93話「あなたのおつむには説明するのも面倒です」
ドタバタ回の続きです。
よろしくお願いします。
「お姉ちゃん!」
「クリス……!」
エクセスの手を振り払い、クリシーネがパステリアに思い切り抱き着いた。パステリアも全身で応じる――再び繋がった少女たち。その想いを背景に、癒希が戦杖を構えてエクセスを睨みつけた。
「ここからは僕が相手です」
「ふむ……」
絶叫で乱れた前髪をかき上げながら、エクセスは麗しい瞳で癒希を見つめ返した。陶器のような肌。その中にある歪んだ思考を働かせる。
(あれほどの威力で地面に叩きつけられて無傷とは……)
あり得ない。奇跡――否、それ以上のものが必要である。女神に祝福された自分ほどではないにしろ、癒希にもそれが宿っているのは間違いない。神官にしては幼いのもそのためだろう。
「なるほどね!」
「……!?」
エクセスは澄んだ声を張り上げると、ご機嫌な様子で剣を納めた。あくまで戦杖を構えたまま怪訝な顔をする癒希。彼に対して極上の微笑みを向ける。
「君は癒希といったね。私と来たまえ!」
「……あなたと肩を組んで悪役街道を驀進するために空を飛んできたわけじゃありません」
「ふっ……」
半眼な上に、にべもない。が、エクセスは微笑みを崩さない。優雅に鼻腔など鳴らした後、繊細な指先をパステリアに向けた。瞳には侮蔑の光を灯して。
「そこの負け犬のようになりたいのかな?」
「この……!」
「お姉ちゃん!」
パステリアは思わず食って掛かりそうになり、クリシーネが慌てて抱き止めた。それが拙い喜劇にでも見えたのか、エクセスはやれやれと首を振った。そして改めて癒希を見やる――
「えっと……」
彼は心の底から理解不能だとでもいうような顔をしていた。
さらにまぶたをぱちぱちとさせ、どう説明したものかといった様子で思案する――が、諦めたように嘆息した。いい説明が思いつかなかったのだろう。気を取り直すように明るい声を上げた。
「こうしましょう!」
「……?」
次いで手のひらを上にした左手をパステリアに向ける。
取るに足らないドブネズミに話を戻す意図が理解できなかったらしく、エクセスは疑問符を浮かべた。癒希は続ける。
「パステリアさんはまだ負けてないってことでいいですか?」
「はて? どういう意味かな」
やはり意図を理解できなかったのだろう――エクセスの頭上でふよふよと浮く疑問符が消える気配はない。
そんなイケメン騎士に頭痛でもするのか、癒希は深く息を吸った。言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「彼女は倒れてませんし、ましてや死んでもいません。だから負けてないですよね?」
「……なるほど」
ようやく合点がいったようである。エクセスは軽く頷き、パステリアに見下すような視線を向ける――それが癒希の提案に対しての答えを嫌というほどに表していた。が、癒希を引き入れたいという思惑のためだろう。真逆の言葉を返した。
「君がそう言うのなら構わない」
「あー、良かった!」
癒希は左手を自身の胸に当てて安堵のため息をつき、それからにこりと微笑んで続ける――
「エクセスさんて見た目ほどお馬鹿じゃないんですね」
「ああああああああん!?」
次の瞬間、エクセスは額に激怒のマークを浮かび上がらせ、眉と両目、さらに口の端まで吊り上げて癒希を睨みつけた。その恐ろしい形相にクリシーネが息を呑む。
「私の見た目のどこがお馬鹿だと言うのかな!? 似合いもしない女装をしている君こそお馬鹿だろうに!」
「でも鎧の上から女王様の衣装って、脳みそに深刻なバグを抱えているとしか思えないんですけど」
「――てめえは見た目通りのお馬鹿野郎のようだね!」
癒希の追撃で怒り心頭に発したらしいエクセスが、全身から莫大な力を放出した。
周囲の大気が急激に重さを増し、次の瞬間には全身に輝く重鎧が創り出されていた。実体化したその超重量が地面を叩く。
ずしん!
エクセスは足の甲まで地面に埋まっていた。重量が10倍以上に増したのだろう――重騎士の比ではない。もちろん防御力も遥かに上回っているはずである。
「これが聖騎士の本気ってやつかよ……!」
その圧倒的な威圧感を前に、パステリアが愕然と言葉を漏らした。が、エクセスは力の放出を続けるようだった。つまりこれが天井ではないということである――連続して輝く。
きん! ききん!
