66話 「赤いキノコを食べ過ぎたんですか!?」
よろしくお願いします。
「あいつの仲間なんだから、責任とって囮になってくれるよね!?」
「なんでだよ!?」
「だって戦杖で殴られるのは嫌でしょ?」
「女僧とは思えねぇ発言だな!?」
「……」
癒希は女性と勘違いされてなにやらかちんときたらしく、岩陰から顔の半分ほどを覗かせてグルツを注視しているナッシュ。彼を岩陰から蹴り出そうとした――刹那。
ごぉんっ!
『ぐげえええええええっ!?』
グルツの悲鳴が砂漠に轟き、それは空へ向かって遠ざかっていく――蹴り足をひっこめつつ、ナッシュの隣から見やれば、グルツがいた辺りはクレータ状にへこんでおり、軽機関銃の残骸が見て取れる。そのクレーター状にへこんだ砂地にずしんと立っているのは、鉄塊のような重鎧を身にまとった騎士。歩行要塞を自称するゴンザロスだった。恐ろしい敵である。
「お前まで!?」
「目上に向かってお前とは何事かね、君ィッ!」
そして癒希が撃退した時よりも鎧は大きく、おまけに重鎚を左右の手にそれぞれ握っている。
「これぞエレガント重鎚二刀流! 小生意気な童に躾をするため、地獄の底よりかぼちゃの馬車で帰還したのだよ! 今度こそ大人の務めを果たして見せようかね、君っ! ぬりゃあああああっ!」
「うっそでしょっ!?」
ゴンザロスが2本の重鎚を同時に振り下ろす――直後、見えない衝撃波が100メートル全力疾走のような速度で砂上を走り、癒希はナッシュと共に吹き飛ばされてしまった。
「ちょっとバランス崩壊してるよね!? 修正パッチまだですか!?」
よくわからないことなど叫びつつも、癒希は受け身をとって砂地を転がった。彼の脇ではナッシュが頭から砂地に突き刺さっており、動く死体のような苦し気な呻き声が聞こえてくる――
「まあいいや」
「助けろよ!?」
ナッシュはアリジゴクよろしく砂を巻き上げて癒希に掴みかかった。と。
「ふんぬああああああああああああああ! 経験値稼ぎに適した中ボスのような扱いをしてくれた御礼もしてしまおうかね、君いいいいいいいいいいいいっ!」
「うわ、なんか夢に見そうな絵面!」
ゴンザロスが2本の重鎚を高速で振り下ろしながら癒希へと襲い掛かる。シュレッダーのようであり、チュロスの早食いのようでもある――どちらにせよ、癒希は回避するつもりのようだった。が。
きいいいいいいんっ!
『そうはさせねぇぜ、ニーチャン!』
「うわあああっ!?」
空から落下してきたグルツによって砂地に――かなりの勢いで――押さえつけられてしまった。動けない癒希に対して、ゴンザロスが公害的なまでの筋肉を全力で稼働させる。
「喰らい給えよ、君ィィッ! 必殺のスペリオル・ノーブル・ファンタズム・クラッシャー・バースト・ストーム・サンダー・ファイアー!」
「舌噛んで死ねばいいのにいいいいいいいいいいいいいいい!」
癒希はとんでもない勢いで吹き飛ばされ、ごろごろと転がってから壁に頭をぶつけ、やっと止まった。
痛む後頭部を擦りながら立ち上がれば、前方には3人の恐ろしい敵。ナッシュ、グルツ、ゴンザロス。逃げようにも、癒希の背後は壁である――色や質感からして金属なのだろう。
それはさておき、敵はじりじりと間合いを詰めてくる。逃げ場もない。
「だったらやってやる!」
癒希が息を巻いた――瞬間、彼の頭上に眼前の3人よりも圧倒的な気配が出現した。
冷や汗を浮かべながら見上げると、巨大な顔に厳しい表情で睨みつけられている。首から下も巨大――要は巨人である。壁だと思っていたものは彼の足だった。大教会のトップである大司祭テラ・ビンス。敵ではないが恐ろしい。
「赤いキノコを食べ過ぎたんですか!?」
「キノコたけのこは色を問わず大好物であるが! それよりも癒希よ! その程度の連中など小指の先でワンパンして当然だというのに、なにを手間取っておるのか!? タングステン製のおじいちゃんは悲しいぞ!」
「で、でも3対1ですよ!? それに銃器とか持ってるし、馬鹿みたいにパワーアップしてるしで――」
超巨大テラ・ビンスは、癒希の反駁に耳を貸す様子もなく、怪獣すらワンパンしてしまいそうな拳骨を振り上げた。あわあわと取り乱す癒希に向けて、天より一直線に振り下ろす――
「言い訳は減点15である! よって115点分のお仕置きなのであるあああああああああああああああああああああああああ!」
「その採点方式には疑問が――じゃなくて、ちょっとおおおおおおおおおおお!?」
比良坂癒希の甲高い悲鳴は超新星爆発級の破壊力によってかき消された。
・
・
「……」
静かな朝。オリアナは目を覚ました。
カーテンごしに窓の外を見やれば、天気は快晴。気分も上々である。頬を緩ませはしなかったが。
それはさておき、神官戦士のお姉さんは上半身を解すように肩を回した。それから隣で寝ている少年――癒希に顔を向ければ、彼はシーツを頭から被っていた。
「癒希様、もう朝ですよ」
オリアナは苦笑いなどしつつ、シーツをどける――そこで目を見開いてぴしりと硬直した。彼女のことをよく知る――具体的には無表情さ――者であれば、宝くじに大当たりでもしたのか、全裸のヴァレッサが寝ていたのかとでも思うだろう。
「癒希様……!」
「……」
オリアナの主である癒希。彼は赤子のように身を丸め、さらに親指を咥えたまま眠っていた。
「まさか――癒希様!? 起きてください!」
「…………え? あ、おはようございます……ふあ……」
強めに揺さぶられて目を覚ました癒希は、上半身を起こして眠たげに挨拶を返すと、それからふらふらと立ち上がって洗面所に向かう――そんな彼の背後でオリアナは顔面を蒼白にし、さらに顎が外れんばかりに口を開いて絶句していたのだが、それを見ていたのは姿見用の全身鏡だけだった。
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