06話「前回も前々回も前々々回も同じことを仰ってましたが?」
癒希の立ち位置が決まる話の2回目です。
よろしくお願いいたします。
「では早速じゃが、お主の奇蹟を見せてもらえんかのぉ?」
まずはおじいちゃんの腰を癒やしましょうか――そんな提案をしようとした時、柱の陰から進み出てきたのは車椅子だ。
乗っているのは全身に包帯を巻いた女性。真っ白な包帯の隙間から、少しだけ覗く瞳で若いってことだけがわかる。大礼拝堂の雰囲気よりも重い音を車いすから響かせつつ、僕の前までゆっくりとやってきた。
歪んだ右足と大きくへこんだ腹部、その他諸々、近くで見るとかなりの重傷者だっていうのがひと目で分かる。
どこでこんな怪我を――反射的にオリアナさんを見やると辛そうな表情が返ってきた。続く言葉もやっぱり辛そうだった。
「神官戦士のヴァレッサです。あの馬車に乗っていました」
「え!?」
あの馬車っていうのは、グルツに横転させられた装甲馬車のことだろう。生き残った人がいると聞いて安心してたけど――上下水道完備に感動してる場合じゃなかった。
「すぐ治しますから……」
僕がヒールをかけようと手を翳すとその手をヴァレッサさんが強く握ってきた。
古傷だらけの右手に思わず視線を集中させてしまう。それからヴァレッサさんの顔を見つめた。包帯でよく分からないけど、オリアナさんと同じくらいの年齢に見える。そして顔にも古傷がある――どれだけの戦いを経験してきたんだろう。
「教会の回復術士にはもう戦えないと言われましたが……私はまだ倒れるわけにはいきません。どうか力をお貸しください」
「うっ!?」
罪悪感が僕の心に助走からのドロップキックを喰らわせてきた。
あなたが最後の希望的な顔で縋ってる人間は、女の子たちを残して自分だけ逃げようとした最低男なんです。ごめんなさい。
これ以上のダメージを防がないと僕の心はフォール負けじゃ済まなくなる。ヴァレッサさんには一秒でも早く健康になってもらおう。
僕は頬なんか引きつらせながらヒールを使おうした――けど、その前にヴァレッサさんが倒れ込むように車椅子から降りた。古傷だらけの両手を組んで僕に向け、おまけに目を瞑った。これはまさか――
「奇蹟を……!」
「ぐっ!?」
僕の心にバイプ椅子が勢いよく振り下ろされた。
祝詞でも唱えられたら、僕の心は場外乱闘からの病院送りになるだろう。一刻の猶予もないけど、ゲス女神への抗議だけは忘れるわけにいかない。
(こういう人を救ってあげなよ!?)
罪悪感からか何なのか、ヒールは激しい閃光になって弾けた。
その光に照らされて巨大な女神像が一瞬だけ輝き――それが収まった時、ヴァレッサさんは元気に立ち上がった。
『……!』
でも壁際の2人に悔しそうな顔で思いっきり睨みつけられてしまった。
ちゃんと治癒できたのに理不尽だ――と思ったけど、もしかしたらあの2人もヴァレッサさんを癒そうとしたのかも知れない。それで上手くいかなかった、または上手くいってあの状態だったとか。
自分たちができなかったことを子供が簡単にやってのけたんなら、あのイライラっぷりも妥当だと思う。
僕だって8歳児が因数分解を簡単に解いたらシャーペンをへし折るよ。だから――
『こんなの簡単じゃないか。どうして治してあげないんですか?』
今この場で言うべきはこれじゃない。
「これが女神から授かった力です」
僕が立ち上がりながらそう言うと、壁際の2人は鼻を鳴らした――けど、睨みつけるのはやめてくれた。
あくまで貰いものの力であって僕自身の努力や才能によるものではありません。そんなニュアンスが伝わったんだろう。
いやまあ、実際に貰いものの能力なんだから、偉そうにするのはどうなのって話だけど。
それはそうと、ヴァレッサさんは古傷までなくなった両手を見つめてわなわなと震えてる。あの古傷ってタトゥー的なものだった?
