90話「やれるもんならやってみろと言いてぇところだが……!」
ドタバタ回の続きです。
よろしくお願いいたします。
丸呑みの触手竜のクロエちゃんが空高く打ち上げられた、まさにその時である。
果実の村の広場には村人たちが集められており、彼らの周囲は数十匹のゴヴリンによって囲まれていた。が、当惑の表情が向けられた先にいるのは――
「お忙しいなか、よく集まってくださいました!」
年齢は20代半ば。背は高く、そよ風にすらなびく銀色の長髪。聖騎士エクセスだった。優美な表情と仕草で一礼し、そして頭を上げた時、彼は残忍なまでの冷たさで微笑んでいた。それを見た村人たちが一斉に顔を青ざめさせる――村長として場数を踏んできたオスロは別だった。
「貴様は村を守る役目を与えられたはずじゃろう! なぜ怪物どもを招き入れた!?」
「おやおや……」
腹の底からの怒声。それに返されたのは、苦笑いじみた嘲笑。聖騎士に免許証があれば、撮り直し確実の笑みである――つまり彼が表情を正すことはなかった。そのまま続ける。
「守るも何も、聖騎士がこんな村に派遣されたこと自体が変だと思わなかったのですか?」
「ぬうぅ……!」
「ある目的のために私が希望してきたのです!」
怒りの度合いを激しく増したオスロの視線を平然と受け止めながら、エクセスは両手で天を仰ぎ、自らの美しさに陶酔したような声を張り上げた。
「それはなにを隠そう、この村に封印された超兵器!」
「へ、兵器じゃと? 村中を掘り返したところで、見つかるのはミミズくらいじゃ!」
「ふっ……自分たちが暮らしている場所のことも知らないとは、なんと愚かなのでしょう。まるで――」
「ちなみに、ここらで採れるミミズは乾燥させても薬にならない種類じゃぞ?」
「うるっせええ! ミミズから離れろ、ジジイ!」
話の腰を折られたのがよほど腹立たしいらしく、エクセスは端正な顔を怒りに歪めて叫び返した。それから彼はこの村の秘密を――やはり自身の美しさに陶酔したような声と仕草で――語り始めた。
「この村がある土地には、かつてドロールと呼ばれる種族が棲んでいたのです」
彼女たちは、なぜか滅びてしまった。が、ゴプリンとオーカが種族単位の争いを始めると、ドロールが使っていた超兵器が復活するらしい。
「……それが事実だとしても戦など起きてはおらん」
「はははははははははははははははははは!」
そうくるとわかっていたのか、エクセスは銀髪をかき上げながら大声で嗤った。罠にはまった獲物でも見下ろすような表情で、息を整えるのもそこそこに返す。
「少し前に来た神官――癒希! 彼の提案で種族対抗の選美会が開催されたそうです!」
「そんなことで!?」
「ふはははははっ! 美の争いは戦も同じということなのでしょう! つまり多少の狂いは生じたが、予定通り!」
そして両手を左右に大きく広げる――刹那。
きんっ!
彼の足元あたりの地面から赤黒い閃光が噴き出し、その中から何かが浮き上がってきた。革のような質感の黒い塊。細長いなにかが、ぐるぐる巻きにされて球体を形成しているようである。エクセスが歓喜に震えた。
「これこそドロールの超兵器! この力で国という国を滅ぼし! いずれ私はこの大地の王となる――その手始めがこの村だ!」
狂喜と狂気が融合したような、歪んだ笑み。それを顔面に貼り付けた聖騎士が、黒い塊に向かって手を伸ばす――
「貴様は普通の人々がもっていないものを、いくつももっておる! なぜ満足できぬのだ!?」
「女神に祝福された私がてめえら凡夫と同じ考えをする必要がどこにあるってんですか!? そもそも欲しいものを手に入れてなにが悪いってんだよ!」
エクセスは右手を伸ばしたまま、底冷えするような怒声を張り上げたが、それでもオスロは黙らない。どこか同情したような声で諭す――
「いや、じゃからといって、領主様の奥方と不倫してはいかんじゃろ?」
「うげええええええぇっ!? 貴様、知っていやがったのですか!」
「領主様が教えてくださったからのぉ。ちなみに、この村の全員が知っておる」
『……』
オスロが村人の方に視線を向けると、大人たちが一斉にうんうんと頷き、さらに何人かの子供がエクセスを指差して清らかな声を揃える。
『ふたりきりにならないようにっていわれたよ?』
「子供にまでだとおおおおおおおおおおおおおおお!?」
さすがにそこまでの扱いは予想していなかったらしく、エクセスは絶叫しながら広場にいる人々を見回し、それからわなわなと震え始めた。
「……」
不倫ハサスガニ引クゼ――そばにいるゴヴリンたちのじっとりとした視線を背景に、聖騎士が憎しみの声を軋らせる。
「どいつもこいつもへらへらしてやがるから暮らしやすい村だなんて思ってたが……裏では私を四六時中発情しっぱなしの性犯罪者扱いしてやがったんだな……!」
「村の皆は仲間として受け入れたのじゃよ。貴様が警戒に気付いていなかったのが、その証拠じゃろうに」
「つうか、なんでてめぇは言いふらした!?」
「それは……彼らの娘や妻に手を出されんためには仕方のないことで――」
「私のように美しくて最優の者は肥料くせぇ女になんざ手も足も出さねぇってんだよおおお!」
「……わしが言うのもなんじゃが、地が出ておるぞ」
「ちくしょうがあああああああああああああああああああああああああああ!」
オスロは憐憫の眼差しでそう指摘したが、絶叫しながら全力で地団太を踏み続けるエクセスには聞こえていない――すぐそばにいるゴヴリンたちが、怒り狂った聖騎士に冷めた視線で見やった。
「……」
コイツ、大丈夫カヨ。そんな表情である。それはさておき、絶叫の興奮状態をそのままに、エクセスがぎらりとした眼光をオスロへと向けた。
「だいたい領主のぼけも、妻と一晩過ごしたくらいで左遷とかふざけやがってよおおお!」
「いや、貴様が聖騎士でなければ極刑すら免れんかったぞ!?」
「ミミズジジイなら間違いなくこうだったろうなあああああああああああ!!」
そして閃く憎悪の銀光――
ざんっ!
