80話「――こんな人は木箱に詰め込んで返品メイドにしてやりますから安心してください!」
「――というわけでとっとと殺す!」
「30分くらい笑い続けられたらどうしようかと思っていたところです!」
そしてフローラさんの冷たかった瞳は狂喜の熱を帯びている。
ついさっきの降伏勧告なんか心のダストシュートに放り込んでしまったらしく、表情さえも激変していた。つまりぎらりとした笑みを浮かべている――
きん!
空を真横に斬り裂いた一閃には、火の粉すら散る灼熱の殺意。
「その首を貰う! 覚悟しろ!」
「こっちの台詞です――いえ、首はいりませんけど!」
僕は重い右手で戦杖を構えた。フローラさんが斬りかかってくるから、飛んだり跳ねたりとか、100メートル走ができないこと自体は問題にならない。
そして彼女の防具はメイドさん一式。対する僕は全身チート鎧装備だから防御力はカンストしている。反撃でのノックアウトは充分に可能だ。負けない――いや、絶対に勝つ!
「かかってこい!」
闘志を燃えたぎらせると、フローラさんは再び狂喜の笑声を張り上げた。
「はーっはははははは! よく言った! 少年――いや、癒希!」
「それはどうも」
なぜか褒めてもらえた。名前も呼んでもらえたし、ちょっと嬉しい。でもこれは死者に敬意を払うとか、そういう系統の礼儀なんだろうから喜んでいる場合じゃない――直後、彼女の刀がわずかに鳴った。それは柄を強く握った音――
かっ!
「では、さらばだ!」
刀の輝きが弾けた次の瞬間、フローラさんは僕の目の前にいた。瞬間移動みたいな速さ。刀はそれ以上の速さで閃く――杖装備スキルは既に全開。それでも捉えることができたのは緑色の光跡だけ。首元に迫ってくる――
がぎんっ!
「よく防いだな、癒希!」
「フルネームで呼んでくれると思ってたのに!」
僕はその一撃を左手甲でなんとか受け止めることができた。
チート鎧を着ているから、少しでも斬りやすいところを狙ってくるのは分かっていたし、さっき首をもらうとも言っていた――それはさておき、左手甲から伝わった斬撃の威力が、光の重鎧全体を軋ませる。城を消し飛ばすほどの威力は神話や冗談じゃなかった。さらに。
ぎぎぎ……!
(チート鎧に傷が!?)
フローラさんは力任せに左手を斬り飛ばそうとしているらしく、刃が少しずつ手甲にめり込んでくる。
僕が着ている重鎧は間違いなくこの世界最強の防具だけど、刀サイズに凝縮された能力が相手だと、さすがに無敵というわけにはいかないみたいだ。このままじゃ押し切られてしまう――そして。
(反撃のチャンスは1回だけだ)
失敗したらフローラさんは僕がまともに動けないことに気付くだろう。そうなったらサンドバッグにされて終わりだ。絶対に外せない。
(だから左手を斬られた直後に反撃!)
治癒の輝きはフローラさんをぶっ飛ばした後で使う。すっげー痛そうな作戦だけど、やるしかない――と。
「……?」
「……」
倉庫のなかは荘厳なまでの静寂に包まれ、息をするのも憚られるような雰囲気で満たされた。
狂喜に突っ走っていたフローラさんすら戸惑った様子だ。彼女と僕は戦いも忘れて、自然と振り向いていた。ルイ大帝国の王女。フレア・ホシザキ・ルイ。静かに目を閉じ、それから辛そうに言葉を紡ぎ始めた。
「母は命を捨てて私を逃がしてくれました。あそこに戻りたくはありません。ですがあなたを失ってしまうのなら……」
フレアさんは美しい瞳に目一杯の涙をため、僕を見つめてきた。彼女の頬にひとすじの涙が伝う――それを見た瞬間、心が爆発的に熱くなった。
「――こんな人は木箱に詰め込んで返品メイドにしてやりますから安心してください!」
「返品だとおおお!? 誇り高きメイド騎士に対して、よくも貴様――!」
その昂りに任せて失言気味なことを叫んでしまったらしく、メイド騎士は狂喜に狂怒を足したような形相になった――けど、そんなことはどうでもいい。
「ノープロブレム! 僕はフレアさんの騎士です!」
「癒希さん……」
ありったけの想い。それが伝わったらしく、フレアさんは法衣の袖で涙を拭った。彼女は両手を顔の高さに上げて、ぐっと拳を握り込み、宝石の何百倍も美しい瞳には闘志のお星さま。そして史上最高と断言できる、極上の笑みが僕に向けられた。
それは太陽よりも眩しく、強く、温かい――
きゅぴーんっ!
「じゃ、やっちゃってください☆」
「はい! とっとと片付けてしまいます!」
「なに!?」
お星さまが強く輝いた――ような気がした。その次の瞬間、僕は手甲にめり込んでいた刀を力任せに払いのけた。メイド騎士は刀ごと結構な勢いでぶっ飛んでいく――彼女の驚愕に歪んだ顔なんて、異常なまでのやる気で満ちた僕にとってはどうでもいい。この世界で大切なことはひとつだけ。
『フレアさんを守る』
この場において、それはとても簡単だ。高度に政治的な判断や、複雑難解な外交交渉、またはA4用紙255枚の小論文の提出が必要なわけじゃない。
なんのことはない。目の前のメイド騎士をぶっ飛ばすだけでいい。
単純で、とても簡単な話。
ごっ!
右の手甲から光が迸る。それは帯状になって戦杖に巻き付きつくと、膨れ上がって巨鎚を形成した。これならチート刀相手の殴り合いにも耐えてくれるだろう。
そして絶大なやる気――または殺る気――に応えてくれるかのように、光の重鎧が鳴動を始めた。
きいいいいん……!
「その鎧の……本当の力なのか……?」
「ええ、多分」
どうでもいいことだから、つい、ぞんざいな返答になってしまった。
それはさておき、僕はすべてを戦いに集中させる――メイド騎士は表情を驚愕に歪め、さらに奥歯を軋らせた。どこか辛そうに続ける。
「霧子様と同じですね。貴女は人を変えてしまう……!」
それから刀を両手で構えると、山吹色の輝きは膨れ上がって巨大な刃を形成した。正真正銘の本気というやつに違いない――つまりお互いに戦闘準備が整ったってこと。頭の中で号砲が鳴らされた。
「――というわけで、い・く・ぞおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なにぃいいいいいっ!?」
僕は一瞬で距離を詰めて超戦杖を振り抜き、メイド騎士を倉庫の外までぶっ飛ばした。




