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58話「よ――喜んでいただけてなによりです。僕も嬉しいです」

癒希×フレア回の1話目です。

よろしくお願いします。

「あそこです!」

「はい!」

 奥の坑道を駆けてすぐのところで、ブリジットさんは地面にうずくまっていた。全身は黒蛾で覆い尽くされている――彼女の体が具体的にどうなっているかは、ちょっと想像したくない。そんな必要もないけど。


 かっ!


「起きてください! 縦ロールを引っ張りますよ!?」

 治癒の輝き(ヒール)をかけた瞬間、ブリジットさんの身体は奇跡の光に包み込まれて完治した。

 例によって怪我の状態が頭に流れ込んでくる――そんなものがどうでもよくなることが僕の目の前で起こった。


『ぎきいいいいいいいいいい!?』

「黒蛾が……!?」

 ヒールの輝きを照射した瞬間、ブリジットさんを覆い尽くしていた黒蛾の群れが砂のように崩れて消えた。

 そして僕が驚いている間にオリアナさん結界が展開してくれた――けど、黒蛾の大群はさっきと同じように結界を削り始め、けたたましい音が鼓膜を震わせる。それに混じって何かが聞こえた。


『クルシイィ……!』

『シネェエエ……!』

「これってまさか!?」

 苦痛と恨みが混じった呻き。怨嗟の声ってやつだろう。僕調べだけど、こういうのを発するのは、不死の怪物アンデッド・モンスターだと相場が決まってる。もしそうだとしたら、彼らの殲滅は回復術士(ぼく)18番(おはこ)だ。この状況は経験値のボーナスステージと言い換えることさえできる。


「不死の怪物は大好物です! ちょっと殲滅してきます!」

「癒希様!?」

 僕が結界から飛び出すと、オリアナさんは目を見開いて絶句した。目を覚ましたブリジットさんも――地面から――驚いたような表情で見上げてくる。彼女たちの驚愕の表情を背に、僕は広間まで駆けた。適当なところで黒蛾の大群に向き直り、それから黒蛾の大群に真正面から突っ込む――もちろん自棄を起こしたわけじゃない。不死系のユニット(・・・・)は癒しの魔法に弱い!


治癒の輝き(ヒール)!」

『ギ――!?』

 右手を黒蛾の大群に突き入れてヒールを放つと、発破されたみたいに黒蛾の大群が砕け散った。球体を維持しようと後続が集まって来たけど、熱湯を注がれたかき氷みたいに解け消えていく。

 不死の怪物が癒しに弱いってどういう理屈なんだろう――気にはなるけど、まあいいや。矢木咬先生の図書館にゲームの考察本があったら読んでみよう。それはさておき、オリアナさんは本気で驚いているらしく、彼女の呆然とした呟きが聞こえてくる。


「彼らが不死の魔物だとして……癒しの光で滅びていく……なぜ……!?」

「あらあらまあまあ!? 今度、癒希君の詳細(・・)を乙女の詩集にしたためさせてくださいぃ!」

 ブリジットさんの不穏当な言葉は聞こえなかったことにしよう。

 僕はヒールの輝きを維持したまま、2人に顔だけを向けた。お姉さんたちの期待に満ちた眼差しが向け返される――もうちょっとがんばっちゃおうかな。


 かかっ! 


「僕の世界じゃ定番ですから!」

『ギキキキキイイイイイイイイイッ!?』

 ヒールの出力を増すと、黒蛾が滅びる速度が大きく増した。でも群れはまだまだ残ってるみたいだ。結構な数を滅ぼしたはずなのに――


(まさか増殖を始めた?)

 僕がプレイしてきたゲームに殖える不死の怪物がいなかったからって、黒蛾もそうだとは限らない――いや、絶対にそうだ。こいつらは群れを維持するために、とんでもない早さで増殖してるに違いない。


「ちょっと予想外かも……!」

「癒希様、結界に戻ってください!」

「そうしたいところですけど!」

 黒蛾は攻撃方法を変えてオリアナさんの結界を破ることに成功した。

 つまり彼らは時間が経つごとに知恵を増しているってことになる。ここで退いたらヒールへの対応方法も習得されかねない。もしそうなったら完全に詰みだ。でも――


『シネエエエエエエエエエエエエエ……!』

「くっ!」

 増殖速度がさらに上がったのか、ついにヒールが圧され始めてしまった。MP(メンタル・パワー)も無限じゃないから早くなんとかしないと、ピラニアの群れに投げ込まれた牛肉みたいにされてしまう。


 がりっ!


