79話「腕にジェットエンジンでも搭載してるんですか!?」
「癒希は友人なのでしょう。彼を無駄死させますか?」
「負けるとは決まってませんけど!?」
「ふっ!」
短くて鋭い吐息――次の瞬間、黒い靴がすり足で2歩分だけ前に出た。
刀を振り上げてから振り下ろすまでにかかった時間は、まさに一瞬――
ぎん!
「決まっている。貴様もわかっているはずだ」
「癒希さん――!」
「手出しは無用です! メイドさんと一騎打ちしてみたい気分なので!」
「メイド騎士だ!」
僕は全身に走る極低温の感覚にぞっとしつつ、チート刀に全神経を集中させた。
本当は聖女の祝福で支援してもらいたかったけど、そんなことをお願いしようものならフレアさんは叩き伏せられてしまうだろう。
「それはさておき!」
「本当になんなんだ、貴様!?」
スマホゲームで言うところの、超絶高難易度のクエストが始まった。斬りかかって来たのはフローラさんだけど、応じたのは間違いなく僕の意思。
大切な人を守るためなら、命くらいかけてみせる。殺されたとしても後悔なんて絶対にしない――皇帝に挑んだ近藤さんの気持ちがよくわかる。それなら!
「僕もやってやる! フレアさんを箱詰めになんかさせない!」
「普通に馬車で連れ帰るわ! いい加減にしろ、このお馬鹿!」
「くっ!」
怒声の直後、刀は凄まじい速さで閃き、次の瞬間には殺気100%の突きが繰り出された。切っ先は心臓を狙って――
(いや、違う!)
僕は全力で身を屈めた――刹那、刀はしなるように軌道を変え、僕の頭上を貫いた。狙いは顔のど真ん中だった。
それはさておき、突きを放った直後の隙を狙わない理由がない。僕はフローラさんの右手を戦杖で打ち据えようとした――けど、それよりも先にフローラさんの左手が洒落にならない速度で振り抜かれる。
ごっ!
「腕にジェットエンジンでも搭載してるんですか!?」
「じぇっとが何かは知らんが、死ね!」
「絶対に嫌です!」
僕は左拳を右に飛んで躱しつつ、戦杖を真横に振り抜く――
がぎんっ!
それは痛烈なまでの強さで刀に弾き返され、僕は盛大に体勢を崩してしまった。その隙にフローラさんは刀を構え直し、連撃を繰り出す。
きん! きききききん!
(振り下ろしよりはましだけど!?)
速さを重視している技のはずなのに、その一撃という一撃が重い。受け止めるごとに手が痺れ、感覚が急速に失われていく。どうにか休憩しないと戦杖を弾き飛ばされてしまう。そうなったらゲームオーバーだ。
(なら短杖を投げつけて時間を稼ぐ――)
自動斬撃マシーンみたいなフローラさんを相手に、懐から短杖を取り出す余裕なんかどこにもない。そんなことを考えている間に、手の感覚が完全になくなった。それを察知したらしいフローラさんが刀を振り抜く――
ぎんっ!
戦杖は弾き飛ばされて宙を――舞ってはおらず、変わらず僕が握っている。癒しの輝きで痺れを治しただけだ。
でもフローラさんは訝しげな顔をしていて、連撃も止まった。これはチャンスだ。
「はっ!」
全筋力を以っての戦杖の振り下ろし。それはフローラさんに掠りもせず、彼女は飛び退いてやや距離を置いた。
それから刀に山吹色の輝きをまとわせる――縁太君に指を向けられた時とは比べ物にならない、とんでもない感覚が僕を襲う。能力を発動させたに違いない。だとしたら――
(正義感が強かった近藤さんが考えたチート……なんでも斬り裂く系だ!)
そう認識した瞬間、大正解だと言わんばかりに、その威力が寒気という形で空気越しに伝わってきた。次にどんな斬撃がくるのかは分からないけど、戦杖ごと斬り捨てられてしまうだろう――
「貴様の力量は見切った。武器を捨てろ」
「……」
降って湧いた千載一遇のチャンス。投降するなら今しかない。でも。
「僕はフレアさんの騎士ですから」
守るべき人を放り出すなんて格好がつかなし、フローラさんは僕の能力を知らないから勝機だってある。それは漫画とかで定番の起死回生の一撃。欲を言えば――いや、絶対にクリティカル・ストライクを決めてみせる!
「そうか。ならば城さえ消し飛ばす、我が一撃を受けるがいい」
「……」
それは即死を防ぐことができるという前提だ。そもそも剣で城を消し飛ばすって神話か冗談の類だと思う。
ビームでも出すんですか。そんなことを考えた僕の頭に“ゲームオーバー”という単語が重くのしかかってきた――その時。
かっ!
僕は輝きに包まれ、そして全身に光り輝く重鎧が形成されていく。
「フレアさん!? どうして……」
「その鎧は――!」
僕とフローラさんが驚いている間に光の重鎧は完成し、それと同時に結構な重さが僕を襲う――でも前回からそれなりにレベルアップしていたから倒れてはいない。なんとか立っている状態だから戦闘は無理だけど。
それはさておき、フローラさんが大声で笑い始めた。
「はははははははははは! それは霧子様と同じ能力! やはりもっていましたか!」
「なんか、安全ピンが抜けちゃったみたいなんですけど……」
「はい。本当にフローラさんの今後が心配ですね」
「はーっははははははははははははははは! 無軌道弾丸娘に北から南まで不眠不休で奔走させられた甲斐があったというものだ! 叩斬って回収してくれる! はーっははははははははははははは!」
「フローラさんは昔からあんな感じだったんですか?」
「私と母は離宮で過ごしていたものですから……」
「それはラッキーでしたね」
僕とフレアさんが頬を引きつらせているその真正面で、メイド騎士のお姉さんはやばめの声量で笑い続け――彼女の昂りに呼応でもするかのように、チート刀の輝きが激しさを増していった。




