65話「禁酒に戦杖が必要ならいくらでも提供するよ!」
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熱風が吹き荒び、砂塵が舞う。なにがそんなに腹立たしいのかと思うほど、煌々と燃え盛る太陽――ここは砂漠である。が、癒希の法衣を濡らす汗は気温とは無関係のものだった。彼は空いている左手で額の冷や汗を拭うと、それから身を低くした状態で戦杖を構えて周囲の気配を探り――即座に左へと向き直った。そして恐ろしい敵を見据える。
「はははははっ! いつだかの恨みを返しに来たぜ、女僧!」
その敵は癒希より少し年上で、金髪碧眼の男だった。これでもかというほど金糸で装飾されたジャケットを着ており、腰の後ろにはサーベルを携えている。軍人を思わせる風体ではあるが、そうではない。彼はぼんぼん貴族のナッシュである。無造作にサーベルを抜き放ち、なにやら奇怪なポーズで唱える。
「春夏秋冬・七転八倒・焼肉定食・奇々怪々! そして必殺の影分身!」
「はああっ!?」
ナッシュの足元で派手な煙があがり、その直後、気配が16に増えた。煙は熱を帯びた風によってすぐに吹き散される――癒希の視界が捉えたのは、やはり16人に増えたナッシュだった。ぼんぼん貴族の集団は同じポーズで同時に高笑いすると、やはり同時に癒希へと襲い掛かる――
どどどどどっ!
癒希は戦杖をひゅんひゅんと回しながら呟いた。
「あんまり強くなくても16人いるとちょっと大変かも」
『雑魚呼ばわりされるいわれはねぇえええ!』
「え? 記憶喪失なのかな」
一糸乱れぬ怒声を張り上げて迫るナッシュたち。対する癒希も戦杖を両手で構え、全力で砂地を蹴った。砂は踏み出された力をそれなりに吸収したが、それでも癒希は速かった。群れから突出していたナッシュを狙い、戦杖を勢いよく振り下ろす。
どかっ!
「ぎゃあ!?」
そのナッシュはぼん、という音と共に煙となって消滅し、癒希はさらなる迎撃のため、鋭い視線を次の標的へと向けた――直後、ナッシュたちは一斉にブレーキをかけると、15人で困惑した顔を見合わせた。慌てた様子で相談を始める。
「おい、ナンバー13がやられたぞ!?」
「次はお前いけよ!」
「ふざけんな! お前こそいけよ、ナンバー4!」
なにやらナッシュたちは揉み合うように、順番の擦り付け合いを始めたようだった。額にお怒りのマークなど貼り付けた癒希が問答無用で斬り込む。
「15人もいると15回も殴らなくちゃならないから楽しい――じゃなくて大変だ!」
「怖い本音が漏れてんぞ!?」
「でも襲って来る方が悪いよね!」
「正論っちゃ正論だが――ぎゃあああああ!?」
癒希が戦杖を振るう度にナッシュたちは次から次へと叩き伏せられ、煙となって消えていく。
その騒ぎで砂が派手に舞い上がり、乱闘会場は砂煙でまったく見えなくなってしまった。と。その中から静かに這って出てきた者がいる――ナッシュだった。ちなみに影分身ではなく、本物である。
「ぎゃあっ!?」
「ぐわっ!」
「うぐわあああっ!?」
砂煙の中から響いて来る断末魔の数々に頬など引きつらせながら、離れた岩の方に這って向かう――が。
ざああっ!
強風が砂煙をきれいさっぱりに吹き流し、それと同時、ナッシュの背中に悪寒が走る。
顔を青ざめさせて振り向けば、お怒りモードの癒希だけ――影分身とやらは全滅したのだろう――が立っていた。16人に分散されていたお怒りがナッシュ本体に収束されたらしく、癒希はお怒りオーバーチャージ状態のようである。
「ナッシュ! 僕を襲ったってことは、またお酒を飲んだんだね!? 禁酒に戦杖が必要ならいくらでも提供するよ!」
「いや、酒は飲んでねぇよ!?」
「じゃあ、なおのこと悪いよね!?」
「げええええええええっ!」
当然と言えば当然のお怒りである――癒希は戦杖を頭上で高速回転させながらナッシュへと襲い掛かった。
砂地に尻もちをついて震えあがるナッシュ。が、刹那、彼が向かっていた岩の陰から気配が飛び出す――2人が見やれば、そこには飄々とした男が皮肉気な笑みを浮かべて立っていた。
年齢は30代半ばほどでかなりの長身。肌は漁師のように日焼けしており、髪は短い。上半身には革を加工して作ったらしい鎧を、下半身には妙にゆったりとしたズボンをはいている――恐ろしい敵である。そして彼が両手で構えているのは軽機関銃――ど派手に火を吹く。
どががががががががっ!
「ニーチャン! どうにもこうにも久しぶりだな!」
「グルツ!? 床の染みに消えたはずなのに!」
「会いたくなっちまったから会いに来たまでよ! こいつは必殺の土産だ! たっぷり喰らいやがれぇ!」
「てめえグルツ、おい!? 俺を巻き込むんじゃねええええええええええ!」
「かてーこと言うなよ! ぼんぼん貴族のニーチャンよぉ!」
弾丸が突風のごとく癒希とナッシュに襲い掛かった。かなりの大口径であるらしく、砂地に着弾しては砂がど派手に噴き上がる――そんな中、並んで走っていた癒希とナッシュは手ごろな岩の陰に揃って飛び込んだ。が、銃撃は岩を砂に変えんばかりの勢いで続けられており、弾切れを期待するのは建設的ではなさそうである。癒希がナッシュの肩をぎゅっと掴んだ。
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