09話「名乗るほどでもありません」
スキル覚醒の第2話です。
よろしくお願い致します。
大通りを渡った先はすごく大きな広場になっていた。陸上競技場として使えそうなほどに広い。
災害とかが起きた時は避難所になるんだろうけど、平和な今は屋台街だ。かなり混雑してるから祭か何かやってるのかなって思ったけど、山車も神輿も見当たらないから、ただのお昼時なんだろう。屋台に並んでる食べ物もお腹にたまりそうものばかりだし。
お昼時の購買部は戦場だったなあ――僕はそんなことを思い出しながら、いい香りの方に進んだ。
(……あれかな?)
人混みをなんとかかき分けて進むと、犬並みでもない嗅覚が犯人候補を探知した。
威勢の良さそうなお兄さんが、めちゃくちゃに大きな鉄板でとんでもない量の肉をかなりの火力で焼いている。豪快の一言だ。二言ならすげーヤバい。
そして山盛りの調味料が勢いよく振りかけられた瞬間、大通りで嗅いだ香りが辺りに立ち込めた。
居ても立っても居られなくなった僕は小走りでその屋台に駆け寄ると、オリアナさんがくれた財布――しっかりとした作りの革袋だ――から銅のコインを何枚か取り出してお兄さんに差し出した。代わりに渡されたのは、数本の串焼きが乗せられた木皿だ。
なんの肉か気にはなったけど、周りでたくさんの人が同じものを食べてるから名状しがたいゲテモノってことはないだろう。看板にも牛に似た生き物が描かれてる。角は3本もあるけど――食欲的探究心の前には大した問題じゃない。
『可愛い神官様! 今後ともよろしく!』
「ありがとうございます」
可愛いの意味も気にはなったけど、とにかく今はこの熱々のお肉を舌で探求したい。僕は次々と押し寄せるお客さんの邪魔にならないよう、屋台の脇に寄った。
そして串焼きを口に運ぼうと――した瞬間、少し離れたところから若い男の怒鳴り声が飛んで来て、周囲の人たちが静まり返った。どこかろれつが回っていない怒鳴り声は空気を読むこともなく、まだ続けるみたいだ。
『服が汚れちまったじゃねぇか!? てめえら平民の命より高いんだぞ!』
それはテンプレートな内容だった。こうなると声の主もテンプレートにぼんぼん貴族なんだろう。行動もテンプレートに傍若無人なんだろうけど、これだけ大勢の人がいる場所で刃傷沙汰にはしないはずだ。そもそも大教会に戻れと言われた僕が仲裁に入るわけにもいかない――
「またあいつか……なあ、神官のお嬢ちゃんは早く帰りな」
「……」
なんて思ったけど、仮にも神官である僕が尻尾をぐるぐる巻きにしてこの場を去るなんてできるはずがない。
それは職務怠慢っていうやつだ――オリアナさんも許してくれるだろう。性別を間違えられたから、行動を以て訂正しようなんて欠片も思ってない。
(ヒールもあるし、なんとでもなるよね)
僕は串焼きが盛られた木皿を片手に怒鳴り声の方へと向かった。
そこにいたのは――ひねりが欲しいくらいのテンプレ貴族だ。年齢は僕より少し上で金髪碧眼。これでもかってくらい金糸で装飾されたジャケットを着ていて、腰の後ろにはサーベルを携えてる。
軍人っぽい風体だけど、町や人々を守る立場である軍人が昼間から酔ってるはずがない。ついでに言うと、おばあさん相手に凄むなんてありえないから、ぼんぼん貴族だと思って構わないだろう。
みんなが楽しんでるところに水を差したんだから、邪魔貴族でもいい――これは強そうだからやめておこう。
それはそれとして、僕が雑踏のなかにぽっかりと空いた空間に立ち入ると、恥ずかしげもなくテンプレートが飛んできた。
「なんだ、てめえ!」
名乗るほどのものじゃない――テンプレートにそう答えたほうがいいのかなって思ったけど、語彙が足りない選手権じゃないから少しだけひねることにした。
「名乗るほどでもありません」
「なんだぁ!?」
見た目通りのぼんぼん貴族は、もともと鋭いんだろうなって目つきをさらに尖らせて睨みつけてきた。
かなり酔ってるらしくて顔は真っ赤だ――けど、この衆人環視のテンプレ騒ぎの場で、しかも神職者相手に武器は抜かないだろう。僕はおばあさんに背を向けて立つとぼんぼんに微笑んだ。
「そろそろ許してあげてはどうでしょうか?」
「んだとぉ!」
なんだって意外とバリエーションが豊富だ。
それはそれとして、お邪魔ぼんぼんは顔の赤みをさらに増して凄んできたけど、大司祭様の迫力に比べたら月とスッポン――いや、ダンゴムシだ。全然怖くない。人の目があるっていう安心感のおかげかも知れないけど、それの分析は後でするとして、お肉が冷める前にこの騒ぎを片付けたい――
しゃらんっ!
「えっ!?」
「女僧に指図される覚えはねぇ! ナッシュ様をなめんな!」
そんなことを考えていたら、ぼんぼん貴族のナッシュがサーベルを抜いた。
予想外の展開に周りの人たちが盛大にざわめき――僕は木皿を取り落としてしまった。サーベルに串焼きじゃ対抗できないから落としても問題ないけど食欲が――そうじゃなくてとてもまずい状況だ。
ナッシュはサーベルを構えたんだけど、切っ先を微動だにさせてない。重さに慣れてるってことだ。要は戦う訓練を受けている。
対する僕はヒールこそ使えるけど、格闘ゲーム以外で正面から戦った経験はない。普通科の高校に武器を扱う授業なんかないんだから当たり前だ。
懐には名刺代わりの短剣がしまってあるけど――
きんっ!
「そんなもんで俺様と戦えるのかよ!?」
「……ジーザス……!」
使いこなせる気がしない。
今の一撃を受け止めることができたのは単なるまぐれだ。本気になられたら絶対に受けきれない。
ヒールで警備兵とかが来るまで耐久はできるだろうけど、痛いのはすごく困る!
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