08話「僕がいた世界だったらポリスっていう組織が準備運動を始めちゃいますよ」
スキル覚醒の第1話です。
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「……ん」
僕は目を覚ました。
まぶたは重くて、意識もいまいちはっきりしてない。よく眠れなかったみたいだ。その理由は――僕の目の前で眠ってるお姉さんだ。相変わらず白銀色の髪からはいい匂いがする。年中無休でそうなんだろうけど、たまには休ませてあげてもいいんじゃないかと思う。
例えば僕と一緒に寝る時とか――美しい寝顔を重いまぶた越しに見つめながら、昨晩のことを思い出していた。
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下級神官になった僕は、礼拝堂に向かう前にいた部屋を私室として割り当てられた。
周りの部屋は誰も使っていないらしくて静かだし、最上階だから眺めもいい。そして生活に必要な家具だけでなく、シャワーなんかもある。下っ端用だなんて勝手に思ってたけど、実はいい部屋なのかも知れない――綺麗な従者まで付いてるんだから。
『一緒の部屋ってさすがに不味くないですか? 僕がいた世界だったらポリスっていう組織が準備運動を始めちゃいますよ』
『煩わしいとは思いますが、癒希様は奇蹟の子。どうかご容赦ください』
従者になってくれたオリアナさん。真面目で誇り高いお姉さんが隣の部屋で妥協してくれるはずもなく、同じ部屋で暮らすことになった。ベッドもひとつ。異性との同衾にあこがれる年齢ではあるけど、彼女との関係を考えるとガッツポーズをする気にはなれない。
入浴だけはなんとか別にしてもらえたのが唯一の救いだけど、まさに寝食を共にすることになってしまった――健康な男子が薄手のパジャマで寝てるお姉さんを隣に安眠なんかできるわけがない。さらに言うと、オリアナさんは僕が望めば望んだ分だけ与えてくれるだろう。
(……僕が奇蹟の子だから)
言い方は悪いけど、彼女が好きなのは僕じゃなくて僕がもつ奇蹟の力だ。そんな状況で望んだら負けかなって思う。そんなわけで、僕は美しい寝顔を眺めるだけにしておいた。綺麗すぎる。もっと近づきたい。
「朝食にしましょうか?」
「……はい」
起きてたのか気配でも感じ取ったのか、顔を近づけた瞬間、僕に白銀色の視線が向けられた。
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朝食後、オリアナさんの案内で町を見て回ることになった。僕たちがいるのは西の大教会と東の王城を結んでる大通りだ。
国名に“神”なんてついてるけど、カフェとか飲食店みたいのが軒を連ねてるし、通りを行く人たちの衣服が統一されてたりもしなかった――町に宗教色はあまりない。法衣専門の服屋っていうか、仕立て屋みたいのが目に付くくらいだ。
そんなわけで僕の真っ赤な法衣はそこそこ目立つ。その上、15歳の神官は珍しいというか異例らしい。
この2つが足し算されて出る答えは“とても目立つ”だった。そこに美しいお姉さんが足されてるから、めちゃくちゃ目立つ――大通りを行く人たちに次から次へと視線を向けられて、僕の顔が赤く染まった。
オリアナさんは気にもしてないらしくて平然とした様子で歩いてる。グルツの時は女の子たちに歓声を上げられてたし、有名な人なのかも。
注目されるのにも慣れてるんだろう――それはそれとして、オリアナさんは僕を通りの端に連れていくと、遠くに見える城を指さした。
「あれが旧神王城です」
「旧なんですか?」
「はい。神を自称した愚かな王は数百年ほど前に倒されました。つまり……」
女神の申し子を騙って人々を苦しめた腐敗政権は、この国の自浄作用によって排除されたらしい。あの女神の子供だっていうのが事実なら、腐敗政権もさもありなんって結果だと思う。騙ってただけだろうけど。
「今は女神の教団と無関係の大貴族が王族となって国を治めていますが……他の貴族たちとの諍いは絶えず、順風満帆とはいっていないのが現状です」
「なるほど」
僕がいた世界も似たようなものだし、争いは人が背負った業ってやつなんだろう。
3人集まると戦争が起きるって、どこかで聞いたことあるような気がするし、驚きはしなかった。むしろ共通点があって安心したくらいだ。
僕がいた世界では芝の刈り方で殺し合いが起きるんですよ――なんて冗談を言おうとした時、オリアナさんが路地の方へと視線を向けた。
少し遅れて僕がそっちを向くと、全身鎧を着けた男性が立っている。ゲーム風に言うと“一般兵”とか“正規兵”みたいな印象だ。その人は僕たちに軽く頭を下げた後、オリアナさんになにかの書状を手渡した。
「……なんですって……!?」
それを開封した冷静なお姉さんが絶句した。
兵士の男の人も兜から覗く表情を強張らせてるし、大きな問題が発生したんだろう。
オリアナさんが書状を懐にしまうと、男性は敬礼してから結構な速さで走り去った。ルイ大帝国がやんちゃでも始めたんだろうか。
もし戦になったら僕も前線で戦うことになるのかな――不安そうにオリアナさんを見つめたら、慈愛に溢れた微笑みが返ってきた。でもやっぱり表情は硬い。
「癒希様、大変残念なことに野暮用というか、ちょっとした仕事をできてしまいましたので……」
大教会に戻って欲しい――と申し訳なさそうな声で言ってきた。
オリアナさんの観光案内が中止になって残念だけど、仕事じゃ仕方ない。僕が頷くとオリアナさんは――
ひゅんっ! すたたたたっ!
「……」
目にも止まらない速さで屋根に飛び乗って、さらに忍者みたいな身のこなしで大通りの向こう側に消えた。あの人が目からビームを出しても驚かないことにしよう。
それはさておき、言いつけ通りに大教会に帰らないと――そう思った瞬間、僕の鼻が嗅いだことのない香りを感じ取った。
香辛料だと思うけど、それだけで食欲が暴れ出すほどのいい香り。大通を挟んだ反対側から漂ってくるみたいだ。
(出発前にお金はもらった……ならつかう練習をしないと)
大司祭様からいつはじめてのおつかいを命じられるか分からない。
僕はそんな言い訳を胸に、いい香りがする方へと向かった。
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