77話「ロングスカートってポイント高いと思います」
「うっそでしょ!?」
僕は地面に背を向けた状態で落下していた。
人間の体は背中で受け身をとる構造になっていない。だから体をよじって腹側を地面に向け、両手を突き出した。次の瞬間、それが乾燥したなにかに突き刺さる。
ざんっ!
「これは……!」
干し草だ。ブロック状に押し固められたものが高く積み上げられていたらしい。
硬い地面で受け身をとる運命を避けられたのは嬉しいけど、草の臭いが鼻をつく――そんなことを考えた瞬間、僕は載っていた干し草ブロックごと転げ落ちてしまった。
だんっ!
「……やれやれ」
片膝を突いた状態で着地に成功。無傷だし、法衣に草の臭いがついてしまった以外の問題はない――いや、違う。屋根は斬り刻まれたんだから。
「問題ありまくりですね!」
『そうだろうな』
背後の冷たい気配。それと反対方向に飛び退きながら叫ぶと、冷たい声が返ってきた。
僕は戦杖を構えて戦闘態勢に入り――戦意を削ぎ落すような冷たい視線が向けられる。その主はいわゆるメイドさんだった。年齢はオリアナさんよりいくつか上で、金髪を頭の後ろあたりでまとめている。プリムは黒。メイド服も黒。もちろん靴も黒。そして――
「ロングスカートってポイント高いと思います。あくまで個人的な意見ですけど、ミニスカは慎みって意味でなんか合わないんですよね。もちろん絶対に嫌とか認めないとかじゃなくて、まあ、色の嗜好みたいなものです」
「……叩斬るぞ、貴様」
褒めたつもりだったけど、なぜかロンスカメイドさんはご立腹みたいだ。と。
『癒希さん!』
『ゆきー!』
フレアさんとシエリちゃんがシャッターを開けて駆けつけてくれた。
黒ずくめのメイドさんに警戒しつつ見回せば、どうやらここも倉庫らしい。最初にいた倉庫と似たような用途に違いない。
そして街は無人のままだ。それはさておき、メイドさんを見たシエリちゃんが頬を引きつらせる。
「ふ、フローラ……!」
「……」
漆黒のメイドさんはフローラという名前らしい。彼女は僕に冷たい殺気を向けたまま、シエリちゃんを横目で睨みつけた。それだけで空気が張り詰め、そしてシエリちゃんはすごい速さでフレアさんの背後に引っ込んでしまった。
護衛を兼ねた教育係なのかも知れない――分析なんかしていると、フローラさんの冷たい視線がフレアさんへと向けられ、対するフレアさんはいつものほんわかとした眼差しで迎撃した。
ばちばちばちっ!
ぶつかり合った視線が2人の中間あたりで火花を散らす。原理はよく分からないけど、巻き込まれない方が良さそうだ。僕はそっと脇にどいた――その時、フレアさんの表情がわずかに曇る。
「鋼糸が縫い込まれた生地……貴女はルイ大帝国の騎士ですね」
「はい。私はメイド騎士のフローラ」
「……」
緊迫した空気のなかで申し訳ないんだけど、メイド騎士ってなんだろう。それがダメとは言わないけど――
『美味しいところを合体させたら美味しさ2倍だろ?』
そんな思惑が透けて見える。メイドも騎士も単品でこそ輝くんじゃないかな――叩斬られてしまいそうだから口に出しはしないけど。それはさておき、フローラさんが不機嫌そうに続ける。
「ちなみに貴女の臀部にしがみついている少女はシエリ姫。我らルイ大帝国の第5王女です」
「なんでばらしちゃうのよー!? フローラのお馬鹿!」
「……」
ばらすもなにも、最初の説明からして説得力皆無だったし、それに騎士がお迎えにあがった時点でただのお嬢様なはずがない。
さすがにフレアさんもわかって――
「シエリさんは王族だったのですか!?」
「……」
フレアさんは純粋な心の持ち主だから仕方ない。そういうところも彼女の魅力だし。僕がうんうんと頷いている間もフローラさんは続ける。
どうやらシエリちゃんは城を抜け出して城下町で遊んでいたところを、ポスロウたちに捕まってしまったらしい。
そしてポスロウは亜獣と呼ばれる種族で、この大地を人間の支配から解放するのを目的とした組織の構成員。5番目とはいえ、王族であるシエリちゃんがこのティアラ神国で派手に殺害されれば、間違いなく戦争の火種になる。それはこの大陸の人間文明を焼き尽くしかねない――ポスロウたちの狙いはそれ。思ってた以上にやばい事件だった。
