52話 「そ――そう祈ってます」
癒希の休憩回です。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
よろしくお願いします。
灰鱗の竜は超硬質の鱗をもっている上に、とても狂暴な性格だ。
そんな超危険なモンスターがここメリーダから少し離れた山中に棲み着いてしまったけど、討伐にはとんでもない被害が予想されるからメリーダ守護騎士団も簡単には出撃できなかった――はずなんだけど、その超危険なモンスターはあっさりと討伐されたらしい。
闊歩する災害みたいな巨竜も、討伐されてしまえば高価な資源の塊でしかなく、今は中央広場――ナッシュと戦ったところだ――で売り物として陳列されている。なんとなく悲しい姿だけど、これも自然の流れってやつだろう。
そんなわけで、中央広場は鱗とかを買い付けに来た多くの業者でごった返してる。僕とオリアナさんもその一部だ。目的は僕の戦杖を強化するための素材探し。それはさておき。
「思ってたよりも大きい!?」
僕は率直な感想を張り上げてしまった。
目の前には全長100メートルくらいの竜の死骸が置かれている。幼児向けのジグソーパズル程度にばらばらだけど、迫力は損なわれていない。こんなモンスターに出くわしたら、選択肢は逃げるか泣くか諦めるだろう。それか煙玉。
冗談はさておき、そばにいた接客係の人がサンプルの鱗を触らせてくれた。
凄く重い――とんでもなく高密度なんだろう。硬度は鋼鉄の比じゃなさそうだ。この硬さに比べればゴンザロスの鎧なんて麩菓子に思える。オリアナさんも僕の隣ですごく驚いた様子だ――そのお姉さんが白金の瞳を向けてきた。
「灰鱗の竜をこれほどまでに破壊するなんて、とても信じられません……まるで……」
「……」
奇跡みたいですか? そう聞こうとした時、死骸すぐ後ろの演壇に上品な中年男性が立った。
周りの人たちが一斉に口を噤んでそっちを向いたから、高い地位にある人なんだろう――彼らに倣って男性を見つめると、オリアナさんが僕の耳に囁いた。
(あの方はアラスタ様。シェラル家の当主にしてカテリーナ様の兄上です)
(え!? ていうことは……)
ナッシュの伯父さんってことだ。似てるような、似てないような――サーベルを持ってないから襲い掛かってくる心配はない。とりあえずはそこが一番の相違点だ。
それはさておき、アラスタさんは得意げに演説を始めた。内容は“我が騎士団は無敵”とかなんとかそんな感じ。
ご機嫌にお話してるからまだまだ続けるつもりだろう。時給が欲しいって思う僕は取り締まり対象ですか?
(……小学校の校長先生を思い出すよ)
欠伸をかみ殺していると、アラスタさんが男の人――年齢的に少年だ――を演壇に上がらせた。
これでもかってくらいに金糸で装飾されたジャケットを着ていて茶髪。身長は僕よりも高い――そして顔には見覚えがある。
「縁太君!?」
『あん?』
僕が叫ぶと同時、壇上の少年は僕の方に振り向いた。正面から見ると間違いなく彼だ。
陽気なお調子者っていう意味での不良。先生をからかったりもするちょっと困ったちゃん。相翅縁太。
僕とは真逆の性格だから交流はあまりなかったけど、クラスメイトと再会できたのはすごく嬉しい――
(危険です!)
(え? あ――!)
その直後、オリアナさんが慌てて僕の口を手で塞いできた。予期していなかった再会で思わず叫んでしまったけど、確かに危険だ。
大貴族の演説を邪魔したから――そうじゃなくて、アラスタさんが縁太君について知っていることは、ほとんど僕にも当てはまるから能力持ちだとばれてしまう。
(すいません、戻りましょう!)
(はい!)
僕とオリアナさんは周囲の人々に頭を下げた後、中央広場の出口へ向かおうと演壇に背を向けた――その時、20代半ばくらいの男性がやんわりと立ちふさがった。金糸でそこそこ装飾されたジャケットを着ていて、後ろ腰には細身の剣を装備してる。目を細めた穏やかな笑みが僕に向けられた。
(僕たちのそばにいたようなタイミングだ……まさか……!)
瞬間移動の能力をもってるんじゃなければ、僕をマークしてた可能性が高い。
つまり以前から僕のことを知っている。
「私はノーマンです。以後、お見知りおきを。それと、こちらの世界にようこそ」
「――!」
男性は軽く頭を下げてからにこりと微笑んだ――けど、僕はその笑顔に底知れない恐怖を感じた。彼と友達になるべきじゃないと心のアドレス帳が叫んでくる。
(でも正体を知られている以上、強引に立ち去っても意味がない……かな?)
