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73話「え? ええ、今日は休日なので……」

「ふあ……」

 僕はあくびをしてしまった。周囲を行く、どこか急いだ様子の人々は奇異の視線を向けることなく通り過ぎていく。ここは首都南側に位置する専門店街だ。

 職人や技術者が材料とかを購入するための区画で、大通りほどの賑わいはないにしても、首都の経済を支える重要な街。ちなみに神官である僕が必要とする物は売られていない――朝食をとってすぐ散歩に出て、適当に歩いていたらここにいた。睡眠時間を売ってる店がないかと見回してみたけど、そんな店があるはずない。あったら怖い。

 そんなわけで、僕は再びあくびをしてしまった。隣にオリアナさんがいたら、窘められてしまっただろう。アゾリアさんだったら――


(誰が見てるか分からないんだから、しゃんと(・・・・)しよう!)

 そんなことを考えながら背筋を正し、ふと脇の店舗を見やると大砲が置かれていた。他にも投擲用の斧や、明らかに対人用の罠などがいくつも飾られている。僕がいた世界だったら開店初日にパトカーが急行していただろう。そのくらい物騒な店構えだ。看板を見上げれば――


『武器屋さん』

「店構えに比べて、なんか柔らかいのはどうしてだろう」

 ブラックジョークの類なのか、それとも物騒さを緩和するためなのか――それは店内を見てみないと分からない。つまり謎だ。そして入口のドアには“営業中”の札がかけられていた。平和な休日に、平和な謎解きに興じる。人はそれを余暇と呼ぶ。もちろん僕も。


(……入ってみようかな)

 店名の謎も気になるけど、武器という言葉にどきどきしない15歳男子がいるはずがない。そんな暴論を心の中で展開しつつ、僕は武器屋さんに入ろうとして――背後に振り向いた。そこにいたのは隻眼の凶戦士じゃなくて、赤い法衣を着た可憐な少女。フレアさんだった。護衛のみなさんは見当たらない――僕がそのことを訊こうとした時、フレアさんが口を開いた。


「癒希さん♪ お一人ですか?」

「え? ええ、今日は休日なので……」

 オリアナさんは休日も同行したいと言ってくれたけど、彼女にも1人の時間が必要だと思って、それは断らせてもらった。真面目な人だから根を詰めかねない――そこまで説明すると、フレアさんは可憐に微笑んだ。


「実は私もみんなに休日を差し上げたのです」

「じゃあ、今はひとりなんですか!? パステリアさんもいないんですか?」

「はい。彼女はお昼寝中だと思います」

 僕が焦ったように訊くと、フレアさんは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。けど、それに見惚れてる場合じゃない。僕は警戒するように周りを見回した。なにせフレアさんはルイ大帝国から追われてるお姫様だ。

 そしてこの専門店街は朝も早いらしくて、道を行き交う人はかなり多い――追手が紛れ込んでいるとしたら、彼らが旗でも掲げてくれないと判別できない。


「あの! フレアさんの休日に僕も御一緒させてもらっていいですか?」

「はい♡ ぜひお願いします!」

 表情を輝かせての快諾。フレアさんは賢い人だから拒否するとは思ってなかったけど、つい安堵のため息をこぼしてしまった。と。武器屋さん脇の路地に何かの気配。

 僕はそっちに向き直りつつ戦杖を構えた。ぱちくりと両目を瞬かせるフレアさんを背後に下がらせる――道の真ん中で武器を構える神官はさすがに目立つらしく、付近を歩いていた何人かが立ち止まって見つめてきた。刹那。


 がたがたっ!


『きゃああ――神官!?』

 路地の暗がりから女の子が飛び出して来た。年齢は10代前半くらいで、額に包帯を巻いている。彼女は僕とフレアさんの赤い法衣を見るや否や、か細い手を伸ばす――でも。


『助け――』

『捕まえたぞ!』

『引っ張ってこい!』

 背後から迫って来ていた数人の男――揃って黒いスーツを着ている――によって再び路地に引きずり込まれてしまった。ちなみにその女の子の服は破れたりしてはいるけど、高価な生地が使われているらしく、とても滑らかな艶がある。

