48話「じゃあ、ラノベの新刊が入荷したら貸してください」☆
癒希がレベルアップする話の第11回です。
※本日の3回更新で第6章は完となります。
「利用者の方からしっかりと話を聞けば、ぴったりの本を勧めることができます。それを――」
「レファレンスですか?」
「はい。そうです。ふふふ……」
ディナさんのことを思い出したのか、先生はくすりと微笑んだ。
能力なしであれだけの人を笑顔にできるなら、それ自体がチートだと思う。矢木咬日織は本当に素晴らしい人間だってことだ。見習うべき大人って言い換えられる。これなら――
(新しい図書館でも心配いらないな)
倉庫図書館の跡には首都図書館の分館が建てられることになったんだけど、先生はそこの館長として働いてもらうことが決まった。
数名の図書館員が派遣されるにしても、首都図書館の分館ともなれば利用者も増えるし、貧しくない人も訪れるようになるだろう。当然、新しい問題も発生することになる――そんな心配をしていたけど、それは杞憂も甚だしいことだってわかった。
そして蔵書の大半が失われてしまった“黒百合図書館”だけど、僕と先生がいた世界の黒百合図書館に新刊が納入されると、先生の“黒百合図書館”にも同じものが納入されるらしい。それらも分館に並ぶことになるだろう――なら僕が言うことは決まってる。
「じゃあ、ラノベの新刊が入荷したら貸してください」
「ええ。構いませんが?」
「やった!」
あっちの世界で読んでた本の続きがこっちでも読めるかも知れない。娯楽って大事だよね。
だからすっげー嬉しい――僕がにこにこしてると、先生がベッドから立ち上がった。入院はもう少しだけ続くはず。つまり先生はふらついている。僕は付き添うように先生のそばに立った。
「リハビリがてらに病院の中を見てきます。他文化には興味がありますから」
「それなら一緒に行きますよ」
僕は壁に立てかけてあった松葉杖を先生に手渡そうとした――その時、先生が大きく体勢を崩してしまった。彼女は前のめりにこっちへ倒れ込んでくる――
どさっ!
『……』
それを予想していたから当然だけど、僕は倒れ込んでくる先生を抱き留めることに成功した。
小柄で華奢とは言え、病人を支えるくらい朝飯前だ。僕も先生も怪我なんかしていない。問題なし。でも別の問題がある。
「比良坂さん……その……」
「……」
なぜか僕の両手は先生の背中に回されていた。それも強く――先生の鼓動が法衣越しに伝わってくる。次いでオトナの香り。そして僕の血圧が急上昇していく。なんかヤバい。
(絶世の美女との添い寝で、こういうのには慣れているはずなのに……)
先生は僕がいた世界の大人だからかも知れない。幻想と現実の違いってやつ。おまけに生徒と教師の間柄。禁じられたなんちゃら――背徳感は想像以上に大火力だった。
『……』
先生を見つめると、彼女も顔を真っ赤にしてる。困ったような表情がすっげー艶っぽい。そして。
「あまり強くは――困ります……!」
「――!」
耳元で炸裂した熱い吐息が僕の何かのスイッチがオフにした。代わりに別のスイッチがオンになって、さらに戦闘メカの起動音っぽいものすら聴こえ始めた。
僕は先生を――
『ここが病院だということを忘れんようにな。私がいるということも、な』
「え!?」
その寸前、僕の湯豆腐メンタルはかちかちに凍り付き、僕史上最高値だった血圧も一気に下がった。
先生から体を離して――恐る恐る――声の方に振り向くと、そこにはやれやれな顔をしたアゾリアさんがいた。彼女の隣には、トレイを持ったフレアさんもいる。色々とタイプの異なる2人だけど、共通しているのは額にお怒りのマーク――
(見られてた!? ジーザス!)
