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60話「飛び跳ねるくらい元気ですよ。心配もしてなかったでしょうけど」

癒希×フレア回の3話目です。

よろしくお願いします。

 来た時は下り坂でも帰る時はもちろん上り坂だ。傾斜は緩やかでも長いと疲れる。

 シーソーみたいに切り替わってくれないかな――そんなことを考えた時に見えたのは出口の明かり。それを背景に、黒いなにかが僕の方に向かってくる。彼だ。


「縁太君!」

「比良坂!? 遅ぇんだよ!」

「……」

 僕は戦杖で反論したい気持ちをぎゅぎゅっと抑えて彼の状態を観察した。

 問題があるのは1か所だけ。迷惑なもの(・・・・・)を積んだ大陸間弾道ミサイル。その発射ボタンと同じくらい危険な右手だ。派手に負傷しているから、指を鳴らすのはまず無理だろうけど。

 そして他に問題は見当たらない――


「あの化け物は始末したんだろうな!?」

「……うん、まあね」

 見当たらないと思ったけど、縁太君の頭蓋骨の中にはありそうだ。ヒールでも外科手術でも治せないやつ。それはさておき、僕は戦杖を構えた。その先にいるのはノーマンさん。最初に会った時と変わらず、穏やかな笑みを浮かべている。


「癒希殿? ご無事でなによりです。ブリジット様もご無事でしょうか」

「飛び跳ねるくらい元気ですよ。心配もしてなかったでしょうけど」

「ははは、これは手厳しい」

 ノーマンさんは血のついた細身の剣(サーベル)を片手に肩を竦めた――ほとんど同時、彼に縁太君の左人差し指が向けられた。激情って言葉がぴったりな表情で怒声を張り上げる。


「この糸目野郎が! いきなり襲い掛かってきやがったんだ!」

「……私に右手を向けてきたので応戦したまでです」

 縁太君とはまさに真逆の表情と言葉で、ノーマンさん。

 

(どうするかな)

 僕は縁太君を背後に下がらせつつ、ノーマンさんを見据えた。

 どちらが本当のことを言っているにしても、クラスメイトである縁太君は負傷している。それを放っておくわけにはいかない――でも彼を治療したらノーマンさんを殺すかも知れないし、その後でなにをするかわかったものじゃない。癇癪(かんしゃく)に任せて首都(メリーダ)を半壊させる可能性さえある。それどころか魔王とか名乗って大陸中で大暴れしかねない。縁太君への評価はこんな感じだ。

 申しわけないけど――申しわけなくはないか。それはさておき、どうしよう。


「比良坂!?」

「……」

 妙案を求めて思考をフル回転させたいけど、前後からの視線に挟まれているせいか、どうにも落ち着かない。

 圧力(プレッシャー)圧力(プレッシャー)の間に挟まれるもんじゃないな――そんなことを心の中でぼやいた時、ある映画のワンシーンが思い浮かんだ。


 かちっ!


 頭の中でなにかのスイッチがオンになったのを感じる。

 僕は電球が点灯するシーンなんか思い浮かべつつ、上に向けた右手のひらノーマンさんに向けた。


「提案なんですけど、縁太君には大教会で礼儀やマナーを勉強してもらうってことでどうしょう?」

「……ふむ」

 返されたのは軽い頷きだったけど、心なしか、彼の目じりが下がったような気がする――細い目だから断言はできないにしても、激怒の表情でないのは確実だ。僕は畳みかけるように早口で続けた。


「あそこには大司祭様もいますし、もちろん縁太君が常識的な振る舞いを学ぶまでは右手を治しません。これでどうですか?」

「なるほど。まずはアラスタ様にお伺いを立てねばなりませんが、大司祭(テラ・ビンス)が全責任をもつというのであれば、悪くはない提案だと思います」

「ではそういうことでいいですか?」

 ノーマンさんの反応は悪くないどころか上々だ。交渉人(ネゴシエーター)系の映画を観ていてよかった。

 とりあえずはこれで収まる。僕は安堵のため息をついた。次の瞬間。


 ぼかっ!


「痛いっ!?」

「ふざけんな!」

 後ろ頭を結構な力で引っ叩かれてしまった。後頭部を擦りながら振り向けば、縁太君が顔面を猿のお尻みたいに真っ赤にして掴みかかってくる――杖装備スキルが即座に提案してきたのは、膝蹴りからの肘打ち。僕は泣く泣くそれを却下した。


「勝手なこと言ってんじゃねぇよ! とっとと傷を治せ!」

「でも縁太君にはこの世界で暮らしていく上で足りないものがいくつかあるよね!?」

「なんだよ、それ!」

 思慮や配慮、そして能力(チート)の危険性とその認識云々――いくつか(・・・・)じゃなくていくつも(・・・・)だった。それをトラブルなしで理解してもらえる表現を探していると、縁太君が僕の法衣をがくがくと揺さぶり始めた。


