53話「僕は比良坂癒希です。縁太君がお世話になってます」
癒希の休憩回です。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
よろしくお願いします。
「僕は比良坂癒希です。縁太君がお世話になってます」
「あらあら♪」
ブリジットさんは微笑みながらスカートの裾を軽く摘まみ上げ、ノーマンさんは穏やかな微笑みのまま頭を下げた。次いで僕はオリアナさんに手のひらを上にした右手を向けた――瞬間。
「従者のオリアナです。癒希様の心身その他諸々を守護する役目を授かっております」
白金のお姉さんは護衛と紹介される前に滑らかな活舌でそう言い切ると、さらに僕の肩を抱いてきた。
その強さから彼女の断固とした意思が伝わってくる――
『私はあなたの従者です。どうかお間違いなく』
「……」
キスまでしたわけだから親密なニュアンスの従者と呼んで欲しいってことだろう。万歳しながら飛び跳ねたい、または飛び跳ねながら万歳したいくらい嬉しい――けど、なぜだか少し後ろめたい。
それはそれとして、ノーマンさんがほんの少しだけ鼻孔を鳴らしたみたいだ。
嘆息したのかな――疑問符を浮かべてると、彼は恭しく頭を下げてきた。
「祈るのに飽きた際は、ぜひシェラルの家をお訪ねください」
「――なんですって?」
その直後に火のついた爆弾発言。オリアナさんの気配が威嚇から抹殺に変わった。
(すっげー怖い!)
僕の身体から急激に体温が失われていく。まるで氷の彫像に抱きしめられてるみたいだ。
ほんわかふわふわな性格のブリジットさんすら冷や汗を浮かべてる――
「これは申し訳ございません……!」
「いえ、いいんですよ!? 気にしてませんから!」
ノーマンさんが謝罪の言葉を口にしたから、僕も間髪入れずにフォローに入った。オリアナさんは殺気をおさめてくれたけど、今のお怒りっぷりはゴンザロスに向けたものよりも明らかに上だ。奇蹟の子を引き抜こうとしたんだから理解はできるけど、本気で怖かった。護衛という言葉は金庫にしまって鍵をかけた上で心の海に沈めておこう。
縁太君は修羅場になりかけたことをいまいち理解していないらしく、軽い声で訊いてきた。
「で、お前はどんな能力をもらったんだよ?」
「え!?」
『――!』
僕だけでなく、ブリジットさんとノーマンさんまで頬を引きつらせて絶句した。
この流れで僕の能力に触れるなんて、白金お姉さんの逆鱗にハバネロを塗った五寸釘を打ち込むようなものなのに――
「えっと! あの、お披露目はまた次の機会ってことで……」
「そんなこと言うなよ! そんじゃ、俺様のを先に見せてやるからよ!」
「縁太様!?」
ノーマンさんが絶叫に近い声量で叫んだ。
この世界に2つとないであろう能力を他人の目もあるこの場で披露しようとすれば、血相を変えて当然かな。
縁太君は能力がどれくらい貴重で恐ろしいものなのかを理解していない――心の中で嘆息した時、僕に縁太君の右手が向けられた。いわゆる指ぱっちんに見える。
「――!?」
その瞬間、僕はとんでもない感覚に襲われて縁太君の指先から逃れた。大司祭様との訓練で味わった恐怖を何十倍にもした感覚。反射的に戦杖を振り下ろしてしまう――
ごぎっ!
「いってぇえええっ!? なにすんだよ!?」
「ご、ごめん! だって……」
縁太君は右手の甲を強打されて怒声を張り上げた。
クリティカル・ストライクじゃなかったけど、骨にひびくらい入っているかも知れない。
僕は急いでヒールをかけようとした――その時、オリアナさんに手を掴まれてしまった。能力を披露するべきじゃないって意味だろう。でも――
(ノーマンさんは既にヒールのことを知ってるはずだから、縁太君の能力を聞き出した方がいいはずだ)
それには彼の額から怒りのマークを取り除く必要がある。
僕はオリアナさんの手をやんわりと振り解いてからヒールを最小限の威力で発動させた。
ぽうっ!
怪我は一瞬で完治。それを見た縁太君は驚いた様子だったけど、すぐに対抗意識丸出しの表情で胸を張る――
「それがお前の能力か! だったらこっちも見せてやるよ!」
『……』
ブリジットさんとノーマンさんが微妙な顔をしたけど、縁太君は気付かずに続けるらしい。
そして右手を空に突き出して指を鳴らした――瞬間。
どがんっ!
「ええええええええええええええええ!?」
広場の上空で洒落にならない超爆発が起こった。
城とか要塞でも一発で破壊してしまいそうな規模の爆発を、空とはいえ町の中で発動させるなんて――加減とか適度って言葉は元の世界に置いてきたみたいだ。
『なんだ!? 女神がお怒りになったのか!?』
あのゲス女神がこれを見ていたなら、きっとげらげらと笑ってる。
それはともかく、片付けとかをしていた人たちは何が起きたのかと空を見上げて慌てふためいてる――ちょっとしたパニック状態だ。その原因である縁太君は両手を胸の前で組んでから言ってきた。
「これが俺様の無敵爆破だ! どうよ!?」
「やり過ぎだと思いますぅ!」
「縁太様、遊びには遊びの範疇というものがあります!」
「うるせえノーマンだな。いちいち説教すんなよ」
絶対にノーマンさんの言ってることが正しいけどね!?
