56話「そんなこと言われても……」
癒希の休憩回です。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
よろしくお願いします。
「くたばれよ! てめえ! この!」
「……」
縁太君は僕とブリジットさんの手を振り払って、再び指を鳴らし始めた。
無意味なことに時間を割く彼を見たブリジットさんはなんか疲れた様子だ。僕もなんか疲れてきた。縁太君の給与査定をする権利があったとしても、別の人にお願いするだろう。
(ていうか、縁太君は実戦経験がほとんどないんじゃないかな……?)
灰鱗の竜の討伐は彼がやったにせよ、危機とか窮地を乗り越えた経験がないから能力の性質を理解できていない。大群をひとつの敵と認識してくれれば、まとめて焼き払えるかも知れないのに、経験不足だからそういった機転を利かせることができないんだろう。
そして残念だけど、黒蛾の大群は体勢を立て直しつつあるから、それを懇切丁寧に説明してる暇もない。さっさとここを離れよう。
距離さえ取れれば、縁太君の能力で坑道を崩落させて閉じ込めることができるかも――そんなこと考えていたら、広間のランプが一斉に砕け散った。さらに僕たちが通って来た坑道の方から、ランプが割れる音が次々と聞こえてくる。
ぱりんっ! ぱりぱりんっ! ばりんっ!
「怖いっ!?」
ホラーゲームではよく見るシーンだけど、実際に体験するとホラーゲームの主人公って本当に大変だ。ゲーム世界に転生する機会があったらギャルゲーかパズルゲーにしよう。それはさておき、役目を終えた群れが本隊と合流したらしく、耳障りな爆音が迫ってくる――周囲は完全に真っ暗だ。なにかのゲームみたいに、敵の方向と距離を音で教えてくれる機械も持っていない。
「なにも見えねぇぞ!? なんとかしろよ、比良坂!」
「そんなこと言われても……」
ヒールの輝きは一瞬で消えてしまうから動き回る相手には無意味だし、あの眩しさは目が闇に慣れるのを妨げてしまうだろう。継続的な灯りを放つものがないと――
かっ!
その時、唐突な輝きが僕たちを照らした。
目を細めて光源の方に顔を向けると、オリアナさんの鞭が輝きを放っている。眩しいだけじゃなくて、どこか優しい温もりを感じる。
「みなさん、円の中に集まってください」
「あらあら♡」
オリアナさんが自身を含めた4人を輝く鞭で囲むと、その輝きは縦に広がって円柱状の光――結界を形成した。直後、無数の牙が結界に喰らい付く。
がぎぎぎぎぎぎりぃ!
とっても耳障りな音がするけど、オリアナさんの結界はダイヤモンドの牙を相手にまったく揺らぐ様子がない。防御の術も使えるなんてさすがだ。でも。
んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎりぃいいいい……!
精神的なダメージは割とある。今夜の安眠のためにも、心と鼓膜がこの軋む様な音を記憶してしまう前に打開策を考えたい。
(ブリジットさんなら、あの縦ロールの中に役立つものを仕込んでるかも知れない)
ダンジョンから脱出できるアイテムとか、火炎放射器とか――ブリジットさんに訊こうとしたその時、彼女はケープを外して僕に差し出して来た。よく見ると、金糸で刺繍された部分が燐光を放っている。視線で問いかけると、ブリジットさんは相変わらずのおっとりした口調で説明してくれた。
「これは御一人様専用の無敵バリアですぅ♪」
「……」
つまり助かるのは1人だけ。それをほんわかとした笑顔で告げてきた彼女。ケープよりもこの人の性格がよく分かった。それはさておき、僕はケープをブリジットさんに返した。
回復術士として1人前になった今、よっしゃと自分だけ逃げる気にはなれない。そもそもオリアナさんのおかげで逃げるほどの状況にはなってないし、考える時間だってある。だから。
「4人いればどうにかなりますよ」
「あらあら♡」
ブリジットさんの瞳を見つめながらそう言うと、魅了の魔力でもかかっているのかってレベルの微笑みが返された――瞬間。
「なら俺様が使う!」
「うっっっそでしょ!?」
縁太君がケープをふんだくって結界から飛び出した。ケープを頭から被ると、元来た坑道に向かって一目散に――ケープの燐光で周りが見えるんだろう――駆けていく。その最中、こっちを振り返らずに叫んできた。
「こんなところにいられっかよ! 俺様は1人で逃げてやる!」
『……』
その台詞は退場必至の負けフラグ――ちなみに本日3回目。元いた世界ではフラグ建築に定評のある性格じゃなかったはずなのに。ちなみにホラー映画だと死亡フラグだ。と。
冷たい気配を感じてブリジットさんを見やると、ケープを受け取ったままの体勢で眉をハの字に開いて呆れてる。オリアナさんは――表情に特段の変化はないけど、視線の温度で心情を語ってた。あえて言葉にするなら――
『見習いとはいえ、無様な騎士がいたものですね』
こんな感じだろう。もっとすっげー言葉かも知れないけど、答え合わせは精神衛生上、よろしくないからやめておくことにした。僕は猫じゃないから好奇心を抑えられる。
それはさておき、黒蛾の群れが結界から出た縁太君を追う――でもケープの輝きに弾かれて、すぐに僕たちの方へ戻って来た。別に残念だなんて思ってない。
縁太が救助を呼んでくれれば問題は解決なんだから、彼がホラー映画の冒頭で無駄にいちゃつくカップルみたいな末路を辿らなくて本当に良かったと思ってる。坑道を爆破して黒蛾の大群を閉じ込める作戦が台無しになったことなんて、帳消しどころかお釣りがくるよ――ふと気になって、僕はお姉さんたちに訊いてみた。
「縁太君が無事で残念だって思ってますか?」
「…………いえ、彼の無事を女神に祈るばかりです。ついでにシェラル家の行く末についても女神に祈っておきました」
「…………彼もシェラルの一員ですからぁ、地べたを這ってでも逃げ延びて頂きたいと心の底から思ってますぅ。あと、お祈りだけで食べていける教会の犬ちゃんに心配されるなんて不名誉ですぅ。乙女の日記帳にしたためて差し上げましょうかぁ?」
「……」
2人とも建前から本音がはみ出してる上に、いらいらゲージも満タン気味だ。
結界の中でどつき合いが始まる前に、この話題は終わりにしよう――そんなことを考えている間に縁太君の足音はどんどんと遠ざかっていき、そして聞こえなくなった。彼が走り去った方に半眼を向け、オリアナさんとブリジットさんが深く嘆息する。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
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