49話「ところでグルツさんは魚類ですか?」
癒希がレベルアップする話の第12回です。
※本日の3回更新で第6章は完となります。
「ところでニーチャン、これなーんだ?」
「……?」
グルツはにかっとした笑みを浮かべると、右手に持ったなにかを差し出してきた。丸みを帯びた平べったい物。大きさは手のひらサイズで、f-Phone14と刻印がされている――
「スマートフォン!?」
「イエース! 2年前くれえ前にあっちで買ったもんだが……今は16くらいまで発売されてんのかなぁ?」
「お前も転生者だったのか……ていうことは……!」
スマホで映画のワンシーンを見せた時にグルツが凄く驚いてたのは演技だったってことだ。もちろんその後のお怒りも――転生したばかりの僕をからかっていたんだろう。やっぱりこいつの性根はどうしようもないほど気に入らない。
(頭の上に着地してやればよかった)
僕は雲の上から叩き落された時のことを思い出しつつ、このゲームオーバー寸前の状況をなんとかするために頭を働かせた。
(とにかく時間を稼がないと!)
窓を蹴破ってスーパーヒーローが登場してはくれないだろうけど、廊下の誰かが異変に気づいてくれるかも知れない――もちろん、それがスーパーヒーローなら万々歳だ。
そして同じ世界から来たんだから共通の話題はいくらでもある。ちなみに僕が1番聞きたいのはグルツの元の世界での死因だけど、今はこいつが1番話したいであろうことを聞いてみることにした。
「水掻きがとってもシュールな姿ですけど、女神のご機嫌でも損ねたんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! 無敵の肉体を寄越せったらこんな風にされちまってよぉ? いやなに、胸がアレだなんてからかったのがまずかったんだろうなぁ。水さえ被らなけりゃ人間のままだからそんなに不便はねえけど、風呂が面倒なんだ。まあ、牢獄から逃げるのに役立ったから良しとすっかな。ははははは!」
「……」
そういえば、オリアナさんの町案内が急用で中止になったことがあったけど、こいつの脱獄が原因だったんだろう。そしてグルツがからかったのは、ゲス女神の胸囲が煽情的な服装とは裏腹に控えめだったことに違いない。僕も同じことを指摘しようとしたけど、寸前で思いとどまることができた。
もしあのまま指摘していたら――毒に蝕まれている以上の寒気を感じつつ、僕はグルツのけたけた笑いを眺めていた。けどあんまり面白いものじゃなかったから彼の無敵の肉体について考えることにした。
(荒野ではオリアナさんの連撃にも耐えてたし、全身には即死の鱗……)
確かに無敵だ。大地を消し飛ばすような火力はないけど、運用次第ではラスボスだって倒せるだろう――そんなことを考えながらこっそりと能力を試してみたけど、やっぱり発動しない。それに気づいていたらしいグルツが中指だけを立てた左手を向けてきた。
「ニーチャン! それはオレの毒をアレンジした能力殺しってんだ。名前通りにチートも何もかも使用不能にしちまうパーフェクトな毒でな? まあ、代わりになかなか死なねえんだが……あ、即死しねぇんじゃ万能とは呼べねぇか?」
グルツはご機嫌にまくし立てた後、肩をすくめてそう締めくくった。
その間も対抗手段を考えていたけど、この部屋に武器になりそうなものはないし、テーブルに置いた戦杖がひとりでにグルツの後頭部にめり込んでくれたりもしない――
(だからって諦めたくない!)
グルツをさらにご機嫌にするなんて絶対に嫌だ。
暗さを増した視界で再び辺りを見回したけど、やっぱり壁にエクスカリバーやサブマシンガンが飾られてはいない。ただの部屋だ――僕が奥歯を軋らせながらグルツに視線を戻すと、にかっとした笑みが返された。
「おいおい、いざって時のために部屋には武器を隠しましょうってママに習わなかったのか?」
「……人を殺すなとは習ったんですけどね」
「オーマイガー! お前がいた国は平和なんだなぁ。つか天国?」
皮肉に対してグルツはわざとらしく肩を竦める――またからかわれてしまった。僕をさっさと殺さないのはこれが理由なんだろう。荒野でオジサン呼ばわりした仕返しなのかも知れないけど、めちゃくちゃに腹立たしい。
(絶対に張り倒してやる!)
僕の額に怒りのマークが浮かんだ――その時。
こんこん!
ドアが控えめにノックされた。
(この気配はオリアナさんだ。でも……!)