「いててててて!?」

「癒希様!」

「癒希君!」

 そんなことを考えている間に、黒蛾の何匹かが僕の指を昼食代わりに齧り始めた。

 このままだと本気でやばい――なにがやばいって、オリアナさんとブリジットさんが戦闘態勢に入ってしまったことだ。僕を助けるために結界を解いたら、黒蛾の昼食がフルコースになってしまう――それは絶対に嫌だ! だったら――


 テレッテッテレーテー!


 一か八かの大勝負(シャイニング・レイジ)。その覚悟を決めた時、僕の頭の中でファンファーレが鳴り響いた。

 それはホリマスで何度も聞いたことのある曲だった。確か凄い有名な作曲家が提供したもので――そんなことはどうでもいい。僕はこの後になにが起きるかを、そしてすべきことを知っているんだから!


『レベルが20になりました。回復術士のランクアップ先を選んでください!』

「生命術士を!」

 頭の中の声に叫び返すと、僕の方に飛び出しかけていたオリアナさんとブリジットさんが踏みとどまってくれた。彼女たちの気配が困惑に揺れるのを感じる――でも言葉で説明するより見てもらった方が早いはずだ。せっかくだから、かっこいいところを見てもらおう。

 僕は両目を見開き、標的を照準に捉えた。大群の中に両手を思い切り突き込み、そこにMPを集中させて叫ぶ。なるべくかっこいい声で。


「あまねく癒やしは矢よりも速く! 救いの風(ハイ・ウインド)!」

『ギョギ――!?』

 光の突風が黒蛾の大群の内側から吹き出し、それは旋風となって彼らをまるごと包み込み、一瞬後、眩く弾ける――


 ごっ!


 輝く風が(くう)に解け消えた時、黒蛾は1匹も残っていなかった。そしてオリナアさんが僕のところに駆けつけた時には、砂さえも見当たらない――ぎりぎりの勝利。僕は額の冷や汗を法衣の袖で拭ってから、黒蛾の大群が滅び去ったあたりを見据えた。


「あなたたちに救いがありますように」

 これはホーリーマスターに登場する、とある回復術士の決め台詞だ。それはさておき、安堵のため息をつきながら神官戦士のお姉さんに振り向くと、めちゃくちゃに驚いてる。僕の肩を掴んで訊いてきた。


「今のは!? あの光の風はなんだったのですか!?」

「えっと、あれは――」

 ホリマスではレベル20に到達すると1回目のランクアップがあって、僕が選んだのは回復術の専門家である生命術士だ。

 これは固有スキルとして範囲回復魔法を習得できるから、それを使って黒蛾の大群全体――癒しの輝き(ヒール)は超強力だけど範囲が狭い――に回復魔法をかけてまとめて殲滅したってこと。ちなみに他のランクアップ先は、近接スキルが豊富な守護戦士、精霊系の攻撃魔法を習得できる異端神官がある。

 ちょっと早口で説明しちゃったけど、オリアナさんは納得してくれたかな――そんな心配しつつ彼女を見やった瞬間、思いっきり抱きしめられてしまった。すっげー(・・・・)感極まった声で言ってくる。


「癒希様はさらなる奇蹟を手に入れられたということですね!? 微力ながらお役に立てたことを誇りに思います!」

「よ――喜んでいただけてなによりです。僕も嬉しいです」

 神官戦士のお姉さんからは相変わらず、お花畑みたいないい匂いがする。

 その上、頬と頬が密着するのってなんかとってもいい感じです。このまま30分くらいお願いしたい――けど、僕とオリナアさんは異様な気配を感じて同時に体を離した。やっぱり同時に彼女(・・)の方を向いた。大貴族シェラルの跡取り娘。ブリジットさん――


「あらあらまあまあ♡ 癒希君はやはり素晴らしい才能をおもちのようですねぇ♡ フフフ♡」

『……』

 彼女の微笑みは、今まで見てきたどんな悪役令嬢よりも恐ろしかった。

不定期更新ですが、なるべく早めにと考えています。

よろしくお願いします。

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