「村長!?」
「いやあああああ!」
オスロは吹き飛ばされるように倒れ伏し、村人たちが一斉に悲鳴を上げた。さらに。
「もうこの村にも果物にも用はない! もちろんミミズにもなあああ! やっちまえ!」
『……!』
ゴヴリンたちが小瓶をばら撒くように放り投げ、村のあちらこちらで火の手があがった。今は焚き火ほどだが、放っておこうものなら、果実の村は炎に包まれてしまうだろう――村人たちがどよめく。が、欠片も気にした様子を見せず、エクセスは宙に浮く黒い塊を手に取った。瞬間。
びゅるっ!
それは一瞬で解れて帯状になり、鎧の上から彼の全身に巻き付いた。形状としては、女性用のきわどい水着、または女王様のコスチュームに似ている――エクセスは男性であり、さらに鎧の上から着けているので壊滅的に不気味だが。聖騎士のそんな姿を見た村人たちが、火災も忘れて頬を引きつらせる――直後。
ごおおおおお……!
燃え盛るような赤い輝きがエクセスを包みこんだ。戦いに疎い者でもひと目見てわかるほど、彼に力が漲っていく――
「力が無尽蔵に湧いてくる!? これなら晶殻光壁結界だって朝から晩まで展開できる――私は無敵だあああああああっははははははははは!」
狂気の境界線に数歩も踏み込んだような表情の聖騎士エクセス。彼がまとった力の奔流を目の当たりにしたゴヴリンたちが、怯えつつも声を上げる。
「ア、アノ森ハ我ラガモラウ! ソノ約束ヲ違エタリハシナイダロウナ!?」
「もちろんだとも。君たちは工作やらに手を貸してくれたからな。そもそも……」
エクセスは答えながら肩を竦めた――次の瞬間。
ぎんっ!
『ちっ!』
「あの森は私の別荘に相応しくない。だが君のようなドブネズミには相応しいのだろうね。パステリア君」
彼の頭上で鋭い音が鳴り響いた。そちらへと向けられる涼し気な視線――その先には、全体重を込めた1撃を指1本で受け止められたパステリアがいる。素早くエクセスの人差し指から飛び降りると村人たちのそばに着地し、それから怒りの表情で短剣を構え直す。が、周囲のゴヴリンたちも一斉に武器を構えた。
「敵ダ!」
「ヤッチマウゾ!」
「やれるもんならやってみろと言いてぇところだが……!」
この村は聖騎士エクセスに防備を完全に依存しており、その彼が裏切った今、戦えるのはパステリアだけである。
数と戦力の差を考えれば、袋のミミズもいいところだろう――パステリアの頬に大粒の冷や汗が浮かんだ。が、エクセスは歓迎でもするかのように、微笑んだ。性別どころか、種族さえ超えて見惚れさせるほどに麗しい――彼の本性さえ知らなければ。それはさておき。
「君が怒りを抱くのは理解できる。だから正々堂々と戦う機会を与えよう。それとも故郷を見捨てて逃げてしまうのかな?」
「……」
パステリアは明確な余裕が込められた声を聞き流しながら、周囲を見回した。騙し討ちに近い真似をしておいて、正々堂々を銘打った一騎打ちを提案してくる、ろくでなし。
(同じだ。あの時と……!)
それは奇しくも、第6後送医療拠点が襲撃された時と同じ状況だった。彼女が最大の敗北を喫した日。そして小憎らしい少年が勇敢に戦い抜いたあの日と同じ――
「両手を上げて膝をつくってのも面倒くせぇ! やってやるよ、色ぼけ!」
「ははははははは! 不愉快な子だね、パステリア君は!」
「愉快なものを見たけりゃ鏡を見やがれ! エクセス君よぉ!」
パステリアは女神の祝福を受けた騎士に対し、不愉快さ全開の表情で襲いかかった。
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