43話 「そこに突っ立っていると健康に良くないと思いますよ」
癒希がレベルアップする話の第6回です。
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騎士団は外部の敵から人々を守り、警備隊は内部の敵――要は犯罪――から人々を守る。
つまり騎士団が町の中で作戦を行うなど許されない。それを回避するための策が看護帽を被せることだとしたら、もはや無法と呼べるだろう――ログスは疾走の最中に覚悟を決めた。
(対抗するために無法の力を借りても許されるということですな!)
クエロンに加勢を要請し、要塞指揮官と対決する覚悟を決めたということである。
大きな権力に睨まれない――彼自身の処世術とかけ離れた選択ではあるが、清掃作戦とやらを絶対に阻止しなくてはならない。クエロンが大損害を被るのを黙って見ていようものなら、あの粗暴で残虐な男にどんな目に遭わされるかわかったものではない――否、わかっているからこそ、絶対に阻止しなくてはならなかった。
「うぬおおおですぞおおおおお!」
ログスは昼の閑散とした歓楽街を渾身の全力疾走で駆け抜けた。速度を落とさず街角をぎりぎりで曲がり、そして迷路のような路地裏を跳んで潜って飛び越える――それを幾度も繰り返し、やっとたどり着いたのは、建物と建物の間にひっそりと造られた下り階段だった。
その異様に長い階段を腰痛にも負けず駆け下りると、その先は広い地下空洞になっていた。壁面に沿って怪しげな露店がぎっしりと軒を連ねており、怪しげな風体の店主が、怪しげなものを、怪しげな値段で売っている。もちろん客も端から端まで怪しい者揃い――ここは闇市場と呼ばれる無法地帯である。
警備兵長は違法な品々には目もくれずに真っ直ぐに進み、それから分厚すぎる鉄門の前で足を止めた。この門の先にあるのは刃と毒と金を礎とした闇の組織。盗賊ギルドである。
ログスが錆びた金貨――贋金はこの盗賊ギルドの身分証である――を差し出すと、ぼろぼろの麻袋を被った門番たちはそれを受け取った。が、門を開く様子はない。麻袋だけを被った、ほとんど全裸の大男。彼らの異質な雰囲気に寒気など感じたようだが、ログスは負けずに声を張り上げた。
「見ての通りログスですぞ!? クエロン殿にお取次ぎ願いたいですな!」
『……』
返されたのは、やはり首を左右に振った拒否の仕草である。
火急の用件だ――そう叫ぼうとした時、ログスは門番たちの瞳にあり得ないものが宿っているのに気が付いた。憐憫である。命令さえ下れば、赤子だろうと平気で解体する怪物にはあり得ない感情だった。が、それに驚いている暇も余裕もログスには残されていない。
「ええええい! 人間ごっこなどやめてとっとと――」
叫びかけた時、鉄門が内側からゆっくりと開かれていった。門番は立ったままである。つまりは誰かが盗賊ギルドから出てくるということである。
ごごごごご……!
石像のような門番が素早く左右に退き、さらに恭々しく頭を垂れた。
そして暗がりの中から楚々と進み出て来たのは――赤いドレスを着た貴婦人。
「なぜ貴女様があああああああああああああ!?」
「警備兵こそ、なぜここに?」
大貴族シェラルの序列2番目にある名家。その主であるカテリーナだった。
この国とルイ大帝国――とりわけ軍関係者に――で広く知られている有名人。裏稼業を生業としている者たちにとっては、絶対に睨まれたくない権力者ランキングの1位でもある。
そんな彼女の隣にいる女性騎士ハーティは“刻み殺す”という物騒な二つ名をもってはいるが“勇猛果敢な”カテリーナに比べれば、ご機嫌な赤子のようなものである。
それはさておき、カテリーナは涼しげな顔でログスに回答を促した。
『騎士団の作戦を妨害するために戦力を借りに来たのですぞ』
そう答えようものなら、この薄暗い闇市場で陳列される羽目になるだろう。美しい視線から逃れるように顔を逸らせば、視界には2人の男。身を縮こませて震えている巨漢はクエロンである。その隣で怒りに震えているのは、よりによって盗賊ギルドの長だった。
『――!』
ログスと目が合った瞬間、彼の致命的なまでに鋭い視線がぎらりと光った。歓迎の意図であるはずもなく、それは完全なる怒りの矛先というものである。
(なぜですかな!? 面識もないというのに……まさかですぞ!?)
薬物の件がばれている。そう考えるのが妥当だろう。
カテリーナはそれを問い質す目的で盗賊ギルドを訪れ、特大の雷を落としたということである。粗暴で残虐な大男が怯えている理由が悲しいほど容易に理解できた。そして盗賊ギルドの長が激怒している理由も――彼の視線が鋭さを増す。
ぎんっ!
「ひっ!?」
血の海に頭まで浸かってきた極悪人の殺意は、闇の世界に片足を踏み入れた程度のログスが耐えられるものではなかった。さらに。
「お前がログスですか」
何かと察したらしいカテリーナが酷薄な笑みを浮かべた。
貴族の歴史は華やかではあるが、その裏で行われている争いの苛烈さは盗賊ギルドよりも上である。ましてや大貴族シェラルともなれば、彼らが住む豪邸の基礎部分には地獄が使われているとさえ言えるだろう。
悪魔との茶会も和やかにこなして当たり前。それが大貴族と呼ばれる者たちである――そんな怪物の怒りを買ったログスはもうお仕舞いということだった。この場で鼻歌交じりに刻み殺されても不思議はない。が、カテリーナはログスの脇を静かに通り過ぎていった。
『命拾い』
そんな単語がログスの頭の中に思い浮かんだ――瞬間、それを見透かしたようなタイミングでカテリーナが立ち止まり、あまりにも恐ろしい笑みをログスへと向けた。
「そこに突っ立っていると健康に良くないと思いますよ」
彼女はそれだけ言うと、クククと笑いながら闇市場から去っていった。ハーティも続く。
そして――
「貴様アアアアアアアアア!」
「ひぎゃあああああああああああああ!?」
闇市場に轟く死の絶叫。その刹那、鉄門の奥で無数の気配が蠢き、同じ数の冷たい殺気が閃く――だがログスはその1秒前に逃げ出していたおかげで、露店に陳列される末路だけは避けられた。
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