89話「いえ、こっちでいいんです」
ドタバタ回の続きです。
よろしくお願いいたします。
「癒希様!」
「え?」
切羽詰まった声。それに引っ張られるように顔を向ければ、やっぱりオリアナさんは切羽詰まった顔をしていた。そして僕の方に駆けてくる――なぜかスローモーションだ。走馬灯。そんな言葉を連想しつつ、ふと視線を上向ければ、青い空に無数の点。矢だ。矢の雨が集会場に降り注いでくる。けど、あまりに唐突で体が動かない――
がっ!
「伏せてください!」
自分からそうする必要もなく、僕はかなりの勢いで押し倒された。オリアナさんが覆いかぶさっているらしく、視界は真っ暗。彼女の体越しに小さな衝撃が伝わってくる。
どすどすどすっ!
「くっ!」
それにオリアナさんの小さな呻きが続いた。
視界は変わらず真っ暗だけど、他の感覚が鋭敏になっているらしく、いくつかわかったことがある。
ゴプリンやオーカのみんなが傷ついたこと。そしてたくさんの気配が僕たちを完全に包囲している――集会場周辺の森に何かが潜んでいること。
なにより、オリアナさんの背中には数本の矢が突き立っている――それを放った何かが、今まさに襲いかかって来たことなんてどうでもいい。怒りが瞬時に臨界点をぶち抜いた。炉心融解を起こす代わりに、奇蹟の力を全力全開で放つ。
ごっ!
「救いの風!」
僕を中心に展開された輝く竜巻が集会場すべてを包み込み、ゴプリンやオーカたちが元気いっぱいに立ち上がった。救いの風は範囲内にいるすべての味方を癒してくれる。それが2種族合わせて数十人いようとも。仕様通りって素晴らしい。
ちなみにオリアナさんやみんなが負った傷は、致命的というほど深くはなかった。森の木々を避けるために曲射で放たれたのが幸いしたんだろう――それでも癒しの奇蹟がなかったら、大変なことになっていたに違いない。
『術ヲ使イヤガッタゾ!?』
『聞イテネェゾ!』
その原因となった何かたちが粗野な声を張り上げた。
僕は額に怒りマークを貼りつけて立ち上がると、彼らを睨みつけた。背は少年ほどで、肌は緑色に近い赤。赤い帽子と鎖帷子を身に着けていて、卑劣な内面をそのまま映し出したみたいに顔つきは醜悪。手には研ぎ澄まされた短剣。見回した限りでは男性しかいない――オリアナさんが驚きの表情になった。
「ゴヴリン!? ガズン共和国棲息の怪物どもがなぜここに!?」
「あ、ゴヴリンもいるんですね」
なんか安心したような、残念なような。
それはさておき、集会場は100を大幅に超える完全武装のゴヴリンたちに包囲されていて、対するゴプリンやオーカのみんなはほぼ丸腰。かなりやばい。
「多少ノ術ニ構ウコトハネェ! 皆殺シダ!」
「どこのどいつかは知らないけど、応戦するよ!」
「返り討ちだってなぁっ!」
怪物たちは邪悪な形相で一斉に襲い掛かり、ゴプリンとオーカは応戦を開始した。円環状の防御陣形――その内側で、僕は空高く立ち昇っている黒煙を冷や汗と共に見つめた。
(奇蹟で癒し続ければ撃退できると思うけど、果実の村が燃えている……!)
だから――非常に申し訳ないけど――ここに留まってはいられない。そして気になることがひとつ。
(矢が射かけられるまで、ゴヴリンたちの気配をまったく感じなかった!)
僕だけでなく、めちゃくちゃ強いオリアナさんや、この森を庭にしているゴプリンやオーカまで感じ取ることができなかったなんて、さすがに変だ。加えて、矢が射かけられた瞬間にゴヴリンたちの気配が一斉に現れた。僕がやっていたFPSゲームに、行動するまで敵から探知されなくなるスキルがあったけど、それに似ている。
(ゴヴリンたちがゲーム世界帰りじゃないのなら……)
敵は他にもいるかもしれない――その時、オリアナさんが戦杖を手渡してくれた。さらに緊張した声で言ってくる。
「……ゴヴリンたちは保護の聖印を受けていたようです」
それは戦えない人たちを戦場から逃がすための、崇高で聖なる術らしい。使えるのはもちろん、聖なる職業だけ。邪悪で狡猾なゴヴリンたちが、猫の皮を頭から被っても就けるものじゃないはずだ。
「今すぐ村に戻らないと!」
「はい。ですが……」
オーカやゴプリンは身体能力に優れているけど、ゴヴリンもかなり素早いから、身体能力では負けてない。彼らは完全武装していて、さらに数も倍以上だから、やっぱり放ってはおけない。ついでに言うと、村に戻るための吊り橋が落とされている可能性だってある――と。
「癒希! とっとと行きな!」
「ったりめえだってなぁ!」
「……」
アジカさんとストーラさんも期待通りのことを言ってくれたけど、表情に余裕はない。
他のみんなもさっき癒したばかりなのに、既に絆創膏では済まない傷を負っている。お祭気分から急転直下の四面楚歌で士気も下がっているだろう――このまま果実の村に向かうなんて、圧政に耐えかねて蜂起した人たちを全滅させるようなものだ。だから覚悟を決めた。
「失礼します!」
「はい?」
叫ぶが早いか、僕はオリアナさんに向かって高く跳んだ。それから彼女の肩を足場にして周囲を素早く見回す――劣勢なのが一目瞭然。だからこそ、それを完全に無視した陽気さで、甲高い声を張り上げた。
「この戦いが終わったらキスしてあげる! だからがんばって♡」
そしてキめは、あざとい系アイドルを意識したポーズ。スパイスは救いの風。
ごっ!
