」
「おうよ。なにごとにも限度があるだろってなあ♡」
「……」
この調子なら100万年くらい仲良くやっていくに違いない――100万年も彼女たちのイチャつきを眺めてるわけにもいかないから、僕はオリアナさんと一緒に階段を上り始めた。その最中、ふと気になったことがある。
(森には女性しかいないけど、どうやって種族を維持しているんだろう?)
いやらしい森の生き物たちが一役買っていたりして。
(……そんなわけないか)
秋葉原産の薄い本じゃあるまいし――僕は軽く嘆息して立ち止まった。目の前には仰々しい扉がある。譲り受けた鍵はかちりとはまった。扉を進んだ先には――
『性域では?』
そんな疑問が生じるような光景が広がっていた。
広い部屋のど真ん中にはいやらしいデザインの特大ベッド、その枕元にはいやらしいこと以外には使い道がないであろう道具、そして淡い光を放つ照明――話に聞くレジャーホテルと一致する。さらに四方の壁際には本がぎっしりと詰まれていた。近寄ってその1冊を手に取ると――
「やっぱり……」
表紙にはあられもない姿の女性が描かれていた。僕がいた世界で言うところのエロ漫画。
こっちの世界ではなんて呼ぶんだろう――それをオリアナさんに訊くのはやめておくとして、いくつかを手に取ってみると、ゴブリンやオーガが表紙を飾っているものもあった。
ここに積まれているすべての本がエロ漫画なんだろう。つまり男の娘もここからゴプリンやオーカに広まったに違いない――そう確信した僕の脳裏には秋葉原の雑踏が思い浮かんだ。それはさておき、部屋の隅に机がある。まったくいやらしくない。その上には手帳が置かれている。僕も持っているものだった。
(生徒手帳だ。しかも僕と同じ学校の……)
手に取って開くと、最初のページには顔写真が貼られている。やっぱり見たことがある顔だ。ゴプリンやオーカが讃える根源たる存在――
(山中智君……)
その正体は僕のクラスメイトだった。確か漫画研究部に入部した人だ。そして積まれている本を改めて見渡すと、表紙には長身で豊かな胸囲の女性が描かれているものが多い。
(……そういうことか)
この部屋は彼にとっての聖域だった。
それを暴いてしまって申し訳ない――僕はそんなことを考えつつも、彼の行方を知るために引き出しを開けた。
空の段が続いたけど、最下段には日記らしきものがぽつんと置かれている。僕は手に取ってそれを読み進めた。聖域が静寂に包まれること数分。
「やはり癒希様の……」
「はい」
オリアナさんが心配そうに訊いてきた。
日記は僕がいた世界の文字で書かれていて彼女には読めないはずだけど、僕は日記をぱたんと閉じた。思わずため息がこぼれてしまい、オリアナさんが不安そうに顔を覗き込んできた。
内容を聞きたいんだろう――僕の精神状態に関わることだから当然と言えば当然だけど、丸ごと話すのはさすがに憚られる。だから、かいつまんで話すことにした。
「……ゴプリンやオーカを創造したのは僕のクラスメイトでした」
「しゅ、種族を創造したのですか!?」
「はい」
山中君はゲス女神からこの森周辺限定の万能チートをもらったらしい。
それを駆使して自分好みの容姿をもつゴプリンとオーカを創造し、この森を真円の川と貪食魚で封鎖してハーレム暮らしを送っていた。いやらしい生物もその性的嗜好の一端を担っていたらしい――その詳細はさすがに読み飛ばしたけど。
そしてお金を獲得するために実り豊かな土地を創り出し、そこでの労働と外敵の排除、さらに森の仲裁役として不死の肉体をもつドロールを創り出した。けど、ドロールたちは働かされるばかりで山中君の寵愛を受けられなかった。その嫉妬と怒りから、森に攻め込んで来たらしい。
チートを駆使して応戦するも、森は血で染まってしまい――山中君はそこで自分の過ちに気がついた。その時の後悔が日記の最後にこう綴られている。
『思うがままの欲望に突き進んだ結果がこれだ。立ち止まって考えなくてはいけなかった』
彼はこれを書いた翌日にドロールとの話し合いに赴くつもりだったらしいけど、その結果は記されていない。
ここに戻って来れなかったのか、戻って来なかったのか――
「……山中君の行方は分かりませんけど、ここは彼の聖域です。帰りましょう」
「そうですね」
僕は閉じた日記を引き出しに戻してから出口に向かった。2人分の足音が虚しく聖域に響き渡り、そして僕は扉を閉じた。
(ドロールとの話し合いの結果はわからないけど……)
この扉の向こうでかつて繰り広げられた欲望の宴が、2度と行われることがないのだけは確実だ。
・
・
「手ぶらかい?」
「秘宝はどうしたってなぁ?」
「……」
階段を下り切った時、アジカさんとストーラさんが驚いたような顔を向けてきた。
僕が秘宝を持っていないことを不思議に思ったんだろう――確かに手ぶらだけど、山中君の想いを心に抱えて持っている。だから何も答えずに彼女たちを見つめた。なにか感じるものがあったのか、真剣な顔が向け返される。
「この聖域におわした方は、貴女たちが仲良く暮らすことを望んでいます。昔も今もこれからも、ずっと
……」
『……』
アジカさんとストーラさんは頷くと、それから――やっぱり――見つめ合い、さらに抱き合ってキスをした。
目の前で咲いた百合の花。僕は思わず声を上げかけてしまい、オリアナさんは銀鋼糸の鞭をぎしりと鳴らして2人を睨みつけた。けど、アジカさんとストーラさんは欠片も怯まずに熱い声を張り上げる。
「あたしらは種族まるごと仲良しさね!」
「おう! 任せろってなぁ!」
そう言った直後に再び抱き合い、さらにディープキスまでおっぱじめました。
いやらしい音がいやらしい森にしっとりと染み込む――と、僕の両目は背後からオリアナさんに塞がれてしまった。神官戦士のお姉さんの冷たくて柔らかな感触。なんだかとっても官能的だ。それはさておき、冷たく柔らかな闇の中で、僕は山中君のその後について考えを巡らせた。
(彼とドロールがどうなったかはわからない)
しかも生徒手帳の劣化具合から見て、彼がこの世界に来たのは何十年も昔に違いない。
今を生きる僕には彼らが幸福だったことを祈るしかできない。けど山中君は自分の行いを省みることができたんだから、きっと――
(あの人はどうなんだろう?)
外見にも才能にも恵まれた勝ち組にも関わらず、道を踏み外してしまった聖なる騎士。
僕は連行されたエクセスさんのことを思い出していた。
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