心の中で絶叫しつつ背筋を伸ばすと、アゾリアさんは人差し指をこめかみに当てた状態で嘆息した。そこそこの不機嫌さで続ける。
「矢木咬から聞いたのだが……暗殺者に含み針をくらったそうだな? 解毒薬を何本か打っておくから手を出せ」
「え!? いや、治癒したから注射なんていりませんよ!?」
僕は退がろうとした――けど、右手を強く掴まれてしまった。掴んでいるのは矢木咬先生だ。
さっきまでの艷やかさは自分探しの旅にでも出てしまったのか、厳しい表情をしている。そして眼鏡の端がきらりと光った。呼応するようにアゾリアさんの眼鏡もきらりと光り、フレアさんはトレイから取り上げた注射器の先端をきらりと光らせる――
「比良坂さん、必要な処置なら受けるべきでは?」
「その通りだ。神官が針の2本や3本に怯えてどうする?」
「どうするんですか♡」
「オリアナさ――」
反射的に助けを求めて神官戦士のお姉さんを探してしまったけど、彼女は汚職警備兵たち関係の手続きでこの場にいない。
「彼には鎮静剤も打って頂きたいのですが?」
「いいだろう。冷静さを欠いては戦場で生き残れんからな!」
「それではお注射の時間ですね? 癒希さん♡」
「――!?」
声にならない絶叫は、もちろん病院を騒がせることはなかったけど、僕はゲス女神が雲の上で笑い転げている気配を確実に感じ取っていた。
・
・
「うう……ジーザス……」
僕は自室のドアを閉めた後、注射されたところを擦りながら涙目で呻いた。それから戦杖をテーブルに置き、その隣に短杖も置いた。ふと窓から空を見上げれば、空は茜色。もう夕方だ。
「それにしても本当に痛かったなぁ……」
同時に3本も注射を打たれたのは――赤ちゃんの時に受けたワクチンの同時接種以来だろう。
深々と嘆息しても仕方ないと思う。でも。
(明日はなにがあるんだろう?)
トラブルを期待してはいないけど、この世界では僕がいた世界では起き得ないことが平気で起こる。
それらに遭遇することを考えると、注射の痛みなんか気にならないほどわくわくする――なんて頬を緩めた。その時。
ひゅっ!
頬の脇を何かが掠めた。
(なんだろう?)
疑問符なんか浮かべつつそこに触れてみると、生暖かい何かが指に付着した。赤い液体だ。
「血が……えっ!?」
そして背後にはいつの間にか気配――慌ててそっちに振り向くと、部屋の真ん中に魚と人間を足して2で割ったようなものが立っていた。人魚じゃなくて、雷魔法で一掃されるやつ。簡単に言うと半魚人。そいつの全身は楕円形の鱗で覆われている。口元には、にかッとした笑み。まさか――!?
『よお、ニーチャン! 久しぶりだな?』
「そんな!?」
顔も半分くらい魚だけど、声からして間違いない。
僕に危害を加えることができないところに収納されたはずの盗賊頭。グルツだ。つまりさっきの攻撃は致死の毒が塗られた薄刃。でも!
(僕の能力なら――あれ!?)
ヒールが発動しない。焦って集中できてないわけじゃないし、お怒りの注射3連発が原因でもないはずだ。
「MPも尽きてないのに……なんで……」
いくら念じてもヒールは輝かない。そうこうしているうちに僕は壁を背もたれにして座り込んでしまった。
視界は徐々に暗くなっていき、両手は既に青黒く染まっている――僕の全身が既にこうなっているはずだ。鏡がなくてよかったとか、そんなことを喜んでる場合じゃない。
(致死の毒に蝕まれてる上に能力も発動しない……とどめに僕は丸腰……!)
対するグルツは戦いのプロだ。こんな状態の僕を殺すのなんて、赤ちゃんの頬っぺたをふにふにするくらい簡単だろう――でもなぜかグルツは余裕たっぷりに見下ろしてくるだけだった。
少しの間を置いて次話が投稿されます。
よろしくお願い致します。