『よっしゃああああああああああああああああああああああああああああ!』
「マタ回復シヤガッタゾ!?」
「ソレニ、イキナリ強クナリヤガッテ……!」
これで士気を上げることができたし、傷も癒した。逆にゴヴリンたちの士気は下がったはずだ。
僕の人生に閲覧禁止の封印が3重に施されたページが1枚増えたけど、ゴヴリンたちのすっげー狼狽した顔を見れたから満足しておこう。後は――
「じゃ、行きましょう!」
「村はそちらでは――」
「いえ、こっちでいいんです」
僕はオリアナさんから飛び降りると彼女の手を強く握り、それからもうひとつの覚悟を胸に、森の北部へと走った。
・
・
ここはクリシーネの家。そして彼女の部屋である。
両親は森で作業中なので、家には他に誰もいない。それはさておき。
パステリアは絨毯に正座をした状態で、頬を引きつらせていた。彼女の目の前には子供用のテーブルが置かれており、その上にはおままごと用の食器がいくつも並べられている。向かいには、にこにこ顔のクリシーネ。空のカップを両手でパステリアへと差し出した。
「はい♡ ジュースですよ♡」
「……ああ」
パステリアは頬を引きつらせてそれを受け取ると、ぎこちなく口をつけた――瞬間、あの日の光景が脳裏によみがえってきた。10年以上も昔の、穏やかでありふれたあの日。
「まさかこれって、私たちが子供だった時のか!?」
「そうだよ? お姉ちゃんがいなくなってから、ずーっととっておいたの!」
「……なんで?」
「お姉ちゃんがいなくなっちゃったから」
「そ、そうか……」
申し訳ない気持ちになったのか、パステリアは困ったような表情で頬をぽりぽりと掻いた。そんな彼女の心情を察したらしく、クリシーネはにこにこの度合いを6割ほど増した顔で訊く。
「でも帰って来てくれたんだから、これからはずーっとこの村で暮らすんだよね?」
「……」
期待と想いに満ちた瞳。そして熱い眼差し――パステリアは思わず目を逸らした。棚に置かれた古びた花瓶に、迷いの色が分厚く塗られた顔を向けること、しばし。
(あそこにいても……)
何もできない。心の中でそう続けた後、視線をクリシーネへと戻せば、彼女はきらきらと瞳を輝かせている。あの日からずっと変わらない瞳。
そして今日からも、ずっと。その対象が自身であることに不満があるはずもない――パステリアは小さく嘆息した。それからあの日の笑顔を浮かべる。幸せの中心と呼べるクリシーネ。彼女と過ごした、穏やかで平和な日々が心の中に去来する――
「ああ」
「やったあああああああああああ!」
クリシーネはテーブルを大ジャンプで飛び越え、パステリアに抱き着いた。感極まった声を、肺の底から張り上げる。
「この家で一緒に暮らそうね!」
「そうだな」
「もう、結婚だね!」
「そうかな!?」
落ち着かせるようにクリシーネの背中をさすりながら、パステリアは胸中で苦笑いしていた。
(これでよかったんだ……あそこにいても役に立てねぇしな)
後ろ首に回された温かな感触に安堵しつつ、自虐気味に笑う――と。
「なんだ?」
「ふえ?」
パステリアは妙な気配を感じてクリシーネを引き離した。そして不思議そうな顔が向けられた時、既にスカートの下から短剣を取りだしていた。フレアの下にいた10年間で培った感覚が、その気配を言葉に変換する。
「獣……いや、もっと粗野な感じだ。クリシーネ!」
「え、なに? お姉ちゃん!?」
パステリアは立ち上がるや否や、クリシーネをベッドの下に潜らせた。その直後、外でいくつもの悲鳴が上がった。粗野な叫び声が続く――
「ここでは役に立たなきゃな!」
「どこか行くの!? ねえ、お姉ちゃん!」
「今度はちゃんと帰ってくる!」
パステリアは気配を断つと、靴も履かずに窓からどこかへと跳び去った。
・
・
「クタバリヤガレッ!」
「お断りさね!」
禍々しい殺気を放つ短剣を、アジカの鋭い爪が弾き飛ばした。次いで、しなやかな蹴りがゴヴリンを草むらの向こうまで吹き飛ばす――が、その草むらから別のゴヴリンが飛び出してきた。複数である。
「コイツガ長ダ! ヤッチマエ!」
「ギヒッ!」
「ちっ!」
アジカはひび割れた爪で数本の短剣を受け止めつつ、舌打ちをした。
(こういうのに向いてないんだよ、あたしらは!)