「ドロールの超兵器と私の能力が織りなす神々しい姿を見れば、君のおつむも少しは改善されるに違いない!」
哄笑じみた叫びをあげている間に、彼の左手には光の大盾が、周囲には菱形の水晶――術に対する防御衛星だろう――がいくつも出現した。さらに全身が光の奔流に包まれる。そして。
ばりばりばり!
「晶殻光壁結界! 見るがいいいいいい!」
頭上には激しく放電する光の円環――
「これは最高位の防御結界だ! あまり近づかないことをおすすめしよう!」
エクセスが高らかにまくし立てるや否や、待っていましたと言わんばかりに円環から目も眩む稲妻が迸り、彼の足元周辺の地面を焼いた。近づく者を問答無用で焼き払う稲妻なのだろう。
ばりばりばり!
「さあ、少しは改善されたかな!?」
『ウゲー!?』
『きゃあああああああああ!』
稲妻はさらに激しさを増し、その流れ弾が家屋や地面に着弾しては、次々と白い爆光をまき散らした。
エクセスがその気になろうものなら、距離に関わらず黒焦げにされてしまうだろう――村人たちは恐れおののき、狂暴なゴヴリンすら揃って地面にうずくまった。畏怖の眼差しが集束する先には光り輝くエクセスがいる。気を良くしたのか、増長のギアがトップに入ったのか――両腕を天に向けて嬌声じみた声を張り上げた。
「愚民どもよ! 跪け! 畏れろ! 女神の顕現たるこの私に祈りを捧げるのだ!」
「女神の顕現とまで……狂ってるぜ……!」
「どっこい私は正気なのだ! ひはははははははははははは!」
そして狂った笑声を村に轟かせながら癒希を睥睨する――が、彼はまったく恐怖してはおらず、憐憫の表情をエクセスに返した。それは道端で息絶えかけている子犬を見る時のような――かちんときたらしいエクセスが、これでもかと顔面を歪めた。
「なにか言いたいことがありそうだね!」
「……いえ、ただ迂闊なことは言わない方が良いですよと思って。こんな面白いシーンなら見てるはずです。だってこんなに面白いんですから」
「迂闊なこと言ってんのはてめえだろうおおおおお!? 脳みそ君に改善の余地はなさそうだなあああああ!」
癒希は至って真面目に言葉を紡いだようだが、エクセスはその言動を完全に侮辱と受け取ったようだった。強烈な光を帯びた剣を抜き放ち、戦闘態勢に入った。光の防具も一斉に輝きを増し、その超絶的な戦闘能力が大地を震わせる――言葉で空を震わせる。
「神となった私に対しての侮辱は誰にも許されるものではない! よって天罰を下す!」
「侮辱した覚えもないんですけど……まあいいや」
「どこまで口の利き方を知らねぇんだよおおおおおおおおおおおお!?」
癒希はやはり怯えも震えもせず、ただ深々と嘆息した――刹那、光の巨塊と化したエクセスが滅殺の1歩目を踏み出した。足元の大地が砕け、空が哭く。繰り出される絶撃は天すらも焦がすだろう――それを真正面から迎撃するのは比良坂癒希。女神に胸倉を掴まれたことがある少年。その小柄で華奢な体には奇蹟――!
「あなたのおつむには説明するのも面倒です! 女神の怒り!」
「賢けりゃ逃げる! この馬鹿めがああああああああ!」
癒希を中心に純白の輝きが膨れ上がる――だがエクセスは速度を落とさずに突っ込んだ。
・
・
純白の輝きは大爆発となって村全体を呑み込んだ。
エクセスは大盾を前方に構えてその輝きに真正面から突っ込む――神官の術であれば聖なる力である可能性が高く、つまり聖騎士には効かない。そう考えたのだろう。
(仮にそうでなかったとしても、この超神聖輝々爛々装備なら耐えられる! 問題は!)
口の利き方を知らない少年をどう殺すかのようだった。が。破壊の白が均整の取れた肉体を直撃する――
ごっ!
「馬鹿なああああああああああああああああああ!?」
それは彼にとって、あまりにも理不尽なことだった。
光の奔流も防御衛星も大盾も光の重鎧もなにもかも――彼が展開していた、あらゆる防御術が無視されたのである。理不尽という言葉以外で表すのなら。
「あり得ねえええええだろうがあああああああああ!」
激情が肺の底から迸る。次の瞬間、穢れない爆風が彼の全身を満遍なく殴りつけた。
ががががががっ!