それはさておき、灰鱗の竜を討伐したのは縁太君で間違いない。つまり超火力チートをお調子者がもっている。
とても厄介な状況だ――僕は心の中で嘆息しながら辺りを見回した。周りの人たちはまだざわついているけど、怪我人とかはいないみたいだ。
(でも次はどうなるか分からない……)
僕が眉をひそめた時、縁太君が鼻高々な顔を向けてきた。説明までしてくれるらしい。
「俺様の無敵爆破は――」
対象に右手を向けて指を鳴らすとどんなものでも破壊できる能力で、防御力とか大きさとか面倒なものはすべて無視。
縁太君らしい能力だけど、彼が習得していい能力かは本当に疑問と言わざるを得ない。
ゲス女神は嬉々として授けたんだろうけど――ていうか、さっきはそんな危ない指を僕に向けたってこと? しかも鳴らそうとしてたよね!?
(そういえば教室で爆竹とか鳴らして怒られてたし……)
縁太君は考えなしっていうか、調子に乗ると何をするか分からないから正直なところ怖い。僕の不安が3割増しになったことに気づくはずもなく、彼は息も荒く続ける。
「見てろよ! 俺様はこの能力で成り上がる!」
「……」
既にとことんまで調子に乗ってるみたいだ。
僕たちは凄い能力をもってるけど、所詮は子どもでしかない。いわゆるぽっと出の子供が大貴族の当主からお気に入り登録されたなんて、それだけでどれほどの嫉妬を買うか――想像しただけで背中がひんやりとする。僕なら絶対にごめんだ。少なくともバランスっていうか、根回しみたいなステップを踏むだろう。そんなことを考えている間にも縁太君はヒートアップしていく。
「で、次はもっとヤベーモンスターを狩ろうってわけだ!」
「はい!?」
そして自信満々に洒落にならないことを言い放った。
とんでも竜を討伐しただけでも周りの人たちは嫉妬ゲージを真っ赤にしてるだろうに、立て続けに大きな戦果をあげたら――
「あの! 少し状況を見てからにしたらどうかな? 急いては事を仕損じるって諺もあることだしさ!」
「俺様は無敵なんだから心配いらねえよ! そんでさっさと騎士になってもっと上を目指すんだ!」
「……」
我が道を行くなことを平然と宣った縁太君だけど、彼の隣でノーマンさんは眉をひそめてる――この人は騎士の称号は授かってないんだろう。
なんの苦労もなく能力を手に入れた子供がさっさと騎士になんて言うのを聞いたら、胸中穏やかではないはずだ。
(お調子者の本領を発揮し過ぎだ……)
このままだと彼は困った目に遭うだろう。そんなクラスメイトを放ってはおけない。
「これからそのモンスターを退治に行くんだ! お前も着いてこいよ!」
「え? いや、それは……」
「いいじゃねえか、こいよ! 俺様のカッコいいとこ拝めるなんて幸せだぞ!」
「……」
渡りに船な提案だけど、神官の僕が大司祭様の許可なしにモンスター討伐に同行するのはまずそうだ。
(でも一緒に行けば縁太君を説得する時間ができるかも知れない……)
怒られるかも知れないけど、行くべきだ。
僕はノーマンさんに同行の許可をもらおうと彼の方に振り向いた――その時、穏やかな笑みが突如として恐ろしいものに変わった。腹黒系ヒロインが本性を表した時の笑顔に似てる。理由を恐る恐る訊いてみた。
「えっと、怖い顔してどうしたんですか?」
「……いえ、考え事を少し。失礼いたしました」
そこまで縁太君に腹を立ててるんだろうか? だったら絶対に同行させてもらわないと――意を決して切り出そうとした時、ほんわかとした声が真横からかけられた。
「癒希君もご一緒してくださると嬉しいんですけどぉ?」
「は、はい! 喜んで!」
「じゃあ決まりだな! 夕飯前に片付けてやるよ!」
渡りの船に飛び乗ると、縁太君は僕の手を強く引いて歩き出したけど、オリアナさんに無断で決めてしまった。仕方なかったとはいえ、さすがに勝手すぎたかも知れない。
(怒ってないといいんだけど……)
どきどきしながら肩越しにオリアナさんを見やると、彼女は鋭い視線でノーマンさんを見据えている。なんか不穏な雰囲気だ。
「考え事の際には仮面を着けることをお勧めしますよ、ノーマン卿」
「なるほど……名案ですね」
大人同士のやり取りの後、オリアナさんはひとっ飛びで僕たちに追いつき、そしてノーマンさんは右手を顎に触れさせながらブリジットさんの後に続いた。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
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