94話「ミミズでも食べていてください!」
ドタバタ章の決着回です。
よろしくお願いします。
「あなたがお馬鹿だからです!」
「ぐべらぁ!?」
猛烈な勢いで振り下ろされた戦杖がエクセスの頭頂部を直撃し、その威力が彼の全身を地面へと叩きつけた。
どごん!
盛大に舞う土煙。それが風にかき消されてもエクセスは大の字に伸びたまま動かない。
ゴヴリンたちも女神の怒りで昏倒しており、その爆風で火災も鎮火済みである――戦いは終わった。癒希は戦杖をひゅんひゅんと振り回してから肩に置くと、エクセスに半眼を向けた。
「ミミズでも食べていてください――うわあああ!?」
そして決めのセリフなど言い放った直後、村人たちに殺到されて甲高い悲鳴をあげた。彼らの大歓声がそれすらもかき消し、癒希は急流に浮かべた笹船のごとく揉みくちゃにされてしまった。
「……」
パステリアはそんな彼を少し離れたところから見つめている。が、落胆の嘆息をこぼすと――藁でも掴みそうな表情でもがいている――癒希に背を向け、片足を引きずりながら歩き出した。立つ瀬がないとでもいうような表情である――と。彼女の腕をクリシーネが掴んだ。不思議そうに訊く。
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
「……負け犬は犬小屋にでも引っ込んでるよ」
「え?」
パステリアは虚ろな目でそう言い残し、再び歩き出した。瞬間。
むにゅっ!
柔らかい何かに顔面から突っ込んでしまった。視線だけを上向けると、白金の瞳が見つめ返してくる。オリアナだった。なぜかずぶ濡れである。それはさておき。
「オリアナ様……!」
自分が顔をめり込ませているのがお姉様の双丘だと知るや否や、パステリアの頬がこれでもかと引きつった。オリアナは変わらず無表情であり、苦笑する様子はない――
『激烈な平手打ちか容赦のない鞭撃』
パステリアは覚悟を決めた。その時、オリアナの背後に気配が2つ。
覗き込むように見やれば、ゴプリンとオーカがやはりずぶ濡れで立っていた。タオルでも渡して失点を取り返したいところだが、パステリアはそんな気の利いたものを持っていない。
「あの……! そのですね……」
代わりにお詫びなど申し上げようとしたが、言葉は上手く出てこない――待つのに疲れたというわけではなかっただろうが、オリアナが先に口を開いた。不思議そうな顔をして。
「負け犬とは、貴女自身のことを言ったのですか?」
「……ええ。なにもできなかったので……今に始まったことじゃないんですけど……」
パステリアは――オリアナの乳房から――2歩分の距離を取った後、俯いてそう答えた。
と。
その顔に影が落ちた。彼女が再び見上げると、ゴプリンとオーカがオリアナの肩ごしに覗き込んできていた。やはり不思議そうな顔で。
「あんた、それは本気で言ってるのかい?」
「ヒト流の冗談だろってなあ?」
「いや、冗談かます元気はねぇけど……」
長身のお姉様たちから見下ろされ、パステリアは困ったような顔で呻いた――その時、背中にいくつもの視線。振り向けば、そこには笑顔の村人たちがいた。その中心には小憎らしい少年。彼まで不思議そうな顔をして。
「パステリアさんが戦っていなかったら、みんな殺されていたかもしれないのに?」
「…………そうか?」
「はい! 大勝利ですよ」
「――!」
奇蹟の子は確信をもって断言した――直後、パステリアの頬は真っ赤に染まり、鋭い瞳から涙が零れ落ちた。クリシーネはそれをはんかちで優しく拭い、小柄なお姉ちゃんを強く抱きしめる。
「かっこよかったよ、お姉ちゃん」
「小さくてもお姉ちゃんだからな……」
「そうだね。ふふ♡」
パステリアは子供のように泣き、彼女をより強く抱きしめるクリシーネ。彼女たちに注がれる温かな眼差しは完勝の証――その時。
「そうじゃともおおおおお!」
「ジイサン!?」
村人たちのなかからオスロ村長が元気一杯に飛び出して来た。
エクセスに斬りつけられてできた服の裂け目から鎖帷子が見える――なにかと命を狙われる機会でも多いのか、この辺りに棲むミミズは狂暴なのか、その理由はさておき、とにかく着込んでいたらしい。重量もそれなりにあるはずだが、彼はずだだだだ! と土煙さえ巻き起こしてパステリアに駆け寄ると、彼女の手を強く握った。
「お前さんは村の恩人じゃ! ヨザムもパックも誇りに思っておるに違いない!」
「……まあ、そうだね」
「そうじゃともおおおおおおおお!」
さらに感極まったように熱い涙など流しながら肯定を返した。が、次の瞬間、パステリアの胸を狙って右手を勢いよく突き出す――
がしっ!
「おおおおお!?」
「――あのね?」
それを細い腕で引っ掴んだのはクリシーネだった。長めの髪を怒りでざわざわと蠢かせ、さらにもう片方の手を振りかぶりながら続ける。
「引っ叩くよ!? もう!」
「すでに引っ叩かれておるううううう!?」
べしべしという、どこか和やかな打撃音が果実の村に響き、村人たちは苦笑いを浮かべた。
癒希はそんな平和な光景をやれやれといった表情で見つめていた。隣にはいつの間にかオリアナ。小声で訊く。
「橋は落ちてましたけど、どうやってこっちに来たんですか?」
「それは……」
「それはだね!」
答えたのはアジカだったが。それはさておき、ストーラも加わって続ける。
「囮の餌を大量に放り込んで川の貪食魚たちの目を逃れたってことさね!」
「ちなみにその囮ってのは、赤くて緑の――言わなくてもわかるだろってなぁ?」
「……侵略の愚かさを身をもって学べるなんてラッキーですね」
癒希はピラニアの群れに襲われる映画のワンシーンなど思い浮かべて頬を引きつらせた。と。ストーラの手がアジカの肩に回されているのに気がついた。
「仲がいいんですね。えっと……」
「そういうことだってなぁ?」
「ああ。そういうことさね」
そう返しながら、アジカはストーラの腰に手を回し、そして2人は熱い眼差しを至近距離で絡ませ合う――
(……絶対にこの2人に挟まれないようにしよう)
女性同士の恋愛に挟まる男性は絶対に許されないのだから――癒希はアジカとストーラから2歩分の距離を取った。
不定期更新です。
よろしくお願いします。




