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76話「誰の恋路も邪魔してないのに蹴られてたまるか!」

「――はっ!?」

 次いでかちり、という音が足元から聞こえる――僕は反射的に上半身をのけ反らせた。刹那。


 ぼっ!


 ポスロウのとんぼ返り蹴り(サマーソルト・キック)が顎先を掠め、その爪先が宙できらりと光る。革靴の先から刃が突き出ているらしい。軌跡から考えて狙いは僕の顎の下あたり――神経がたくさん通っている部位だ。怒りに任せて戦杖を振り下ろしていたら、即死だったかも知れない。

 フレアさんのチート気味な包容力に感謝しながら体勢を整えると、ポスロウは宙で散弾銃を――背中のホルスターにしまった。そして。


 ぎゅごごごっ!


「はあああああああああああ!?」

「……ったくヨオオオオオオオオ!」

 着地した時、ポスロウは人間の姿を半分だけ捨てていた。


 どすんっ!


「それってちょっとずるくないですか!?」

「ならルールブックを持ってこい」

 僕は怪物に向かって右の人差し指を向けて叫んだけど、当然のことながら呆れたような嘲笑が返されただけだった。

 それは簡単に言うとケンタウロス型の半鷲半獅子の獣(グリフォン)。体長は4メートル。体高は2メートルで、本来は鷲の頭部があるところにポスロウの上半身が生えて(・・・)いるから、実際は3メートル。どれも目視によるものだから正確ではないし、僕と彼の間柄を考えると身体測定は無理だろう。もちろん、手加減も期待できない――ポスロウが高く上げた両前脚を思い切り振り下ろし、その勢いで突進してきた。強烈な振動が屋根を震わせる。


 どどどどどっ!


「ガキが調子に乗りやがって! スーツが台無しだぜ」 

「上半分は無傷なんだから、そんなに怒らなくてもいいんじゃないですか?」 

「スーツが下半分だけ売ってるわけねぇだろ!? もうガキは黙っとけ!」

 ポスロウは駆け抜けざまに長い爪が生えた前脚での斬撃(・・)を繰り出して来た。僕は横に飛んだ――けど、右腕を軽く薙がれてしまった。タイミングとしては完璧に躱したはずなのに!?

 爪が伸びたのか、それとも他のものなのか――そんなことを考えてる間にポスロウは獣の柔軟さで僕の方に急旋回し、屋根を踏み鳴らしながら再び襲い掛かって来た。繰り出されたのは両前脚での乱撃。


「グルルルアアアアアア!」

「ちょっと、この――!」

 大型獣の膂力による攻撃はさすがに生身じゃ受け止められないから、回避に専念するしかない。でも。


(あくまで前脚(・・)だから格闘術ほどの(うま)さはない。これなら……)

 どれだけ重くても直線的で単純な攻撃。それらをいなす難易度はHardが精々ってところだろう。戦いに集中できていれば大したことはない――


 ばすっ! ばすばすっ!


「なんで!?」

 大したことはないはずだったけど、僕の法衣は次々と刻まれていった。その下の体にも似たような傷が刻まれていく。


(やっぱり変だ! 見えない何かに切られてる!)

 僕がいた世界の漫画では、見えないなにか(・・・)と言えば、細い糸とか空気の刃が定番だった。そしてポスロウの姿はケンタウロス型とは言え、半鷲半獅子の獣(グリフォン)だ。ゲームで言えば風属性。


「風の刃だな!」

「この短時間で見切っただと!? 何者だ、貴様!」

「お前には教えないPart2!」

 ゲーム好きの男子高校生ですと答えるのはかっこ悪いからやめておこう。

 そんなことより、見えないなにかはやっぱり風の刃だった。それはポスロウの爪――というか脚を中心にしか展開できないんだろう。そうでないのなら、飛び道具として使ったはず。つまり間合いを測り直すだけでいい。どんな攻撃でも正体を看破できれば手品と同じだ。


「もう引っ掛からないぞ!」

「うるさいガキは嫌いだと言ったろ!」

「……そんなに嫌い?」

「大嫌いだ!」

 きっと勘のいいガキ(・・・・・・)も嫌いなんだろう。ポスロウが錬金術師じゃなくてよかった。

 それはさておき、子供嫌いの殺し屋は両前脚を高く上げた。吹き上がった風が、そこに収束していく――この手の予備動作(モーション)は範囲攻撃で間違いない。


(つまり風の刃をまき散らす!)

 散弾銃みたいに――


 ぼふっ!