ゴプリンはしなやかな肢体が特徴であり、本来は素早さと身のこなしを活かして戦う種族である。つまり防御陣形には向いていない――が、この状況で得意の機動戦に切り替えれば、オーカたちの背中が、がら空きになってしまう。聖域を争っているのだから、それも都合がいいと言えなくはないが――アジカはその場に踏みとどまる選択をした。
(まったく! 盾になるなんて、あたしの柄じゃないよ!)
胸中でぼやきつつ、前方を薙ぎ払う回し蹴り。
がががんっ!
アジカに襲いかかって来たゴヴリンたちは、まとめて首をへし折られて動かなくなった。刹那、左右から殺気が迫る。
「モラッタ!」
「死ネ!」
「――っ!」
大技を繰り出した直後である上に、アジカは片足で立った状態である。しなやかな肢体とはいえ、跳び上がることはできない。もちろん、研がれた刃を受け止めることも――
どすどすっ!
それを平然とやってのけたのは、筋肉質な肉体だった。長身で、額には2本の短い角。荒々しい美しさの顕現――そんな女性。アジカがもっともよく知っている彼女。
「あんた……」
「っらああああああああああ!」
「ギョベッ!?」
咆哮が上げられた次の瞬間、ストーラの腕に短剣をめり込ませていたゴヴリンたちは、頭蓋骨を砕かれて絶命した。屈強さでは人間を凌駕するオーカ。その長にして、種族最強の戦士が剛鬼のごとき形相で叫ぶ。
「戦い方を変える! ゴプリンたちの前に出ろってなぁ!」
『おっけえええええええええい!』
そして一斉に陣形を切り替えるオーカたち。彼女たちは防御に適した肉体をもっているが、多勢に無勢な状況では危険である。これではまるで――
「盾になるってのかい!?」
「てめえらは剣だ!」
そう返しつつ、ストーラはゴヴリンを殴り飛ばし、さらに次の獲物へと襲い掛かった。粗野な悲鳴など上げさせつつ、アジカに叫ぶ。
「ここは私たちの森だ! 好きにはさせねぇってなぁ!」
「……そりゃあ、そうさね。さあ、聞いた通りさ! しっかり殺りな!」
『はああああああああああああい!』
苦笑いしながら指示を出したアジカ。彼女の頭から、聖域という言葉は既に消えていた。と。
「シツッケエエエンダヨ! 素ッ裸同然ノクセニヨオオオ!」
少し離れたところに、大柄なゴヴリンが姿を現した。動物の頭蓋骨を被り、分厚い鎧に身を包んでいる――ゴヴリンの長だろう。部下たちとは一線を画する邪悪な面構えである。最悪なまでの邪悪さで嗤う。
「オレハ腹ガ減ッテンダ! 総攻撃デ、ヤッチマエ!」
『ワッガリヤシタアアアアアアアアア!』
そして森の奥から新たなゴヴリンがぞくぞくと姿を現し――前線を支えるオーカたちが全身に力を込めた。彼女たちの陰では、身を低くしたゴプリンたちが爪を伸ばす。が。
ばささっ!
「なんだって!?」
集会場を囲む木々の樹上から、一斉にゴヴリンたちが飛び掛かった。ゴヴリンの長が気を引いている間に移動したのだろう――密集防御の内側に侵入されてしまえば、乱戦は必至である。もしそうなったなら、数で劣るオーカとゴプリンは各個撃破されてしまう。
ぎぎぎぎん!
宙をじぐざぐに走った白銀の閃光が、飛び掛かったゴヴリンたちを瞬く間に八つ裂きにした。
「ンダトオオオオオオオオオオオオオ!?」
驚愕するゴヴリンの長を後目に白銀が再び閃き、樹上のゴヴリンたちがまとめて森の肥料に変わる――そして凄まじい殺気が戦闘さえ中断させ、その根源へと一斉に視線が向けられた。
そこにいたのは白金の神官戦士。“呪いの”オリアナである。集会場の中心あたり、その真上に立っている。彼女の足場はいやらしい枝。よほどに恐怖しているのか、オリアナに触れようとはしていない。
それはさておき、彼女は女神像のような美しさで、石像のような冷たい声を静まり返った森に響かせる。視線をゴヴリンの長から、ゴプリンやオーカへと移しながら――
「空腹のところに申し訳ありませんが、やっちまえとは優勢な側が使う言葉です。違いますか?」
「ケッ! アノ女ゴト、ヤッチマ――」
「やっちまえってことさね!」
「やっちまうぞってなぁ!」
『やっちまええええええええええええ!』
森のみんなの士気最大の鬨の声が、粗野な怒声を木っ端微塵に破砕した。
不定期更新です。
よろしくお願いいたします。




