78話「然るべきところに行きつくと思いますよ。牢獄とか更生施設」
「……その武器はどこで拾ったんですか? それとも野原で掘り当てたとか」
「騎士の職務にピクニックと穴掘りはない! これは――」
フローラさんは眉を吊り上げながらもチート刀の出所を教えてくれた。
20年くらい前にルイ大帝国の皇帝に一騎討ちを挑んだ剣士から鹵獲したもので、その剣士の名前はクオン・ドゥ。“無敵”の二つをもつルイ皇帝に深手を負わせた少女。それを聞かされた瞬間、あるクラスメイトの顔が思い浮かんだ。
女子剣道部に入部してすぐ副将に抜擢された期待の新人。彼女は男子でも羨ましがるほどの長身で、おまけに正義感が強かった。そしてフレアさんの母親である星崎さんの親友。近藤牧葉さん。
そして20年前と言えば、星崎さんがこの世界に叩き込まれた時期でもある。親友とはいえ、彼女を助けるために単独でルイ大帝国に挑んだとか――信じられない。
「馬鹿デカ帝国の皇帝様が子供から追い剥ぎみたいな真似するなんて、あり得なくないですか?」
「不敬ぃ! 貴様の頭には言い方という機能がないのか!?」
「あるにはありますけど、今は使う必要がないので機能停止にしています」
「不敬ぃいいい! 我らが皇帝は剣士クオンを手厚く埋葬して敬意を示したのだ。貶められる理由などない!」
「でも亡くなった方を埋葬するのは当然じゃないですか?」
「その辺の為政者なら、第3とはいえ王妃を奪いにきた者など遺体を町に晒して野良猫の餌にしてるわ、お馬鹿!」
「まあ、それはさておき」
「なんだとおおおおおおおおおおおおおお!?」
やっぱり星崎さんの救出が目的だったみたいだ。
クラスメイトを救い出すための一騎打ち。その結果は残念なものだったけど、すべて彼女の意志で選んだことなんだから、後悔はしていないだろう。と。
「貴様……もう、本当に……! 本当にいい加減にしろ……!」
叫び過ぎたのか、フローラさんは肩で息をしながら睨みつけてくる――残念ながら構えや殺気が揺らいではいない。煽って顔面真っ赤作戦は失敗だ。
それはさておき、フローラさんはふしゅー! と嘆息した後、冷たい瞳でフレアさんを見つめた。
「……宝石は箱に収まっていればよいのです」
それに続いた言葉もやっぱり冷たい――フレアさんが俯いてしまった。
面と向かって物扱いされれば、誰だって傷つく。蝶よ花よと育てられたお姫様なら、心に深い傷を負ってしまうに違いない。
「あくまで歪んだ性的嗜好を押し付けてくるのですね。フローラさんの今後が心配です」
フレアさんは特別製のお姫様だから無傷だけど。ついでに僕の生存確率を上げるために煽っておこう。
「救いようがない感じですからね。まあ、然るべきところに行きつくと思いますよ。牢獄とか更生施設」
「貴様はそろそろ言い方を作動させろ……!」
軽い声でそう言うと、フローラさんは狼が唸るような、迫力満点の声で言葉を軋らせた。目つきも鋭いし、プリムを狼耳にすれば意外と似合うかも――尻尾はどこに差し込むか問題が発生してしまうから危険かな。
「それはさておき」
「なにをどこに置いた? というか貴様! さっきからメイド騎士を小馬鹿にしているのではないだろうな!?」
お怒りが限界に達したような怒声を広い倉庫内に響かせ、フローラさんが全身を怒りに震わせる――相変わらず構えや殺気に隙がないので、とても遺憾だ。
どこかのゴミ騎士とは違って、心身ともに鍛え上げられた正真正銘の騎士なんだろう。おまけに武器がチート刀。戦杖が教えてくれたように、僕じゃ勝てない。
(だったら逃げるしかないけど……)
無人の結界は張られたままだから教会に逃げ込んでも加勢は期待できないし、フレアさんを連れてかくれんぼをしたところで、簡単に追いつかれてしまうだろう。そもそも、この場から逃げられるとも思えない。にっちもさっちもいかないとは、まさにこの状況だ。
(つまり打つ手なし)
フレアさんを差し出すか、殺されるか。
この二択から逃げられない――冷や汗が頬を伝うのを感じる。と。
フローラさんが深々と嘆息した。この人はさっきから嘆息ばかりしている。奔放なお姫様を担当するメイドさんは気苦労も多そうだから、嘆息が癖になってるのかも知れない。ついでに言うと、シエリちゃんを無事に連れ帰ってもフローラさんは強烈なお叱りを受けるはずだ。
(そりゃあ、嘆息依存症になっちゃうよね)
御宮仕えの宿命とはいえ、心労が絶えないんだろう。僕の憐憫の眼差しには気付かず、フローラさんは仕切り直すように嘆息してから続けた。
「フレア様、どうか国にお戻りください」
「……」
フローラさんにしては柔らかい声。でもフレアさんは悲しそうな顔をした。
彼女の母である星崎さんは既に亡くなっていて、それが原因でルイ大帝国から脱出したと聞いたことがある。安らかな死だったなら国を脱出する必要はない。だから謀殺だったんだろう。そして。
(……フレアさんはその瞬間を目撃してしまったんだ)
特別製のお姫様が泣きそうになるなんて、そのことを思い出した時くらいだろう。
「絶対にだめです!」
僕はフローラさんの視線を遮るようにフレアさんの正面に立ち、それから冷たい瞳を見据えた。刹那。
ごっ!
フローラさんが赤い輝き――錬怒をまとった。ゴンザロスほど激しく燃え盛ってはいないけど、圧力はフローラさんの方が遥かに強い。それだけの高密度。
武器がチートで、戦闘技術も高い。さらに錬怒で全身を強化するなんて、超チートレベルだ。
そして。
ひゅんひゅんひゅん!
メイド騎士は手首だけで刀を振り回し、それから改めて構えた。
表情と声、殺意。冷酷無比なそれらを以って告げてくる。冷たい瞳で僕を見据えながら。