治しちゃ不味かったのかな――首を傾げてたらヴァレッサさんが思いっきり万歳のポーズをとった。
「治ってる! ゼムゼとミネッタが治せなかった傷を0.1秒で完璧に!? すっげー!」
すっげー喜んでくれてこっちも嬉しいんだけど、なんか性格が変わったような――ていうか、ゼムゼとミネッタって誰のことだろう。
(壁際に立っていらっしゃる2人の司祭です)
(あー……)
僕の心の声が聞こえたのかのようなタイミングでオリアナさんが教えてくれた。当人たちの前でそんなに叫ばれると――
ぎろりっ!
(ほら、やっぱり!)
視線に当たり判定があったらとっくに殺されてるだろうって鋭さで睨まれちゃったよ。
ヴァレッサさんって空気読めない系っていうか、直情系お姉さんなのかな――とりあえずご退席願わないと、視線による刺殺だけじゃなくて暗殺の危険まで出てきそうだ。
「感謝の祈りを女神に捧げてください」
ご自分の部屋でよろしく――とかなんとか言おうとしたその時、直情的なお姉さんが大型犬みたいな熱烈さで抱き着いてきた。
むにゅっ!
(包帯の下は裸だ!?)
法衣越しに伝わってきた感触だけでそうだと断言できる。
このお姉さんのバストはそれくらい大きい――けど、あんまりこれが続くと真っすぐ立っていられなくなりそうだ。
「抱擁はご自分の部屋の女神像に――」
僕は慌てて叫ぼうとした。
でもそれよりも先に、隣に立つお姉さんが刃みたいに鋭い声を僕の耳に突き刺した。
「女神の御前だということをお忘れなく」
「――!」
情けないけど、僕は悲鳴を上げかけた。
それだけオリアナさんの声は鋭く尖っていて、冷たかった――けど、白銀お姉さんの視線は僕じゃなくてヴァレッサさんに向けられてるみたいだ。よかった。正直に言うと、空から落とされた時よりも怖かった。
それはそれとして、ヴァレッサさんは舌打ちなんかしてから立ち上がるとオリアナさんを睨みつけた。
「てめえの澄まし顔こそ、女神が見たらイヤな顔するだろうぜ?」
確かに。あの性格だと自分より綺麗な女性を見たらイヤな顔をすると思う。
まさかヴァレッサさんは会ったことあるのかな――いや、ないだろうな。あの性格だと自分よりおっぱいが大きい女性を見たら没収しそうだ。
本人たちには絶対に聞かせられないことを考えていたら、ヴァレッサさんが中指だけを立てた左手をオリアナさんに向けた。なんてことするんだって思ったけど、そのジェスチャーってこっちも同じなんだ。
「次こそはてめえよりも活躍して見せる!」
「前回も前々回も前々々回も同じことを仰っていましたが?」
「うるせえ! てめえに勝つまで倒れるわけにはいかねえ! 覚えてろ!」
ヴァレッサさんは騒ぐだけ騒いだ後、僕に煽情的な――つまりはエロい――ウインクを見舞ってきた。
「癒希様、ありがとう! マジ感謝! そのうちお礼するからね!」
「そ、そうですか。お元気で……」
「じゃーねー!」
僕の頬っぺたはそのウインクだけで真っ赤になった。
そしてヴァレッサさんは大司教に一礼するや否や、車いすを片手で担ぎ上げ、出てきた時の10倍くらいの速さで礼拝堂から走り去った。
僕が恐る恐るオリアナさんを横目で見やると――嬉しそうに微笑んでいた。
(ライバル的な関係なのかな? でもそれよりもっと親しいっていうか、距離が近い感じだったけど……)
女性同士でのあれやこれやな関係を一瞬だけ想像しないでもなかったけど、友達っていうのが一番しっくりくる気がする――それはともかく、奇蹟は起こしたんだから話を進めないと。
僕はおじいちゃんの方を向いた。けどそこにいたのは大司祭様だった。
更新は不定期です。
よろしくお願いいたします。