「どどどどどどう殺すか決めたぞおおあああああああ!」
死体は塵も残さない。エクセスが破壊の白の先にいる癒希を睨みつけると、彼は睨み返してくる――
「焼け焦げりゃあああああああああああああ!」
光の円環が生意気な顔面を狙って輝く。が。
ぱりん!
「はひ!?」
最高位の防御結界は、安物のワイングラスのような音を立てて弾け飛んだ。
円環は聖騎士の力を光に変換して結晶化させたものであり、物理的には強くない。超高密度の光を貫通してそれを破壊する火力など、この大地に存在し得ないのだから――その理はたった今、砕け散って爆風に消えた。理不尽である。またはあり得ねえ。
「さっきからなんなんだよ、てめえはあああああああ!?」
透き通った美声で張り上げられた、悲鳴じみた疑問の叫び。癒希はなにも答えない――パステリアは白い輝きの中で彼の背中を見つめた。
(あの時のあれか……)
女神の怒り。
それはあらゆる防御を無視してダメージを与えるとんでも兵器。
小憎らしい少年が女神から授かった奇蹟の一部であるらしい。つまりは天賦の才があろうと、この大地で生まれた人間が太刀打ちできるものではない。それは女神に剣を向けるようなものである。
「おにょれえええええええええええええええええええええ!」
知らなかったとはいえ、そんなものに真正面から突っ込んだエクセスはあらゆる防御を無視され、形容しがたい悲鳴を張り上げている。創り出していた重鎧や大盾などは、既に彼の手元にない――というか消滅していた。
天賦の才に溺れ、増長に増長を重ねてきたエクセスである。負傷した経験などほとんどなく、生まれて初めての激痛で術の維持すら困難になってしまったのだろう。が――破壊の白が収まった時、彼は倒れていなかった。意地と誇りで耐え抜いたということである。
「私は……負けないのだぁ……あああああああああああああ!」
エクセスは天を仰ぎ、勝利の咆哮をあげた。
敗北の境界線。そのぎりぎりで踏みとどまったのである――誰も拍手を送りはしなかったにしても、それは間違いなく彼の勝利と言えた。癒希との戦いは終わっていないが。
「話を僕に戻してもらっていいですか?」
「――うげぇっ!?」
冷たい声に気付いて下を向くと、目の前には戦杖を真横に構えた癒希がいる。普通に距離を詰めただけなのだが、エクセスは絶句した。彼は慌てて剣を閃かせようと――したが、体は軋むような音を立てただけで動かない。
「……」
「てめえ……! う・お・おおおおおお……!」
無言で冷たい視線を送る癒希。エクセスが全身の力を振り絞る。それでも体は微動だにしない。動くものと言えば視線くらいである――それを癒希へと向ければ、勝利の軌跡がはっきりと見えた。
『銀光を閃かせて戦杖を弾き飛ばし、返す一撃で首を刎ねる』
華麗にして流麗。完璧である。が、大爆発に呑まれた体は焼け付いて動かない――エクセスよりも深い傷を負ったパステリアは立ち上がった。彼女に比べれば、エクセスが負った傷などこの程度である。
それにも関わらず、剣を振るうどころか指を動かすことすらできない――ドブネズミにできたことが自分にはできない。
「な……なぜだああああああああああああああああああああ!?」
あらゆるものを凌駕する想い。それをもたないエクセスは屈辱の底で怒声を張り上げたが、やはり体は動かない。
そして癒希が戦杖を握る手に力を込めた。きらりと光る戦杖の打撃面――
「――!?」
エクセスには見えた。その一瞬の輝きの中に豪奢な金髪の絶世の美女。邪悪に過ぎる笑みを浮かべ、中指だけを立てた左手を向けてくる。刹那。
べぎっ!
彼は横っ面を激烈なまでの威力で打ち据えられた。
思わずふらつく均整の取れた体。回避などできる状態ではない。癒希は身を翻し、戦杖を大上段から振り下ろす――
「あなたがお馬鹿だからです!」
「ぐべらぁ!?」
聖騎士様は実り豊かな地面に叩きのめされた。
不定期更新です。
よろしくお願いします。




