幕間③ノーマンの不満
よろしくお願いします。
『お前のような奴が一番怖い』
そう言われることが非常に多い。
私としては友好を示すために笑みを絶やさないようにしているのだが、周りの者たちからは常に薄ら笑いととられているようだ。愉快ではないが、さしたる問題でもない――私はブリジット様の教育役なのだから。
末家の出でありながら、この栄誉を授かったことはまさに奇跡だ。笑顔が怖いからと婚約を破棄されたことなど、どうでもいい。むしろ好都合。人生も命も財産も、すべてをシェラル家繁栄のために捧げることができるのだから。
『おせえよ! ノーマン!』
最近、その信念が僅かながら揺らいでいるのを実感している。原因は目の前の少年。縁太だ。
とてつもない能力を使って灰鱗の竜を1人で排除した英雄。出自不明でありながら、その功績を以て騎士見習いに抜擢され、さらにブリジット様の婚約者としての地位まで約束された少年だ。
貴族に属する者はすべて家を繁栄させるための道具であり、私情を挟むなど許されない。私は縁太が主になっても異存はない――なかったのだが。
『なんか美味いもの買って来い! ノーマン!』
この少年は礼儀というものを知らない。
異なる世界から来たとのことだが、そこは混沌と食欲が支配する地獄なのだろうか。もしそうであるのなら、縁太の破壊的な能力も頷ける。が。
『僕は比良坂癒希です。縁太君がお世話になってます』
縁太と同じ世界から来たという少年。癒希。彼は深々と頭を下げてみせた。
そしてあらゆる傷と病を癒す能力をもっているという。計算が合わない。あちらの世界は何がどうなっているのだろうか――それはともかく、本音が口から失礼してしまった。
「祈るのに飽きた際は、ぜひシェラルの家をお訪ねください」
『……』
癒希少年の護衛と思われる神官戦士にとんでもない形相で睨みつけられてしまった。従者の前でその主を引き抜こうなどとは、まさに無礼。私は深々と頭を下げた。が。
『いえ、いいんですよ!? 気にしてませんから!』
癒希少年は慌ててそう言ってきた。
冗談抜きで縁太と交換してもらえないだろうか。なんなら私財をすべて贈っても構わない。税の計算もこちらで済ませよう。我が長年の愛獣ギャミケニムもつけるので、どうか可愛がってやって欲しい。
縁太も教団のテラ・ビンスに怒鳴られれば、少しは礼儀というものを弁えるようになるはずだ。
なんたる名案――これを口に出そうものなら、神官戦士は襲いかかってくるだろう。よって、私は笑みを浮かべたまま口をつぐんだ。
ついでにブリジット様に相応しいのはどちらであるかを考えた。癒希少年だ。性情も能力も、シェラルが求めるのは彼だ。
まず能力だが、縁太の能力はどのような脅威も簡単に排除してしまう。
それでは民草が平和を安く考えるようになり、税を払いしぶるようになるかも知れない。もちろん兵士たちの士気も甚だしく減退するだろう。
一方で癒やしの力はこれらの問題に頭を悩ませる必要がない。兵士は戦いの経験を活かし、より強くなって立ち上がる。必要な犠牲を糧に騎士団は強化され続け、その末にでき上がるのは無敵の軍団。シェラルにこれほど相応しいものがあるだろうか。
性情にしても、ブリジット様はああ見えて覇気旺盛で癒希少年は控えめだ。上手く噛み合ってくれるに違いない。なにかの拍子にブリジット様と関係をもってくれないだろうか。
『これからそのモンスター退治にいくんだ。お前もついてこいよ!』
『え? いや、それは……』
『いいじゃねえか、こいよ! 俺様のカッコいいとこ拝めるなんて幸せだぞ!』
他人の幸福を定義することがどれほど傲慢な行為であるかを縁太は知らないようだ。
癒希少年よ、殴ってくれて構わない――いや、殴ってくれ。
そして空振りついでにブリジット様の頬でも胸でも引っ叩いてくれると非常に嬉しい。その咎で屋敷に拘束し、あれやこれやの経緯を巡った末にブリジット様と関係をもって頂く。我が主もきっとお喜びになる。必要なら私も小躍りして見せよう。
縁太のことは利用するにしても、処分するにしてもどうにでもなる。礼儀知らずの世間知らずなど、どうにでもしてくれよう――と言いたいところではあるが、騎士として不適格だったとしても彼を処分しろとは仰せつかっていない。実に残念だ。
ところで不慮の事故とは、どこからどこまでを言うのだろう――
『えっと、怖い顔してどうしたんですか?』
「……いえ、考え事を少し。失礼いたしました」
笑顔を崩してはいなかったはずだが、癒希少年にも指摘されてしまった。私の笑顔は本当に怖いのかも知れない。
『考え事の際には仮面を着けることをおすすめしますよ、ノーマン卿』
それもまた名案だ。さすが噂に聞く“呪いの”オリアナ。
教育役に相応しい仮面はどのようなものだろうか――そんなことを考えながら、私はブリジット様の後に続いた。
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