05話「準備はよろしいでしょうか? 癒希様」☆
癒希の立ち位置が決まる話の初回です。
よろしくお願いいたします。
比良坂 癒希(法衣)です。よろしくお願いいたします
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この世界はフォーンと呼ばれていて、僕が叩き込まれたのは洋上に浮かぶ菱形のミストリガ大陸だ。
北半分は軍事国家であるルイ大帝国が支配していて、南半分は西からガズン共和国、ティアラ神国、シンシア女王国が3分割で支配している。
そしてこの3つの国は、やんちゃなルイ大帝国に対抗するための防衛同盟を結んでいるらしい――そのやんちゃ大帝国が良い子だったり、存在してなかったりしたら、東西から攻め込まれてとっくに滅ぼされてたんだろうなっていうティアラ神国が僕の現在地。現住所は首都メリーダにある女神の教団の大教会。その中にある神官控室――有り体に言うと下っ端用の私室だ。
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僕がお花畑で気を失ってからすぐ、付近を警戒中だった警備隊が駆けつけたらしい。
護衛の人たちは応急処置の後で首都の治療施設に搬送され、法衣の女の子たちも目的地へと無事に送り届けられたと聞かされた。可憐で清楚な少女たちの僕に対する評価はともかく、一安心だと思う。
そしてグルツ盗賊団は――オリアナさん曰く。
『癒希様に危害を加えることのできない場所へ収納されました』
収納なんてモノ扱いな言葉に恐ろしさを感じたけど、でもまあ、相応の報いってやつだろう。
この世界じゃ自業自得をなんて言うんだろう――そんなことを考えながら、僕は真っ赤な法衣に袖を通した。
ヒールの能力をくれた女神テラリディアはこの世界で唯一にして最高の神様らしい。最高ってところに納得できなかったけど、とりあえず頷いておいた。
そして彼女から能力をもらった僕は女神テラリディアを造物主として崇める女神の教団に保護してもらえることになり、処遇が決まるまではオリアナさんが付き添ってくれるらしい。法衣を着たのはこの大教会の責任者と面会するためだ。
僕はあのゲス女神を信仰する気は欠片もない――けど、お世話になる先に倣うのはマナーだし、それに法衣ってなんか、かっこいい。コスプレ用のものと違って生地は厚くて快適で肌触りも良い。なかなかの代物だ。
それはさておき、オリアナさんが緊張気味な顔を思い切り近づけてきた。めちゃくちゃに近い。
「準備はよろしいでしょうか? 癒希様」
「……はい」
オリアナさんは女神から能力を授かった僕を信仰対象と捉えてるらしくて熱い眼差しを向けてくるんだけど、なんとなくアダルトなものを感じる。風呂上がりの蒸気した顔がさらに赤くなるのを感じながら、僕は視線を至近距離のオトナから遠距離の鏡へと向けた。
ぴかぴかの鏡面にはさっき使わせてもらったシャワールーム。そこへ続く扉が映ってる。そう、この町は上下水道が完備されているんだ。
感動しちゃう――そんな歓喜の声を脳内で張り上げたところで、首筋に触れる熱い吐息からは逃げられない。
僕のことを男子だって認識した上でやってるんだとしたらとっても嬉しいんだけど、でもそれは――
こんこんっ!
『オリアナ様、大司祭がお呼びです』
「来たみたいですね。行きましょうか」
心の中で嘆息なんかしながら立ち上がると、オリアナさんはどことなく残念そうに頷いてからドアを開けてくれた。
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僕たちが通されたのは礼拝堂だった。
大教会自体がかなり大規模な建物なんだけど、ここは体育館くらいの広さがある。その3割を占めてるのは女神テラリディアを模した裸体像だった。すごく似てるけど座禅みたいなのを組んでる上に、頭からつま先まで真っ白だ。Y字バランスに変えて、さらに黒のペンキで全身を塗り直してやりたいけど、ここにはペンキも刷毛もない。
次に目についたのは、壁に沿って建つ何本もの石柱だ。
屋根を支えるだけにしては多過ぎる。巨人が屋根に腰掛けるのでもなければ単なる建築費の無駄づかいだけど――威圧感を与えるための必要経費なんだろう。灯りが燭台だけで辺りが薄暗いのもそういう理由ってことだ。
そして僕正面の壁際には男女が間隔を空けて立っている。男性は40代半ばで、女性は30代前半かな。
僕が着ているものより何倍も高価そうな法衣を着ていて、なぜか厳しい表情を向けてくる。
大礼拝堂の雰囲気といい、噂に聞く圧迫面接ってやつなんだろうか。僕はアルバイトすら推奨されない子供だっていうのに。オリアナさんが一緒じゃなかったらと思うと、ぞっとする。
それはそうと部屋の中央まで進むと面接官たちの間にある物々しい扉が、やっぱり威圧的なまでに重い音をたてながら開いていく。入ってくるのは筋骨隆々とした勇者か、輝きでもまとった聖者なのか――ちょっとわくわくしてたけど、そこに現れたのは白いあご髭を伸ばしたおじいちゃんだった。頭もきれいさっぱりと言った感じの剃髪だ。ほとんど直角に曲がった上半身を杖で支えて、なんとか歩いてくる。
『いやいや、待たせてすまんのぉ』
「あ、いえ、そんなことはありませんよ……」
倒れ込まないかとはらはらしていると、おじいちゃんは僕の少し手前でゆっくりとブレーキをかけた――瞬間、前のめりに突っ込んできた。僕がいた世界では転倒事故によるお年寄りの死者は、交通事故を大きく上回る――
「危ないですよ!?」
僕が慌てて支えると、おじいちゃんは髪の毛が一本もない頭をぺしんと叩いた。
「こりゃすまんのぉ」
「えっと、椅子かなにか持ってきてもらった方が……」
「はっはっはっ! 飯は食ったばかりじゃよ」
椅子が主食らしいおじいちゃんは、からからと笑った。
この国最大の宗教施設を取り仕切ってる人がこの御年齢って、かなり不味い気がする。
おじいちゃんの体調とかじゃなくて、認識能力の衰えた人をトップに据えて部下が好き放題に汚職に手を染めるっていう構造が簡単に想像できる。もしそうだとしたら、組織として赤信号もいいところだ。お世話になるのはちょっと怖い。
「癒希様、こちらはテラ・ビンス大司祭です」
オリアナさんが恭しい声で紹介してくれたけど、僕としてはいまいち信じられない。
本当は壁際にいる男女のどちらか、または両方がそうなんじゃないのかな。
そうであって欲しい――その2人を不安そうに見つめた瞬間。
ぎらりっ!
揃って睨みつけられてしまった。
やっぱりこのおじいちゃんが大司祭でいいや。保護される側としては組織自体に不安が残るのも事実だけど、毎日が圧迫面接っていうのは胃に悪い。
いっそ保護を断ってみるのもありかな――なんて真剣に悩んでいたら、おじいちゃんがよぼよぼと柱のひとつを指さした。