54話「殺傷力って意味ではなかったと思いますけど!?」
癒希の休憩回です。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
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大貴族がもつ特権の中には封鎖特区っていうものがあるらしい。
これは特定の区域――その大貴族にとって縁の土地や施設――を関係者以外立ち入り禁止にするもので、指定が承認されると警備隊どころか王族すら手出しできなくなってしまう。まさに特別な区域だ。
法も王権も及ばない密室――良くない気配を感じるのは僕だけかな?
そして僕たちがいるのはシェラル家の封鎖特区・マハコウ鉱山だ。
メリーダから少し離れた場所にあるこの鉱山は、かつてティアラ神国の防衛を支える重要な施設だったけど、今は廃鉱になっている。山自体はそこまで大きくない。周囲は整備された森で、小さいながら湖もある。どこか懐かしい景色に心が休まる――はずがない。
(だってめちゃくちゃに胡散臭い)
僕は坑道入口に冠されたシェラル家の紋章を半眼で見上げつつ、心のなかでは冷や汗を浮かべていた。
封鎖特区はあらゆる権力が及ばないから無法地帯とも言い換えられる――だから野盗とかの潜伏地になっていても不思議はないはずなのに、僕たちはたった5人でそこにいる。オリアナさんが素材の販売会に誘ってくれなかったら、縁太君たちは3人しかいなかったことになる。
大貴族の跡取りであるブリジットさんと超貴重なチート能力者が、そんな手薄な護衛体制で討伐に臨むなんて絶対に変だ。ノーマンさんが10人くらいに分身できるなら別だけど、この人は忍者に見えない。
(……ござる口調でもないし)
そんなことを考えながらノーマンさんの方をちらりと見やると、穏やかな笑みとばっちり目が合ってしまった。僕の動揺みたいなものを察知していたのかも知れない。それはさておき、ノーマンさんがぺこりと頭を下げた。その対象は縁太君だ。
「ではここで待機させて頂きますので、後はお願いいたします」
「おう、任せろよ!」
「……」
自信満々に言い切った縁太君――やっぱりどう考えても変だ。
ブリジットさんも指摘しなかったから、ノーマンさんがここで待機するのはあらかじめ決まっていたことなんだろう。
つまり縁太君とブリジットさんだけでヤベーモンスターを討伐する予定だったことになる。
(子供が2人だけって……縁太君に功績をあげさせるためにしても変だ)
有事に備えて救助部隊みたいな人たちを同行させるのが普通だろう。
この編成に討伐以外の意味でもあるのかな――僕はブリジットさんを見つめたけど、ほんわかとした表情からは何も読み取れなかった。バーコードでも貼ってあればいいのに。
それはさておき、縁太君は意気揚々と坑道に向かって歩き始め、ブリジットさんも続く――
(ちょっと変です。気をつけましょう)
(ええ。なにかあった時はすぐに脱出なさってください)
小声で言葉を交わした後、僕とオリアナさんは灯りひとつない坑道に足を踏み入れた。
・
・
「これをかちっとしますとぉ」
「へえ……」
真っ暗な中、ブリジットさんが壁に手を触れると入口付近のランプが点灯した。その奥のランプも点灯し、次はさらに奥のランプ。それが次々と繰り返されていく。
そして黄色みがかった光に照らし出されたのはもちろん坑道だった。山の大きさに比べてかなり広いから、採掘を急いでいたのが容易に想像できる。武器や鎧の供給が逼迫していたんだろう。
ルイ大帝国がやんちゃハリケーンだった時代に開発されたのかも知れない――戦乱の時代はさておき、僕は辺りを見回した。
(屋内に風は吹いてない。それにしては……)
空気がまったく淀んでない。気の利く誰かが扇風機か団扇で換気してくれたのか、または僕たちが来る直前にお客さんがいたのか――
「癒希君? あまり緊張なさらないでくださいねぇ」
「え? あ、いや……はい……」
脇道の暗がりに目を凝らしていると、ブリジットさんが思い切り顔を覗き込んできた。
この女性は3つくらい年上だろうから、僕から見るとまさにお姉さんって感じだ。そんな人から君づけで呼ばれると、どきっとしてしまう――その時、僕の背中に冷たいものが走った。頬を引きつらせながら肩ごしに見やれば、5歳上のお姉さんが目を尖らせている。
「大切な婚約者から離れないことをお勧めします」
「あらあら?」
彼女の声は業務用冷凍庫に一晩しまっておいた包丁みたいだった。凍土よりも低温。そして冷気をまとった刃物はぞっとするような迫力がある。僕は慌ててブリジットさんから離れようとした――けど、ブリジットさんに右腕を抱きかかえられてしまった。3歳上のお姉さんは眉を少しだけひそめてる。
「まだ婚約者にはなっていませんよぉ。縁太君がここに来た理由をお忘れですかぁ?」
「貴女が来た理由も癒希様に触れるためではないはずです。離れてください」
「嫌ですぅ♪」
「え!?」
オリアナさんの結構な迫力にも負けず、ブリジットさんはくすくすと笑いながら僕の背後に回ると、それから両手を首に回してもたれかかってきた。さらに――
しゃらりっ!