教会に逃げ込んでも根本的な解決にはならないだろう。
そういうわけで、僕とオリアナさんは灰鱗の竜の素材販売会が終わるまで近くのベンチで待つことにしたんだけど、その間、ノーマンさんは穏やかな笑みを浮かべたまま僕たちのそばに立っていた。この人の頭の上に急な用事でも降ってこないかと祈ったけど、ゲス女神は聞き入れてくれなかったみたいだ。
そんな無言の重々しい雰囲気で過ごすことしばし。子供がおやつを欲しがるくらいの時刻に販売会は終わった。
業者の人たちは素早く広場から出て行き、後片付けが始まる――その時、僕とオリアナさんの中間くらい。そんな年齢の女性が声をかけてきた。
『初めましてぇ』
「あ、はい……」
僕は立ち上がりながらその女性を見つめた。
金髪碧眼で、なんていうかすごくほんわかした雰囲気だ。縦に巻いた髪――いわゆる縦ロール――を人差し指でいじりながら、どうにも間延びした声で自己紹介をしてくれた。
「私はブリジット・シェラルですぅ。シェラル家の次期当主なので、どうぞ、よろしくしてくださいですぅ」
「……」
倍速ボタンを連打したいんですけど、この人のリモコンはどこですか? それともバッテリーが切れかけてますか?
僕も敏捷なタイプじゃないけど、ブリジットさんとの会話は深呼吸が必要になりそうだ。やり方は知ってるから問題ない――それで解決されはしないけど。
それさておき、僕が自己紹介で返すとブリジットさんは頬に片手を当てて微笑んだ。
「あらあら。その若さで神官の地位にいらっしゃるなんて、素晴らしい才能をおもちなんですねぇ」
「……」
「そ――そう祈ってます」
彼女が僕の能力に触れそうになった途端、オリアナさんの気配が警戒から威嚇に変わった。
ノーマンさんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままだけど、両手を後ろ腰に組んでる。いつでも剣を抜ける体勢だ。大人同士の火花と出血を伴った自己紹介にはならないだろうけど、空気は重い。
(それにしても僕の能力をどうやって知ったんだろう――やっぱりカテリーナさんかな?)
彼女には僕の能力を秘密にしてくれるよう頼んだけど、重病だった人がいきなり元気120%状態になって屋敷をプリンみたいに揺らせば、色々な人の関心を引いてしまうだろう。
そして本家の人間に問い質されれば、カテリーナさんのメイドや執事だって答えざるを得ないはずだ。僕も分かっていた上で治療したんだから仕方ないけど。
そんなことを考えている間に僕の本題――縁太君がやっと到着した。
少し前からこっちに向かって来るのが見えてはいたけど、彼はワッフルっぽいお菓子を齧りながらゆっくりと歩いていた。
彼のリモコンも探したんだけど、見つからない――声をかけるのもなんかアレだったから、根比べの気持ちで待つこと約3分。僕の勝ちだ。でも虚しい。無意味でもある。
それはそれとして、ノーマンさんが縁太君を紹介してくれるみたいだ。
「こちらの世界での説明をさせて頂きます。この方は――」
縁太君はシェラル家の騎士見習いで、しかも正式な騎士に昇格すればブリジットさんの婚約者になれるらしい。
つまりは大貴族の跡取りに近い地位が約束されてるってことだ。
能力あってのものだろうけど、急に出世して大丈夫なのかな? 貴族の世界って嫉妬とかで命を狙われるイメージだけど――僕が不安そうに見つめると、当の縁太君は菓子の包みを放り捨ててから片手を上げた。
『ま、そういうこった。で、比良坂! お前は元気か?』
「うん。縁太君も元気そうだね」
僕は風に吹かれてかさかさと音をたてる包みを見つめながら挨拶を返した。
ついでにノーマンさんを見やると、眉をほんの少しだけひそめてる。僕の挨拶が不適切だったからじゃなくて、縁太君のぽい捨てが気になるんだろう――
「縁太様、貴方は騎士にもなろうという方です。はしたない真似はお控えになるべきかと……」
「うるせえノーマンだな!」
「ちょちょちょっと!?」
僕は思わず声を上げてしまった。
地位は縁太君の方が上みたいだけど、どう見てもノーマンさんは年上だし、そもそも間違ったことは言ってない。
「あの! 言葉遣いに一考の余地があるんじゃないかな!?」
「いいんだよ! それよか、お前もよろしくやってるみてぇじゃん!」
「よろしく? えっと……」
異世界生活1歩目から殺されかけた上に2歩目、3歩目も落命ぎりぎりのラインでなんとか踏みとどまった感じだけど――そう言おうとして、縁太君の視線がオリアナさんに向けられてるのに気が付いた。おまけにちょっとにやけてる。オリアナさんはご立腹だろう。
「……」
「この人は僕の護衛だよ。変な勘違いしないで……あ」
今気づいたんだけど、オリアナさんの紹介をしていない。縁太君のマナーを突っついてる場合じゃなかった。
縁太君もいることだし、改めて自己紹介をしよう――僕は軽く咳払いなんかしてからブリジットさんに向き直った。
25/08/08~25/08/14 まで毎日投稿で、この章は完になります。
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