「いいから治せ! 早くしろ! 治すしか能がないくせに生意気だぞ!」

「……」

 僕の能力(チート)がヒールで本当に良かった。いらいらで相手をどうにかできる能力だったら、今頃は墓石のパンフレットを片手にクッキーでも食べてるはずだ。笑える(・・・)冗談はさておき、僕は縁太の手を捻り上げるように引き剥がした。


なに(・・)すんだよ!」

 縁太君は完全に拗ねたような表情になってしまった。でも。


(事態を丸くおさめるにはここが正念場だ)

 こう(・・)するんだよ――なんて戦杖を振り下ろしても解決しないから我慢だ。きっと気持ちいいだろうけど、我慢しよう。僕は深く息を吸ってから、ゆっくりとはき出した。熱くなってる相手には冷静な言葉が有効だって聞いたことがあるからそうしよう。


「実は矢木咬先生もこっちにいるんだ。あの人に付き添ってもらえるようにお願いするから――」

ひおちゃん(・・・・・)だぁ!? 人殺しの妹に習うことなんかねぇよ!」

「――!」

 彼が言った言葉。理性ではそれを認識さえできなかったけど、思考ではしっかりと理解できていた。

 あの人を火力全開で侮辱したってことを――! その瞬間、僕のスイッチがオフになった。理性。抑制。我慢。そう呼ばれるものを統括してる、とても大きなスイッチだ。

 そして深呼吸という名の安全装置(セイフティー)がオンになる前に体が動いていた。


 ぱかんっ!


「ごげっ!?」

「いい加減にしないと怒るよ」

 僕は縁太君の頭に――割と全力で――戦杖を振り下ろしたままの体勢でそう呟いた。戦杖を頭に振り下ろされたままの体勢で縁太君も動かない。けど、すぐに冷たい地面へ倒れ込んだ。


「……」 

 それを無言で見下ろすこと10秒。安全装置がやっとオンになったらしい。

 僕は大きく、とても大きく息を吸って――ゆっっっくりと、はき出した。それからノーマンさんの方に全身で振り向く――血圧が上がったせいか、髪は少し汗ばんでいる。それをさっ、とかき上げてから満面の笑みを浮かべた。


 きらきらきらっ!


 僕の周囲に舞う、眩いなにか。心を満たす爽快感。坑道の冷えた風が全身に心地良さを与えてくれる――歓喜の言葉が自然と口をついて出た。


「あー、気持ちよかった♡」

「……なかなかよい性格をしておいですな」

 ノーマンさんは感心したようにそう言ってくれた。それはさておき、僕はご機嫌に戦杖をひゅんひゅんとさせた後、親指だけを立てた右手をノーマンさんに向けた。


「縁太君とは円満に話がまとまりましたので、後のことは僕がさっき言った通りにしてもらえると嬉しいんですけど」

「円満――でしたか?」

「え?」

 疑問を呈されてしまった理由がわからず、僕は肩ごしに縁太君を見やった。

 彼は冷えた地面を枕にして気持ちよさそうにお昼寝をしている。耳を近づければ、穏やかな寝息すら聞こえるだろう。全身をわずかに痙攣させているのは――麻痺魔法をかけられた夢でも見ているに違いない。クロロホルムを嗅がされた夢かも知れないけど。なににせよ、断言できることがひとつ。僕はノーマンさんに視線を戻した。


「縁太君も文句を言ってこないじゃないですか」

「……ふむ。実によい性格をしておいでですな」

「ありがとうございます。性格を褒められたのは初めてですよ」

「そう――ですか」

 ノーマンさんはどこか困ったような表情でそう言った。

 そりゃそうだろう――みたいな空気を感じるのは気のせいかな。小首なんか傾げた時、ノーマンさんがにやりと笑った。冷静沈着な雰囲気が崩れ去り、代わりに放たれたのは好戦的な雰囲気――殺気。さらに。


 ごおおおっ!


「……話し合いがまとまった記念のバーベキューですか?」

「いいえ。縁太殿はシェラルにとって災害のような存在だと確信しましたので、彼には消えて頂くことにしようかと。灰になってさっぱりと――確かにバーベキューですね」

「なにさらっと完全犯罪やらかそうとしてるんですか」

「ははははは。ここは封鎖特区ですので、犯罪などというものは存在しません」

「……法の抜け穴は大人の倫理が埋めてくれるはずなんですけどね」 

 ノーマンさんの倫理はシェラル家にとって害あるものを排除することなんだろう――縁太君を本気で灰にする気だ。気性の荒い子供が超巨大戦闘メカをラジコン操作してるようなものだから、当然と言えば当然の反応かも知れない。

 それはさておき、紅蓮の炎をまとったサーベル。その鋭すぎる切っ先が僕に向けられた。

不定期更新ですが、なるべく早めにと思っています。

よろしくお願いします。

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