 いいところ(・・・・・)のお嬢様なんだろう。そんな考えに至った時、僕は黒ずくめの男たちを戦杖で張り倒し終えていた。それから女の子の手を引いて路地から連れ出して埃やらを払うと、彼女は慌てた様子でぺこりと頭を下げる。


「わ、わたしはシエリ! 助けて下さって、ええっと……ありがとうございます!」

「僕は癒希です。こちらは――」

「フレアです」

『なにごとかね?』

『神官様がいるんだから悪魔か魔物が出たんだろ』

 僕たちが互いに自己紹介を済ませた時、背後には人だかりができていた。ちょっとした騒ぎを少しオーバーした程度。それはさておき。


(……休日は終わりかな)

 これからシエリちゃんを警備兵のところまで連れて行けば、僕たちも事情聴取を受けるはずだ。そしてオリアナさんは窓を蹴破って登場するかも知れない――そんな状況で余暇を満喫するなんて不可能だ。


「ま、仕方ないか」

 そんなことを呟きつつも、僕は心の中では嘆息していた。

 と――


『……』

「うっそでしょ!?」

 黒ずくめたちが倒れ伏したままの路地に、いつの間にか長身の男が立っていた。

 髪も瞳も黒。着ているスーツも黒。とどめに中折れ帽さえも黒。正真正銘の黒ずくめだ。倒れた黒ずくめたちを踏みつけ、黒い(・・)嘲笑で僕を見据えている。

 緊急起動する戦いの本能――次の瞬間、男が背後から何かを取り出した。棒状の物で、長さは1メートル超。そして、がしゃりっ! という装填音が響く。僕がいた世界では動く死体(リビング・デッド)退治でお馴染みの武器――


「散弾銃!?」

「え?」

 頬を限界まで引きつらせて驚愕の声を上げながら、僕は聖なる盾(ライト・シールド)を展開していた。けど、この術はあくまで使用者を守るものだから、例えレベル999だったとしてもフレアさんとシエリちゃんを守るので精一杯だ。つまり背後に集まった人たちは散弾の雨に直撃されてしまう。男が連射なんかしようものなら、死者は両手両足の指じゃ数え切れない――


「やめろ!」

「……」

 必死に叫んだけど、男はなにも答えない。滑稽なものでも見るような嘲笑が言葉の代わりにすべてを答えていた。


 がががががんっ!


 専門店街に轟く、無慈悲な射撃音。男の散弾銃は連射式らしくて、それは10発以上も続いた。

 僕たちは聖なる盾で守られているけど、そうでない人たちはまず助からないだろう。そして棺を閉じたままの葬儀を迎えることになる。何の変哲もない平和な日々は、唐突に砕かれてしまう。大抵は理不尽な連中の手によって。


「お前えええええええええええ!」

「……」

 嘲笑を浮かべたまま、散弾銃の再装填(リロード)を始めた男に対し、僕は全速力で飛び掛かる――その手をフレアさんが掴んできた。黒ずくめを滅多打ちにしたい衝動はすっげー(・・・・)激しくて強い。フレアさんを引きずってでもあいつを――


「癒希さん! 周りを見てください!」

「え!?」

 その衝動がフレアさんの凛とした一喝で瞬時に抑え込まれてしまった。

 言われた通りに見回せば、辺りには僕たち以外に誰もいない。背後を振り向いても、やっぱり誰もいなかった。もちろん遺体の山が築かれてもいない。そして辺りは完全な静寂。街は建物だけをそのままに、無人になっていた。


「……?」

 男もそれに気づいたらしく、鋭い目つきで辺りを見回している。ただし再装填は続けたまま。


 がしゃりっ!


「この子を連れては戦えません! 癒希さん、退きましょう!」

「は、はい!」

 フレアさんはシエリちゃんを引っ張って男と反対の方に向かって走り出した。僕も銃撃を警戒しながら続く――でもその前に、やらなくちゃいけないことがあるから、中指だけを立てた左手を男へと向けた。髪が逆立つのを感じる。血が沸騰したみたいに全身が熱い――僕は心の中で燃え上がっている、どす黒い感情を言葉に変換して吼えた。


「必ず踏みつぶしてやる!」

「……」

 確固たる約束。

 僕は黒い害虫のコスプレをした男が鼻を鳴らす音を背中で聞きながら、フレアさんたちが走った方へ向かった。

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