彼女の気配は平静そのもので、グルツに気づいているとは思えない――こいつの気配はやたらに薄いから接近されるまで気づけないだろう。だから僕も不意を突かれてしまったし、この大神殿に忍び込むことができたんだ。
即死攻撃持ちの敵に不意をつかれる。それは古今東西のRPGプレイヤーが嫌そうな顔をするか、リセットボタンを押すかのシチュエーションだ。すっげー強い神官戦士のお姉さんがどっちのタイプかはともかく、かなり危険な状況だ。
「オリアナさん……!」
僕は叫ぼうとしたけど、地獄耳の人がやっと気づくような呻き声にしかならない――グルツが地獄行き特急指定席がお似合いの面で嗤った。
「この気配はあのネーチャンだなぁ? ついでに殺しとくか」
「ついででオリアナさんに勝てるもんか……!」
喉を振り絞って反論したけど、やっぱり小声が精々だった。
グルツは鼻を鳴らすとドアの方へ振り向き、それから自身の体から数枚の鱗をちぎって手に取る――オリアナさんの気配は変わってない。危機を知らせようにも、僕の体はぴくりとも動かない――なら!
「――!」
僕は腐れ盗賊半魚人への怒りを燃料にして殺気を全力で燃え上がらせた。
絶対にオリアナさんを守る――そんな主人公っぽい台詞が頭の中に浮かんできたけど、声に出したらをさっきみたいにからかわれてしまうだろう。だから、からかってやることにした。
「ところでオジサンは魚類ですか? 両生類なら蛙の仲間ですよね。ご飯が虫とか超ウケるんですけど」
「けっ!」
グルツはドアの方を向いたまま舌打ちした後、鱗を投げ放つ構えを取った。薄刃状の鱗。本気で投げれば木製のドアなんか貫通できるんだろう――けど、オリアナさんの気配は既に戦闘態勢だ!
どかっ!
『癒希様!』
ドアを蹴破ってスーパーヒーローが飛び込んで来た。両手でトレイを持っているから鞭は腰の後ろに携えたままだ。対するグルツは即死の鱗を両手に、肉食魚みたいな形相で襲い掛かる――
「オラアアアアアアアアアアアアアア!」
「ゲテモノ類が!」
神官戦士のお姉さんのナイスな分類。その直後、オリアナさんはグルツに向けてトレイを豪快に投げつけた。それには湯気が立つ皿が載せられている。演出用のドライアイスが入った冷製スープじゃないのなら――
「アッチィィィ!?」
熱々のスープを顔面に浴びせられたグルツは顔を掻きむしるような仕草と共に悲鳴を上げた。その隙にオリアナさんは銀鋼糸の鞭を右手に握り、冷たい殺意を空に閃かせた。
どがががががが!
部屋に轟く相変わらずの打撃音。やっぱり鞭とは思えない。そしてあの時とは違ってオリアナさんは無傷。つまり威力100%の乱撃。
これなら――
「効かねえなあ、ネーチャン!」
「まじで……!?」
グルツは絶命するどころかまったくの無傷だった。しかも咄嗟に防御体勢をとったらしく、転倒すらしていない――無敵の肉体をもった怪物が、全身の鱗を逆立たせて反撃に出た。触れられただけでも即死。屋内だから逃げ場もほとんどない――でもオリアナさんはまったく動じていなかった。すっげー冷静だ。
ひゅんっ!
「硬いだけで神官戦士を倒せると思わないことです」
「ギョエェッ!?」
グルツは銀鋼糸の鞭で魚よろしく釣り上げられた後、かなりの勢いで床に叩きつけられた。派手に咳き込み始めたから、すぐには立ち上がれないだろう。鱗がどれだけ硬くても内臓への衝撃は有効――
(だからってそれを繰り返しても決定打にはならないはずだ!)
そもそも何度も釣られる戦闘のプロじゃない。僕がそんなことを考えた時、オリアナさんは天井すれすれの高さに跳んでいて、左手で照明に触れた――次の瞬間。
がしゅっ!
「ゲヒッッ!?」
「うっっっそでしょ……!?」
照明がとんでもない速度で突き出してきて、グルツを腹の辺りで串刺しにした。
部屋に武器を仕込むってこういう意味じゃないと思う。それに誤作動したらどうするんだろう。
それはさておき、グルツは銛で突かれた魚みたいに全身をよじって藻掻いていたけど、徐々に黒ずんだ液体になって床へ染み込んでいく――でもどうしても伝えなくちゃいけないことがあるから、僕は中指だけを立てた左手をそいつに向けた。
「だから勝てないって言ったでしょ、オジサン?」
「グ……エ……」
悔しそうな呻き声が返ってきたから、きっちりと伝わったんだろう。満足だ。そしてグルツが死んだからこの毒もすぐに消えるはずだ。それまで耐えれば――
(耐えて…………なんだっけ?)
唐突な眠気に襲われて、何をしようとしていたのかを忘れてしまった。大事なことのはずだけど思い出せない。それに真っ暗でなにも見えない。耳元で誰かが叫んるような気がするけど聞こえない。眠気は急激に強くなっていく。
(……ちょっと早い気がするけど……もう寝ようかな)
明日は行きたくもない遠足だから――
少しの間を置いて次話が投稿されます。
よろしくお願い致します。