(刃物を抜いた音!?)
慌てて胸元を見下ろせば、僕の視界にはブリジットさんの両手がある。
じゃあ、どうやって刃物を抜いたんだろう? そもそも刃物なんてどこに――オリアナさんの視線は僕の顔から少し横に向けられていた。そっちに視線を向けると細い刃が灯りを反射して妖しく輝いている。
「ていうか髪の毛で!?」
「うふふ♡ 奇蹟ほどではありませんけど、難しい術なんですよぉ。驚いてくれましたかぁ?」
「ま、まあ……開いた口が塞がらない程度には……」
ブリジットさんの肩くらいまである巻いた髪――いわゆる縦ロール。その先端が短剣の柄を握ってる。しかも左右の計2本。縦ロールの中に鞘ごと隠してあったんだろう――髪の毛を操る術ってなんとなくエロスを感じる。それはさておき、ブリジットさんは僕の胸を弄りながら微笑んだ。
「女性の髪は武器なんですぅ♡」
「殺傷力って意味ではなかったと思いますけど!?」
割と真剣に指摘した瞬間、ブリジットさんは両手を僕の法衣に食い込ませた。
細い指なのに握力はかなり強い――盾代わりの僕を逃がさないつもりなんだろう。ブリジットさんが戦闘態勢に入ったってことだけど、オリアナさんとの距離を考えると左右の短剣は届かない――
(他にも攻撃手段がある……)
縦ロールに刃物が隠してあったことだし、ブリジットさんは相手の意表を突くタイプに思える。
爪先から刃でも射出されたら、オリアナさんほどの達人でも不味いことになるかも知れない。ましてやブリジットさんは大貴族の跡取りだ。
(オリアナさんも攻撃を躊躇うかも知れない)
ブリジットさんならその隙を嬉々として突くだろう。つまり流血沙汰に発展しかねない。
僕を取り合って――なのかは不明だけど、とにかくそんなのはごめんだ。
(2人を落ち着かせよう……!)
そのための言葉を大急ぎで組み立て始めた時、目に映ったのはオリアナさんの冷笑。
「お嬢さん、びっくり芸で私を倒せるとでも?」
「……あらあら。癒希君を傷つけずに戦えますかぁ?」
その笑みは躊躇うかもとか考えてた自分が恥ずかしくなるくらい冷酷で、その上、自信に溢れていた。
この神官戦士のお姉さんなら的確に貴女のおでこと頬と鼻を引っ叩くことができます。武器をしまうか笑ってごまかしたがいいですよ――それをブリジットさんが平和的かつ穏便に納得してくれるような言葉を考えている間に短剣は切っ先を標的へと向け、それに応じるようかのようにオリアナさんも鞭を構えた。このままだと戦闘が始まってしまう。
2人が放ってる殺気に鑑みると冗談ですぅとオチをつける気はなさそうだし、こうなったらヒール覚悟で間に割って入るしかない――その寸前、坑道の奥から救いの怒声が響いてきた。
「比良坂! さっさと来いよ!」
「縁太君が待ってますから行きましょう!? ほら、早く! ね!?」
『……』
僕は陽気な声で決闘の雰囲気を粉砕すると、強引に体を捻ってブリジットさんの肩に手を置いた。オリアナさんには全力で微笑む。
「僕のことを本当に心配してくれてるんですね♡」
「え、ええ! もちろんです……」
似合わないハートマークの効果なのか、オリアナさんはちょっと恥ずかしそうな顔で僕から目を逸らし、それから両手をもじもじとさせた。
年上女性のこういう仕草って、なんかぐっとくる――それはさておき、お姉さんたちの闘志が再燃する前に縁太君と合流しよう。
かしんっ!
「あらあら♡ 癒希君は女性の扱いがお上手なんですねぇ」
「……ブリジットさんも刃物の扱いが上手ですね」
僕がエスコートするようにブリジットさんの手を引くと、彼女は髪を軽く振って短剣を縦ロールの中に収めた。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
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