82話「そこは騎士でお願いできません?」
「もう朝ごはん――ってフローラが怪我してる!? なんで!?」
「……」
フローラさんが僕の光線を受け止めたのは、シエリちゃんを守るため。そしてバーサーク中の僕は彼女のことを意識してすらいなかった。罪のない人々が暴走に巻き込まれてしまうのは、アニメのあるあるかも知れないけど、現実では笑って済まされるものじゃない――
(でもあの状態になっていなかったら、こっちがやられていたかも知れないし……)
言い訳はいつだって虚しい。僕が心の中で嘆息なんかした時、シエリちゃんは木箱から飛び出してフローラさんの前に立った。庇うように両手を広げ、さらに頬を膨らませて僕を睨みつけてくる。
「フローラをいじめないで! 癒希は変態なの!? 性的倒錯者なの!?」
「その言葉は誰に教わったんですか!?」
僕は適当に叫び返しながら――悩んだ。
フローラさんは既に満身創痍だから息の根を止めるのは簡単だけど、それをシエリちゃんの目の前で実行するのはあらゆる意味でよろしくない。シエリちゃんを木箱に放り込んでからという手もあるけど、性的倒錯者の仲間になってしまう。それは御免だ。
そして異母姉妹であるフレアさんとシエリちゃんが対峙するような展開は、星崎さんが望んでいないだろう――
「…………大人しく帰ってくれるのなら、なにもしません」
深い、とても嘆息の後で僕はなんとかそう言った。フレアさんも続く。
「私のことを報告すれば戦争になりかねません。フローラさんの苦労が無駄になるということです」
「……」
フローラさんはしばしの黙考の後で頷くと、どこか辛そうな顔でフレアさんを見つめた。
「やはり貴女は霧子様と同じです。人を変えてしまう」
「……」
なにか思うところがあるらしいフレアさんも悲しそうな顔をする――それはさておき、フローラさんはふらふらと立ち上がると、それでもしゃんと背筋を伸ばし、次いで冷たい瞳を僕に向けてきた。シエリちゃんの件で負い目を感じるけど、訊かないわけにはいかないことがある。
「どうして霧子さんを手に掛けたんですか?」
「なにを言っている? 私は――」
フローラさんは本気で心外だと言わんばかりに両目を見開いた後、これでもかと怪訝そうな顔をした。
「私は離宮への立ち入りを許されていなかった。あそこに立ち入れたのは護衛の少女たちだけ――のはずだった」
そして説明を終えた彼女は頭を左右に振りながら嘆息した。この人も星崎さんが殺害されてしまったことを残念に思っているみたいだ。シエリちゃんに半眼を向けて、さらに続ける。
「そもそも1時間おきに脱走を図るシエリ様のお世話で、離宮に忍び込む暇などなかった」
「えー!? シエリはそこまでやんちゃじゃなかったよー!」
「今でもそこまでだから、おでこをぶつけて包帯を巻いているのです!」
「こ、これは壁が私にぶつかってきたのー!」
額に巻いた包帯を指で突つかれると、シエリちゃんは顔を真っ赤にして抗弁を始めた。けど、それに取り合う気がさらさらないらしいフローラさんは、シエリちゃんの手を引いて僕とフレアさんに背を向け、どこか悔しそうな声で背中越しに言ってきた。
「こちらも貴女たちのことは口外しません。貸し借りなしということで済ませましょう」
そして刀をスカートの内側にしまって去っていく。その途中、シエリちゃんは顔だけで振り向いてご機嫌に手を振ってくれた。僕とフレアさんも手を振り返し、それからお姫様とメイド騎士の背中を見つめることしばし。
りぃんっ!
