07話「えっと! 僕は一番下の階級から始めたいんですけど……!」
癒希の地位が決まる回です。
よろしくお願い致します。
「確かに奇蹟! 見事よな!」
「ど、どうも。光栄です」
さっきまでよぼよぼだったおじいちゃんは、今やテラ・ビンス大司祭になっていた。
背筋は、ぴんと伸び、体は地面と垂直に立っている。背丈は僕より頭ふたつ分は高い。
そして法衣から覗いてる、まさに鋼の筋肉は金属バットでも片結びにしてしまいそうだ。同一人物とは思えないけど――入れ替わってはいないはず。僕の内面っていうか、人間性を見定めるための演技だったんだろう。
(人間性を試されるのってちょっと嫌だけど……)
子供が女神からとんでもなく大きな力を授かったんだから、それも仕方ないのかな。
それに、この組織に保護されても安心だっていう確信も得られた――雲の上から雷でも落としそうな威厳ある顔つき。荘厳なまでの存在感。この人に睨まれるようなことをする人は絶対にいない。いてたまるかって感じです。人間にはまず無理。
「癒希よ! 貴様を我ら女神の教団の神官と認めよう!」
神官? 保護とはちょっと意味合いが変わるような気がするけど――タダで保護してもらうのってなんか申し訳ないし、まあいいか。
「ありがとうございます!」
「うむ! 貴様には神徒の位を与える! アル・癒希と名乗るがいい!」
『大司祭よ! それは――!』
「……」
叫んだのは壁際にいる司祭たちだ。
尊厳が法衣を着たような大司祭様が決めたことに異論を唱えるなんて、やばい感じだ。
おまけに数歩も詰め寄って抗議の表情を向けてる――やばいなんてものじゃなさそうだ。僕は大司祭無双が始まる前に声を張り上げた。
「えっと! 僕は一番下の階級から始めたいんですけど……!」
「むう!?」
張り上げたつもりだったけど、かなり小声になってしまった。
僕がいた世界の15歳男子は、鋼の肉体をもった御爺様相手に声を張り上げる訓練なんか受けないんだから仕方ない。もちろん、大人3人分の厳しい視線の集中砲火を耐える訓練も受けてない――けど、この町で平穏に過ごすためには気合を入れるしかなさそうだ。
「僕は皆さんのような徳を積んでいませんから、高い地位は分不相応です」
『……』
多分だけど、大教会の中にはいくつかの派閥があって、ゼムゼさんとミネッタさんはそれぞれの派閥で中心的な立場にいるんだと思う――だからこの場に呼ばれた。
そして神徒っていう位は、派閥間の力関係を傾けるほどの地位なんだろう。もし僕がそれになったら、派閥争いっていう戦場のど真ん中に立たされることになる。僕がいた世界ではそれを平穏とは呼ばない。
「良かろう! 女神も謙虚を美徳としておる! 下級神官から始めることを許可しよう!」
「がんばります」
7日7晩パーティーして8日目は寝て過ごしそうなゲス女神が謙虚とか、冗談にもほどがあると思う。大司祭様は会ったことなさそうだから仕方ないけど。
それはそれとして、大司祭様は銀色の短剣を差し出してきた。
神官って刃物厳禁なイメージだけど、この世界では違うらしい。手に取ってみると意外に重くて、鞘にはいくつかの文字が刻印されてる。見たことない文字だけどなぜか読める。ユキって書いてある。僕の名前だ。
「これは貴様の身の証! 面倒が起きた時は使うが良い!」
「はい!」
要は身分証ってことか。突き殺せって意味じゃないのは分かってたよ。
なんにせよ、僕は正式にこの教会の一員になれたんだから、それなりに大きな権力の庇護の下で平穏な毎日を送れるってことだ。
めでたしめでたしと叫びたい――けど、大司祭が目を細めて僕を見つめてきた。威嚇の意図はないんだろうけど、やっぱり怖い。
「神官という職と矛盾することを言うようだが!」
「は、はい!」
雷が近距離に落ちたのかってくらいお腹に響く声。叫べば岩とか砕けそうだよ。ぜひ僕がいないところでチャレンジしてもらいたい。
僕が半泣きになりそうなのを察したのかなんなのか、大司祭様は声量を落として続けた。
「貴様の力はまさに奇蹟。みだりに揮ってはならん。わかるか?」
「えっと…………」
言われてもすぐには思いつかなった。言われなければ気づきもしなかったかも知れない――さすが大司祭と呼ばれるだけある。
(……僕のヒールはこの世界のバランスを崩しかねない)
高名な回復術士であるはずのゼムゼさんやミネッタさんが癒せなかった深手でさえ、この力は簡単に癒した。
おまけに必要なものといえば僕の気分くらいだ。やろうと思えば、この町の負傷者を一人残らず癒すことも可能だ――でもこの国の価値観を大きく変質させてしまうだろう。
大怪我をしてもすぐに、しかも無料で治してもらえるとなれば、人々は平気で危険なことをするようになり、そして犯罪者はより凶悪な所業に手を染めるだろう。
健康は貴重で、命は尊い。
この価値観が崩れたら、ティアラ神国は間違いなく乱れる――そして僕を捕らえるため、他の国々はこぞって侵攻を始めるはずだ。
ゲス女神はポップコーン片手に観戦するんだろうけど、そんなのは御免だ。僕はこの世界で平穏に過ごしたい。
「はい。奇蹟は奇蹟として存在するべきだと思います」
「その通りである!」
どうやら満点の回答だったらしくて大司祭様は――凄みのある――笑顔で叫んだ。
善い人なんだろうけど、やっぱり怖い。苦手だ。
鬼より強くて悪魔より怖い御爺様は、満足そうに頷いてからオリアナさんをびしりと指さした。
「貴様を癒希の従者とする! 女神に仕えるがごとく尽くせ!」
「はい。喜んで身も心も捧げましょう」
「うむ! それでは下がるがよい!」
「……」
たった今、すごいことが宣言された気がするんだけど、耳が誤作動したのかな?
僕がいた世界で実行されたら事案じゃ済まない内容が――
「さあ、部屋に戻りましょう。癒希様♡」
「は……はい」
僕はオリアナさんに熱烈なまでの強さで肩を抱かれたまま、礼拝堂を後にした。
僕のことを男子だって認識した上でやってるんだとしたらとっても嬉しいんだけど、でもそれは――
(……僕が奇蹟の子だからであって、僕自身への好意じゃないんだよね)
ヒールでも癒せないんだろうなって痛みを心に感じながら、僕は大きく嘆息した。
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