45話「神官だからです。他に理由ありませんよね」
癒希がレベルアップする話の第8回です。
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「お前は本当にいい奴でしたぞ」
ログスは遺体をロッカーに押し込みながら、鼻を鳴らした。良心の呵責や後悔など、微塵もない表情である。
「お前は本当に使い勝手のいい奴でしたぞ」
ジャックに対して面倒見が良い――お気に入りである。ゆえに彼を裏切ることはない。つまりこの作戦も本物である。部下たちにそう信じ込ませることができた。
地平線の彼方にまで遠ざかってしまった安寧の元へたどり着くには部下など1番から20番までお荷物である。
独りでなくてはならない――ログスが死の手を伸ばした先はロッカーの奥だった。引っ張り出したのは紙袋。中身は金の鋳塊。他国へと逃亡し、再び安寧を手中に納めるための希望である。それをバッグにしまった後、ログスは裏口へ向かおうとした。が、ふと立ち止まり、棺桶を横目で見やる。
「次はもう少し仕事ができる奴を探したいですな」
そう言い捨てた後、彼は足早に裏口へ――その時。
『ぐえええっ!?』
『ほげぇっ!』
表の方でいくつもの悲鳴があがった。
この警備兵詰め所は管轄の倉庫街に建てられているので人通りはあまりなく、乱闘騒ぎなどまず起こらない――乱闘以外の何かが起こったということである。
ログスは身を低くして窓際まで進むと、カーテンの隙間からそっと外を覗き込んだ。
「……なんですと!?」
先ほど送り出した警備兵たちがまとめて地面に倒れ伏している。彼らを見下ろしているのは、赤い法衣をまとった10人ほどの男女。神官である。
起きたのは確かに乱闘騒ぎではなかった。一方的な蹂躙――未来ある子供たち向けに言い換えるのなら、もぐら叩きが適切だろう。
そして彼らの先頭にどしんと立っているのは屈強を二乗したような人物だった。要塞指揮官や大貴族とは違う意味で、絶対に睨まれたくない聖人。テラ・ビンス大司祭――
『欲にまみれし罪人よ!! 潔く出てくるのだあああああああああああああああああ!!』
「ぎゃああああああああああ!?」
正義の咆哮が警備兵詰め所の窓ガラスという窓ガラスを一斉、かつ徹底的に粉砕した。もはや生体――または声帯――兵器である。
詳細に調べれば建物自体にすら破損が見つかるだろう。それほどの大音声に正面から晒されたログスが鼓膜を破壊されなかったのは、なにかの加護によるものだったのかもしれない。
教会にまで睨まれてしまった彼である。呪いの方が正しそうではあるが――それはさておき、ログスは立ち上がると素直に警備兵詰め所のドアを開けた。
(……国外逃亡はできなくとも、教会に捕まるのなら好都合というものですぞ!)
騎士団。大貴族。盗賊ギルド。これらのうちのどれに捕えられても間違いなく悲惨な目に遭わされる。人道主義の女神の教団に捕まえてもらえるのなら御の字だった。
さらに言うのであれば、大司祭テラ・ビンスは正義と慈愛に満ちた――恐ろしく屈強な――聖人であり、拷問じみた刑罰や暗殺から強力に守ってくれるに違いない。
状況に鑑みれば、万々歳とさえ言える。ログスは胸中でほくそ笑んだ――その時。
『……』
「なんですかな……?」
大司祭の背後から小柄な少年が、ぴょこりと顔をのぞかせた。ログスと目を合わせるや否や、まっすぐに彼へと向かって行く。戦闘用の杖を携えている上に赤い法衣を着ているのだから神官なのだろう。
善良な警備兵長のなにが憎いのか、思い切り睨みつけている――ログスにとってはどこか見覚えのある顔だった。怪訝な顔で凝視すると、脳内にある気に入らない連中リストが反応し、御丁寧に昨晩の光景が脳裏に映し出された。
雨が降り注ぐ瓦礫の山を背景に、精一杯の怒りを込めて睨みつけてきた貧者――
「あの時の!? なぜ法衣を着ているのですかな!?」
「神官だからです。他に理由ありませんよね」
少年はログスの数メートル手前で立ち止まると戦杖を構えてからそう言った。正論である。が、神官にしてはあまりにも若い――
(……ならば特別な地位にいる。そういうことですな!)
つまり特別な権限をもっているということでもある。要塞指揮官や大貴族を動かすことさえできるのかもしれない。そう考えれば、今回の怪異じみた事件も説明がつく。
「今回の件……貴様が……すべて貴様が仕組んだのですかな!?」
「自業自得が9割なくせに、仕組んだなんて人聞きの悪い言い方しないでくださいよ」
「やはりか! お・の・れえええええ……!」
ログスは顔を真っ赤にして震え始めた。が、最年少の神官である癒希は落ち着いた様子で戦杖をひゅんひゅんと回し、その先端をログスへと向けた。
かかってこいの意思表示。真正面からの挑発である――この瞬間、癒希は気に入らない連中リストのトップに輝いた。ログスの分厚い顔面に血管が浮き出る――
「気に入らんガキめがあああああ! ぶっ殺してやりますぞおおおおおおおおあああ!」
感情一直線に叫びつつ、ログスは懐から小型注射器を取り出した。それを高々と振り上げると、自身の肩へと勢いよく突き刺し――指先に込めた怒りでピストンを押し込む。
めぎっ!
その直後、ログスの激怒を表すかのように、彼の筋肉がぼこぼこと膨れ上がり、骨すらも凶々しい形へと変わっていった。
注射器に装填されていたのは人を怪物に変える薬物――押収した密輸品から抜き取った――である。製品化前に研究者が一人残らず捕縛されたため、名前はない。が、ログスはこう呼んでいる。
「脱・人間剤ですぞおおおおお!」
呼び名の通り、できあがったのは怪物だった。
他人を食い物にしてきたログスが、自身の肉体を犠牲に得た屈強な肉体。頭部には角。手足は細いが異様に長く、身の丈は3メートルを超えている。その巨躯が地面を叩く――
ずしゃあっ!
石畳は容易に踏み砕かれ、大量の破片となって辺りにばらまかれた。さらにログスは格闘の構えをとると、中指だけを立てた左手を癒希へと向けた。歓喜の絶叫を張り上げる。
「最高ですぞおおおおおおおおおおおおおおお!」
人間離れした力を人間の知性で振るう。それは無敵ということだった。さらに人のしがらみからも解放されたのだから、どんな権力も恐れるに値しない。真の自由というものである。
人間の姿に戻ることはできないが――
「貴様を捻り殺せるならお安い買い物ですぞおおおおおおおおりゃあああああっ!」
無敵の怪物は恍惚とした咆哮をあげた――次の瞬間、人間離れした速度で癒希に襲いかかった。
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