ちなみに包帯の下の精霊宝石云々は真っ赤な嘘。信じてはいなかったけど、改めて嘘だと聞かされるとショックを受けざるを得ない。僕はシエリちゃんに半眼を向けた。
「で、シエリ姫から高貴な言い訳とかあります?」
「癒希まで怒んないでよー!」
「別に怒ってはいませんけど、国に帰ったら3時間くらい正座して欲しいですね。別に怒ってませんけど」
「めっちゃ怒ってるよおおおおおおおお!?」
僕が頬なんか膨らませて見せると、シエリちゃんは焦ったように叫んだ。さらにフレアさんがシエリちゃんの肩に手を置いた。優しい声で諭す。
「貴女の行動はたくさんの人に影響を与えてしまいます。どうかご自身の立場をわきまえてください」
「ごめんなさいー……」
シエリちゃんは俯いて反省モードに入った。このくらいにしておこう。
お説教は後でフローラさんがこれでもかってくらいしてくれるだろう――そんなことを考えていると、シエリちゃんがフローラさんの前まで小走りで駆け、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、フローラ」
「分かって頂けばいいのです」
フローラさんも微笑みで返す――次の瞬間、彼女の額にお怒りのマークがびしりと貼り付けられ、シエリちゃんを片手で小脇に抱えた。そして。
ぺんぺんぺん!
「脱走はお止めくださいと何度も申し上げたはず! 敵国の首都へ私を送り込むためにどれほどのコストがかかったと思っているのですか!?」
「だからごめんなさいってー!」
フローラさんのお説教という名のお尻ぺんぺんが始まり、ちょっと強めのぺんぺん音が倉庫に響き渡る。
漫画以外で見るのは初めてだけど、割と痛そうだ。それ以上にフローラさんのお怒りの表情に、ぞっとする。まあ、大陸が焦土になりかけたんだから、お尻ぺんぺん(特強)くらいは仕方ないのかも知れない。でも。
(フレアさんもおろおろしてるし……)
そろそろ止めに入ろうかな――でもメイド騎士さんの表情はすっげー怖いし、それに教育の一環でもある。どうしたものかなと小首を傾げること、約10秒。お尻ぺんぺんはやっと終わった。
シエリちゃんはぐすぐすと泣いていて、そしてフローラさんはやっと怒りが収まったらしく、ふしゅー! と深く嘆息した。と。フローラさんの冷たい瞳がぎらりと光る。
「――さて」
「……」
やっぱりこうなりますよね。
僕は戦杖をひゅんひゅんと回してから構え、それからフレアさんを下がらせた。
「え? え? なに?」
一件落着。そんな空気から一転、倉庫内は僕とフローラさんの闘志がせめぎ合い、空気がぎしぎしと張り詰めていった。それを感じ取ったらしいシエリちゃんがきょときょとと辺りを見回し始める――刹那、フローラさんが小さな針をシエリちゃんのお尻に刺した。
ざしゅっ!
なんか物騒な音。フローラさんのお怒りは収まってなかったらしい。
それはさておき、シエリちゃんは電池が切れたみたいにぱたりと意識を失った。そんな彼女を手近な木箱に寝かせ、フローラさんはその上に蓋をした。それから冷たさを増した視線をフレアさんへと向ける――
「貴女にも同行を願いたい」
「そんな……」
体をびくりと震わせながらフレアさん。信じられないものを見たような声で続ける。
「女の子を木箱に押し込むのが趣味だなんて……!」
「かなり特殊ですね。エスカレートしてしまいそうなので、同好の士を探すのはやめた方がいいと思います」
「そんな歪な趣味をもつ者が騎士になれるわけないでしょう!? というか少年! 本当に叩斬ってやろうか!?」
激高気味になったフローラさんがスカートの内側から細長い物を取り出した。それは――
「刀!?」
僕がいた世界で、古い時代に使われていた武器だった。フローラさんのメイド服は西洋風なのに、刀は純和風。似合ってはいるけど、違和感がある。
そして刀が抜かれた瞬間、全身がとんでもない感覚に襲われる――縁太君に指ぱっちんを向けられた時と同じだ。
(まさかチート武器!?)
心の中で絶叫した時、戦杖が今までにないほど激しく振動を始めた。その感覚が告げてくる。
絶対に勝てない。戦えばここでゲームオーバーだと。




