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46話「そもそも怪物相手ならいくら殴ってもよくないですか?」

癒希がレベルアップする話の第9回です。

本日は2回の更新を予定しております。

よろしくお願い致します。

 ログスは顔面を両腕で防御(ガード)した状態で癒希との距離を詰めた。腕と腕の隙間から癒希を見据える――


(舐めてもらっては困りますぞ!)

 現在は指揮を執る階級に在るが、そうなる前は犯罪者を直々に制圧する警備兵という職務をこなしていた。つまりは腕に覚えがある。老いたりとはいえ、子供に負けるはずがない。

 たとえ相手が神官だろうとその理屈は揺るがない――力も速度も射程も上なのだから、理屈が逆立ちでもしない限りは圧勝である。


「一撃で終わらせてやりますぞおおおおお!」

 ログスは自身の拳が届くぎりぎりの間合いで右拳を振りかぶった。

 長い腕を活かした一撃。反撃される心配など無用である。拳は全力で振り抜かれ、癒希の顔面は鈍い音と共に――


 ごぎぃっ!


「おっほおおおおおおおおん!?」

 砕かれるはずだったが、砕かれたのはログスの右膝だった。

 かなりの速度で振るわれた拳をこともなく避け、さらに駆け抜けざまの一撃までお見舞いしたのは、もちろん比良坂癒希である。法衣をひらりと舞わせてログスに振り向き、戦杖を構えた。


「一撃で終わりましたね」

「ほ・ざ・く・な――あああっ!?」

 ログスは後ろ回し蹴りを繰り出そうとしたものの、砕かれた右膝では体を支えることができずに転倒してしまった。当然の結果である――理屈は今日も体育座りをしているようだった。

 それはさておき、癒希がにこりと微笑む。


「右膝が砕けてますよ」

「黙りやがれですぞおおおおおっ!」

 言い方にかちん(・・・)ときたらしく、ログスは立ち上がりながら左拳を旋回させるように突き出した。顔の側面を狙った打撃。癒希の死角である――


 ぐしゃっ!


「のおおおおおおおおおおおおお!?」

 砕かれたのはログスの左拳だったが。

 癒希は戦杖を構え直しつつ2歩分だけ距離を取ると、それから中指だけを立てた左手を向けた。和やかに指摘する。


「左拳が砕けてますよ」

「な、なぜだ……なぜなんだですぞ……!?」  

 完膚なきまでに砕かれた左拳。それを右手で(さす)りながら、ログスは困惑気味に(おのの)いた。

 力も速度も射程も上。圧勝以外にあり得ないはずだった。が、戦況はご覧の有様である。なにかの怪異に睨まれているとしか思えない――その理由は戦いの練度というものだった。

 能力(チート)を駆使したにせよ、癒希には死闘を戦い抜いた経験がある。その上、法衣を着たタングステンこと大司祭テラ・ビンスを相手に実戦そのものの訓練を積んできた。

 対してログスがもつ警備兵としての経験など、今は昔の物語である。金にまみれ、欲に溺れ、そして無抵抗の人々に権限ででかい面(・・・・)をしてきただけの彼が怪物の肉体を得た程度で対抗できる相手ではない――初手で膝を砕かれてしまったので、逃走も不可能である。

 

『一撃で終わり』

 それは理屈に適った結論と言えた。が――不幸にも――それを認めるログスではなかった。彼は両手の五指を開き、鬼の形相で振り回し始めた。相手は華奢な少年である。爪で血管のひとつでも切り裂くことができれば、あっという間に失血させることができる――それもまた、理屈に適ってはいた。


「うぬおおおおおですぞおおおおおおおお!」

「……」

 爪撃の嵐が癒希を襲う。が、彼は微笑んだまま、軽やかなステップで躱していく。

 鎧さえ切り裂く鋭い爪も、当たらなければ団扇(うちわ)代わりにしかならず、癒希は蝋燭の火ではないのだから倒せない。つまりは彼よりも弱い――ログスはその理屈を否定するため、顔を真赤にして両腕を振り回し続けた。速度も徐々に増していく――が。


 ひゅんっ! ひゅひゅん! ぎぃんっ!

 

 切り裂くことができない。癒希は冷静に身を躱し、時に弾き、また躱す。その手順を淡々と繰り返す。

 そして身を躱すだけの癒希と異なり、ログスは全力で両腕を振り回し続けている。いかに怪物の肉体とはいえ、スタミナが無尽蔵という理屈はない――動きを鈍らせたログスに対し、戦杖が元気いっぱいに唸りを上げる。


 ごしゃっ!


「ぽごぉおおおっ!? お・の・れあああああ!」

 ログスは顔面を痛烈に殴打されて尻もちを突いたものの、次の瞬間、気力と意地、さらに怒りを奮い立たせて反撃に出る――その先に癒希はいなかった。彼は前のめりに体勢を崩した怪物の真横で、戦杖を限界まで振り上げていた。後頭部を狙って振り下ろす。


「そろそろ休憩したらどうですか?」

「もげらぁっ!?」

 ログスは大の字で地面に張り付かされ、起き上がる様子はない。

 そして――癒希がゆっくりと戦杖を振り上げた。脳裏には雨が降り注ぐ瓦礫の山。それを虚ろな瞳で見つめる矢木咬日織。彼女の悲痛な慟哭が再生される――


 どかっ! ばきっ! ずがんっ!