清らかな鈴の音と共にチート鎧が解除された。自然とこぼれ落ちる安堵のため息――ふとフレアさんの方を向くと、可愛らしい微笑みが返された。少し躊躇われたけど、大切なことだから訊いてみることにした。
「鎧を着ている時に、広くて真っ白な部屋が見えたんです」
「え?」
「そこで星崎さん――えっと、フレアさんのお母さんが……」
「え!?」
あの時に見た光景のことを話すと、フレアさんは後ろでまとめた髪をぴんと逆立てて驚いた。その表情も心がときめくほどに愛くるしい。そして、あれは彼女が実際に見たものだと教えてくれた。
チート鎧を介してフレアさんの記憶が見えたということなんだろう――僕がひとりで納得していると、フレアさんはあのメイドがフローラさんではなかったと締めくくった。
(あのメイドさんが持っていたのは確かに剣だった。それにお姫様を命がけで守ったフローラさんが、王妃の殺害に加担するとも思えない)
つまり僕は勘違いで暴走した挙句にシエリちゃんを消し飛ばしかけました。
(……ジーザス)
暴走は用法と用量を守って正しく使おう――僕は心に誓った。
それから視線を倉庫の出口に戻せば、フローラさんとシエリちゃんの姿は既に見えない。無人の結界は張られたままだけど、あのメイド騎士ならどうにかするだろう。と。フレアさんがほっとしたように吐息した。
「フローラさんが納得してくださって良かったですね」
「はい」
フレアさんは表向き行方不明ということになっているはずだ。そうでないのならルイ大帝国が引き渡しを公式に要求してくるだろう。つまりそうしておいた方があっちにとっても都合がいい。
そんな機密じみたことをフローラさんが報告しようものなら、口封じに上官もろとも謀殺されかねない。場合によってはシエリちゃんさえも。
「よく考えたらメイド騎士もありかなと思うので、いなくなったら寂しいです」
「ふふふ。そうですね」
口元に手を当てて微笑むフレアさん。城も蒸発させるほど可愛らしい――その時。
「あれ?」
僕は思い切り尻もちをついてしまった。バーサーク状態での大暴れが原因だろうけど、力がまったく入らない。全身の筋肉がストライキでも起こしたようにすら感じられる。
「癒希さん!? 大丈夫ですか?」
なんとか立ち上がろうとしていると、フレアさんが肩を貸してくれた。そして次の瞬間、僕は軽々と抱き上げられ、そのままお姫様抱っこをされてしまった。
「まじですか!? 見かけの3倍くらい力持ちなんですね」
「ふふふ♡ それはもう、看護士ですから」
説得力があるような、ないようなことを言われて、僕の頭上に疑問符が浮かぶ。と。
『そこの亜獣人を鎖で縛っておけ!』
『共犯者がいるかも知れないぞ!』
倉庫の外がいつの間にか騒がしい。辺りを見回せば、半壊したはずの倉庫は無傷。ことごとく崩れていた荷物の塔も、時間が巻き戻ったみたいにきっちりと積まれている――無人の結界内で大暴れしてしまったけど、その影響はどこにもなさそうだ。別の世界というか、現実のコピー的なものが形成されていたのかも知れない。ゲスでも女神。彼女の力は絶大だ。それはさておき。
がしゃんっ!
「癒希様、ご無事で――そんな!?」
「オリアナさん?」
期待通りというべきか、神官戦士のお姉さんが窓を蹴破って登場した。そしてお姫様抱っこされた僕を見た瞬間、彼女は頬を思い切り引きつらせてしまった。
さっきまでのごたごたを端的に説明できればいいんだけど、僕は国語の先生じゃないから説明文が上手にまとまらない。フレアさんの腕の中でわたわたとしていると、彼女が悪戯っぽく微笑んだ。
「癒希さんは私のお姫様なんです♡」
「そこは騎士でお願いできません?」
「ふふふ♡」
僕がお願いすると、フレアさんは微笑んだまま小さく舌を出す――心に電撃が走るほどの可愛らしさ。頬どころか、顔全体が真っ赤に染まっていくのを感じる。そして。
ぴきっ!
「お2人の仲の進展を検知しました……!」
それを見たオリアナさんは額にお怒りのマークを貼り付けてしまい、さらに顔を真っ赤にして声まで震わせた。右手は銀鋼糸の鞭に置かれている――
(どう説明すれば丸く収まるんだろう……)
自問自答したけど、上手い答えは見つからない。
僕は矢木咬先生の顔を思い浮かべながら、深々と嘆息した。