 ポスロウが前脚を豪快に叩きつけた瞬間、風の刃が四方八方に撃ち放たれた。

 それらを斜めに構えた聖なる盾(ライト・シールド)で弾きつつ、僕はポウロウの右前脚の脇をスライディング気味に駆け抜けた。それから素早く立ち上がると戦杖を両手持ちにして思い切り振り上げる――狙いは右後脚の膝関節。


 がんっ!


「グオ!?」

 大技直後の硬直を狙ったおかげか、大型猛獣(ポスロウ)が怯んだ。僕は身を翻し、その勢いを乗せてさらに叩く!


 ごぎっ!


「グオオオッ!?」

 確かな手応えが戦杖を通して伝わって来た。ポスロウの膝は、役目を終えた鏡餅みたいに砕けたはずだ。

 4本のうちの1本だけど、25%と考えれば悪くない。数字のマジック理論とでも名付けよう。つまり残りはほんの75%。やっぱりちょっと大変かも。僕の理論は間違っていた。それはさておき。


「グ・ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 ポスロウは怒り心頭に発したらしく、両耳をつんざくような咆哮をあげた。両後脚での馬みたいな蹴り上げが続く。


「誰の恋路も邪魔してないのに蹴られてたまるか!」

 僕は身を屈めつつ退がって回避した――けど、蹴りから少し遅れて発生した旋風に襲われて、つい身を固くしてしまった。


「後脚の風は別バージョンなのか……!」

 旋風は僕を中心にして少しの間だけ留まってから消えた。けど、その間にポスロウは後脚だけで立ち上がり、そして右前脚を限界まで振り上げていた。全体重と全筋力、さらに重力と風圧まで載せた、まさに渾身の一撃ってやつが来る。旋風に邪魔さまれていたから回避は間に合わない。咄嗟に聖なる盾(ライト・シールド)を展開したけど、とてもじゃないけど受け止めきれない。思考をフル回転している間に、圧殺の()が振り下ろされる――


「これで静かに――なんだと!?」

 その寸前、僕は聖なる盾を消した。

 盾ごと叩き潰すつもりだったポスロウの一撃はとてつもなく強力に違いない。盾を展開した標的が、回避を試みるとは絶対に思っていなかった。だからこその重さ。つまり鈍重。僕がいた世界で言うところのテレフォンパンチ(・・・・・・・・)ってやつ。その軌道も簡単に予測できる――ポスロウが冷静だったらこう(・・)はいかなかっただろう。


 ずがんっ!


 巨獣の渾身の一撃が石造りの屋根を半分ほど破壊し、その時、僕はポスロウの背中側に着地していた。彼が担いでいる散弾銃を手に取り、銃口を獅子部分の背中に向ける。


 がしゃりっ!


「卑怯とは言いませんよね?」

「グゴグアアアアアアアアアアアア!?」

 無人の街に轟く、連続した発砲音。次いで獣特有のどこか物悲しい悲鳴が続いた。けど。


「ウゥグルアアアアアアアアアア!」

「背中も別バージョン!?」

 彼は自身の周囲に竜巻を起こし、僕を空高く舞い上げた。それから怒り狂った眼光で睨みつけ、そして一直線に飛びかかってくる――空中とはいえ、あの攻撃を受け止めることはできないだろう。翼もないから回避もできない。そんな僕を()で捉えようと、爪が完璧なタイミングで振り上げられた。でも!


救いの風(ハイ・ウインド)!」

「グルア!?」

 背中から吹きつけた輝く風が、僕を急加速させた。ポスロウの顔が驚愕に歪む。それは風での加速と、僕が負った数々の傷が一瞬で癒されたこと。その両方によるものなんだろう――2つの驚き(サプライズ)。楽しんでくれたに違いない。だから僕も楽しませてもらおう。


 べきっ!


「踏み潰してやる!」

 前脚が(まと)を外した次の瞬間、ブーツの底がポスロウの顔面にめり込んだ。

 彼はのけ反り気味に体勢を崩し――僕は宙で一回転して体勢を整え、戦杖を振り上げた。ポスロウは目眩でも起こしているらしく、焦点が合っていない。だったら狙える。彼の額に目掛けて戦杖を渾身の力で振り下ろした。


 がいんっ! 


 無音の空に響く、爽快な打撃音。間違いなくクリティカル・ストライクだ。

 そしてポスロウは重力に引かれるままに落ちて行き、屋根に激突した。僕は一瞬だけ遅れて着地すると、ぴくりともしないポスロウに中指だけを立てた左手を向けた。


「やっと静かになりましたね」

 それから額の汗を法衣の袖で拭いながら空を仰いだ。

 クエストクリア。モンスターをハントするゲームのことなんか思い出した――その時、僕が立っていた屋根は下から斬り刻まれてばらばらになった。

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