「なかなかぺちゃんこになりませんね! シュレッダーに入れそうですか!?」

「言ってることが意味不明ですぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 重い音が第4倉庫区画に響き続けること約10秒。ログスは癒希の足元で、小刻みに痙攣などしていた。

 癒希は額にお怒りのマークなど貼り付けていたが、とりあえずは満足したらしく、爽やかに汗を拭う――その直後に戦杖を振り上げた。満面の笑みである。それを見た怪物が顔面を引きつらせながら、哀願の声を張り上げる。


「このあたりで止めようとは思わないのかですぞおおおおお!?」

「だってログスさんがぺちゃんこになってくれないから。そもそも怪物相手ならいくら殴ってもよくないですか?」

「最近の若者はみんなこう(・・)なのかですぞおおおおおおおおおおおおおお!?」

 少年があくまで笑顔を崩さずそう言うと、ログスの顔面は恐怖に歪んだ。

 と――


 かっ!


「ぬほっ!?」

 眩い輝きが唐突に怪物へと放たれた。

 神官は術を扱う職業(クラス)であり、この状況で自身へと向けられたのが慈悲に満ちたものであるはずがない――そんなことを考えたらしく、ログスは思わず顔を両手のひらで覆った。が、激痛は襲ってこない。むしろ逆に心地よい。

 ログスは恐る恐るといった様子で手のひらをどかし、自身の体を見下ろす――彼は人間の姿に戻っていた。さらに癒希との戦いで負った全身の打撲、そして何年も苦しんできた腰痛すら完治している。


「……やっぱり毒物だったんですね」

「これは――どういうことなのかですぞ!?」

 脱・人間剤(モンスター・メーカー)を1度使えば、2度と人間に戻れない。

 肉体のすべてが怪物と化した存在を人間に戻すなど、どれほどの聖者であっても不可能である。つまり奇蹟が起きなくてはならない。目の前の少年は、それをいとも簡単にやってのけた。彼は――否。


「貴方は……何者なのですぞ!?」

「ログスさん」

 奇蹟の少年は質問に答えなかったが、穏やかに微笑んだ。戦杖を脇に置き、その笑みを湛えたまま続ける。


「人間は忘れちゃいけないことがあるんです。なんだと思いますか?」

「…………それは――」

 優しさと慈悲、そして寛容。相手が人の道を踏み外していようとも、それらを失ってはいけない。人と人は理解し合えるのだから。

 悔恨の涙がログスの頬を伝った――その次の瞬間、奇蹟の聖者(ゆき)の額に特大のお怒りマークが貼り付けられた。


 ごおおおおおおおおおおおおっ!


 背後には地獄の業火を燃えたぎらせ、懐から取り出した短杖を強く握った。冷たい声で続ける。


「自分がしてきたことですよ」

「ほへ?」

 両膝を突き、祈るような姿勢をとっていたログスに向けて――短杖と言う名の――鉄拳が振り抜かれる。


 ごぎっ!


「おぼおっ!?」

「先生のことを焼き殺そうとしておいて許されると思ったんですか!? 僕のキルしたい人ランキングのトップですよ! おめでとうございます!」

 ログスは顔面を殴打されて仰向けに倒れ込み――癒希はひとしきりまくし立てた後、戦杖を手に取って振り上げた。怒りと怒りと怒りを込め、さらに全身の筋力を振り絞って叩きつける――


「税金を返せ!」

「にょおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」

 今日最大の轟音が第4倉庫区画を盛大に揺るがし、そしてログスの右脚骨は108ピースのジグソーパズルに変わった。激痛のあまり、左右にごろごろと転がり始めた元警備兵長に対して無慈悲な視線が向けられる。


倍返し(・・・)です。少し古いかもしれませんね」

「痛いですぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 それだけ言うと、癒希は――いまだ転げ回り続ける――ログスに背を向けた。振り返ることすらなく言い捨てる。


「幽霊に足はいらないでしょう」

「女神の慈悲を祈るがいい!」

 そして大司祭と共にすたすたと去っていく。他の神官たちは、倒れ伏していた警備兵たちを引きずりながら続き――警備兵詰め所前にはログスだけが取り残された。お望み通りの独り(・・)である。


「ど、どういうことなのですかな!?」

 ログスは困惑の声を上げたが、倉庫街は常に人気(ひとけ)がなく、返事など返ってくるはずもない。

 無音の中、ただ冷たい風がログスに吹き付ける――その風が何の前触れもなく和らいだ。地面に這いつくばったままそちらを見やれば、全身黒尽くめの男が立っていた。闇をまとったような邪悪な風体である。連想させるのは優しさでも慈悲でも、もちろん寛容でもなく、ただひとつ。死。


「き、貴様は! 貴様はなんなんですぞおおおおおおおおお!?」

『……』

 男は何も答えない。それは無視でも職務怠慢でもなく、ただ答える必要がないというだけだった。

 つまりログスは彼が何なのか(・・・・・・)を知っている。自身にどんな運命が待ち受けているのかも――


『……』

「やめろ! 私に触るなあああああああああ! だな、ジャック!? ジャック! ジャックううううううう!」

 断末魔じみた悲鳴は警備兵詰め所内にまで届いていたが、ジャックはいつもの返しをすることもなく、棺桶(・・)の中で安らかに眠っているだけだった。 


少し時間をおいて次話が投稿されます。

よろしくお願い致します。

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