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50話「その笑顔は女神っぽいものですか?」

癒希がレベルアップする話の最終回です。

※これで第6章は完となります。


 光の中をすごい速さで落下している。

 自由落下の制限速度。終端速度ってやつだろう。確か2度目の経験だ。

 1度目は――そのことを思い出す寸前、前方に強い光が現れた。すごい速さで突っ込んでくる。


 ばしゅっ!


(……これも2度目だ)

 僕は柔らかな輝きの中でそんな事を考えていた。

 今は闇の中にいる。視界は完全にゼロ。おまけに少し息苦しい。壁の中にいるわけじゃなさそうだけど――僕は顔を左右に振ってもがいてみた。


 むにゅむにゅっ!


「……」

 女性経験が仮免未満の僕だけど、どこにいるのかがわかった。ついでに言うと、ひどい目に遭わされるだろう。それは絶対だと言い切れる。


『わかってるならさっさとどきなさい』

「痛い!?」

 僕は耳を強く引っ張られて柔らかい闇から引きずり出された。

 目の前にはゲス女神。ゲス・女神でもいい。信心深くて、なおかつ真実を知らない人は祈りながらテラリディアと呼んでいるはずだ。

 そんな彼女の額にはお怒りのマーク――少し前に僕を異世界へ叩き込んだ存在は、なにか凄まじい言葉でも発するつもりなのか、大きく息を吸った。


(これは絶対にやばいやつだ!)

 僕の勘が半鐘(はんしょう)をがんがんと叩き始めた。

 思考が近年稀に見るレベルで高速回転を始め、周囲の風景がスローモーションで動き始めた。熟練の戦士は危機に陥った際、1秒が数分にも感じられるっていうあれだろう――その間に危機回避の(すべ)が僕の思考内に組み上げられ、意識がそれを現出させる。


「想像以上のボリュームですね!? つい我を忘れてしまいました!」

「そおう? じゃあ、しょうがないわね♡」

 女神はお怒りのマークを引っ剥がして適当に放り捨てると、すっげー(・・・・)ごきげんな様子で僕の頭を撫で始めた。グルツが言っていたことを利用したものだけど、効果は抜群だった。腐れ盗賊頭も役に立てて床板(・・)の陰で喜んでるに違いない。悔しがってても構わないけど――それはさておき、極上の微笑みが僕に向けられた。


「不死の呪いをかけて蛙に転生させようと思ったけど、やめてあげちゃう♪」

「想像以上の危機だった!?」

 まさか本気じゃないだろう――なんて思ったけど、目の前の女神は性根が知恵の輪みたいにこんがらがってるから本気だったに違いない。僕の顔面を冷や汗が顔面をだらだらと伝う。でも蝦蟇(がま)の油みたいなことをしてる場合じゃない。


「えっと……!」

 僕は女神から数歩分の距離を取った。それから辺りを見回せば、郷愁を誘う茜色の空が広がっていた。足場になってる雲も同じ色に染まっている――夕暮れだ。その意味は何となく分かるけど、間違いを祈って訊いてみた。


「……僕は死んだんですか?」

「ええ! もちろんよ!」

 乳房にダイブされた仕返しかはわからないけど、女神テラリディアは両手でガッツポーズまでしてそう仰りやがりました。

 ここにいる時点で察してはいたけど、僕はグルツの毒で――


「不意打ちじゃなければ戦杖でお刺身(・・・)にしてやったのに……!」

「私の大地はそれができる物理法則になってないわよ? ま、悔しいのは分かるけど仕方ないでしょ」

 2度目の死を経験した僕に対し、女神はあっけらかんと言ってきた。

 慰めを期待したわけじゃないけど――でもまあ、彼女は2度目の人生をくれたわけだから、不満を言うのも変だろう。


「だから切実なため息で我慢しようと思います」

「あんたのそういうところ、嫌いじゃないわ。さて」

 僕が深々と嘆息すると、女神は自身の後方――茜色に燃える太陽をどうにも軽薄な仕草で指し示した。そこにはいつの間にか、仰々しい扉がふわふわと浮いている。地獄を連想させる色じゃない――


「扉の向こうは天国ってやつですか?」

「いいえ。あなたがいた大地があるわ。もとの世界に帰れるってことよ」

「……」

 あっちで死んでからこっちに来たんじゃなかったっけ?

 僕がいた世界は退魔士やネクロマンサーが一般的な職業ではなかったけど、幽霊として送り返されても困る――僕の困惑顔の向かいで女神が続けた。


「幽霊や動く死体(アンデッド)で帰すってのも面白そうだけど――いや、そうじゃなくて。私を笑わせて――いや、それでもなくて。私を楽しませてくれた程度に応じて生き返してあげるってわけよ。だからあんたは……全治半年の怪我で帰還させてあげる♡」

 すっげー(・・・・)猛毒をバケツ10杯分くらい抜いてから要約すると、生き返った上で元の世界に帰れるってことだ。

 そのくらいの怪我なら――留年は免れないにしても――残りの人生は平穏で安心安全な人生を送れるだろう。でも。


(……帰りたくない)

 どうにか交渉してやり直したい。あの世界でもう1度、オリアナさんやみんなと生きていきたい――


「肩とか腰とか揉んだら延長(・・)できません? マッサージが上手いって姉さんに褒められたことあるんですけど」

「あんたの姉のことは知らないけど、女神の力を特殊な(・・・)お店あつかいするんじゃないわよ」

 女神は半眼でそう言った後、やれやれと肩を竦め、改めて扉に進むよう促してきた。けど、はいそうですねと応じるわけには行かない。


(絶対に帰りたくない――!)

 僕は女神の顔をじっと見つめた。優しく微笑んではいるけど、彼女の瞳からは強い意志を感じるし、そもそも素直にお願いして通じる相手じゃない。なら、こっちも最終兵器を出す時だ。


「あの!」

「……なあに?」

 僕の覚悟っぽいものでも察知したのか、女神の視線が鋭さを増した。

 ここで負けるわけにはいかない――気合だ、気合!


「僕がオリアナさんを押し倒すところを見たくありませんか!?」

「……」

 大地の女神は優しい微笑みのままぴくりとも動かない。でも気配が少しだけ揺れた。感あり(・・・)ってやつだ。僕はまくし立てるように続けた。


「貴女は楽しいことが大好きですよね!? あの世界に戻してくれればそれを提供する自信があります!」

「…………へえ?」

 そして僕が言い終えてから数秒後、女神の微笑みが反転するように邪悪なものへと変わった。北極の猛吹雪よりも冷たい声が静かに吹き荒れる。


「よくよく考えたら哀れな魂の哀願をスルーするなんて無慈悲もいいところだわ。それって女神っぽくないわよね?」

「その笑顔は女神っぽいものですか?」

「うふふふふ♡」

 邪悪な女神は僕の指摘なんかへらっと受け流し、それから僕の頬を両手で挟み込んできた。


 むぎゅっ!


「戻ったら10秒以内にやりなさい。手を抜いたら蛙転生が天国に思えるくらいヤベー(・・・)目に遭わせるからよろしく♡」

「望むところです……!」 

 睨み返しながら頷くと、女神の笑みが愉悦に歪んだ――その直後、僕は豪快なオーバースローであの世界に叩き込まれた。

次章は作成中です。

よろしくお願い致します。

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