42話「突き刺したほうが、より適切でしたか?」
癒希がレベルアップする話の第5回です。
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「ここは立入禁止ですので、速やかにお帰り頂けませんか?」
「ぬぬぬぬぬ……!」
ログスは少女のネームプレートを睨みつけながら唸った。フレアと書かれているだけで、どこにも警備兵長よりも偉いとは記載されていない。つまりは怒鳴りつけて構わない相手である。
「私はここの責任者のログスですぞ! 誰の権限でこんなことをしているのですかな!?」
「――あなたがログスさんですか」
激情的な怒鳴り声が一帯に轟き、フレアは両目を瞬かせた。が、怯えたわけではなさそうである。その証拠に彼女はすっと目を細めてみせた。可憐で清楚に変わりはないが、そこに不思議な圧力が加算された。見る者を問答無用で黙らせる、静かで気高い威圧感。
「ぬ……ぬう……!」
ログスは気圧されるように後ずさり、対するフレアは一歩だけ前に出た。標的を追い詰めるように大きく。さらに両手を腰に置いて頬を膨らませ――ぷんすかとお怒りの蒸気を放出した。
「許しませんからね!?」
「はい!?」
不思議な圧力と、どこか幼い仕草との落差によってログスの気勢はごっそりと削ぎ落とされたようである。その代わり――かどうかは不明だが、警棒を抜き放ったジャックが息を巻いてフレアへと詰め寄った。
「さっきからなんなんすか!? 逮捕されたい――いぃ!?」
ジャックの出番はそこで終わった。警棒を振り上げたままの体勢で凍り付き、怯えた視線でゆっくりと周囲を見回す――彼の首元には10本の短剣が突き付けられていた。皮膚すれすれ。刃の冷たさが伝わるほどの距離である。
それらを握っているのは、どこからか現れた――2人の死角で気配を消していたのだろう――看護師の制服を着た少女たち。見習いの看護帽を被っている。看護師試験に暗殺の科目はないはずだが。それはさておき、殺気を向けられているジャックは前後不覚にすら陥りつつあるらしく、歯の根が合わない様子でまくし立てる。
「じじじ自分たちは警備兵っすよ!? 見て分かんないすか!」
『……』
少女たちはなにも答えない。鋭い視線と躊躇のない実行力で応える――寸前。
『なにをしている?』
決して大声ではないが、妙に通る声が辺りのすべてを制圧した。
その声の主が軍靴を鳴らして歩いてくる――赤い軍服の上に白衣を羽織った女性だった。髪は雪のように白く、30歳ほどである。彼女が立ち止まると、少女たちは短剣を手慣れた様子でスカートの下にしまい、それからフレアの背後で横一列に並んだ。数テンポほど遅れてフレアもぴしっと背筋を伸ばした。どうにも可愛いらしい声で件の女性に答える。
「はい! ログスさんがお仕事の邪魔をしにいらしたので、適切にお帰り願っていたところです」
「刃を突きつけて何が適切だと!?」
「突き刺したほうが、より適切でしたか?」
「殺人鬼の見習いですかなあああああ!?」
清楚で可憐な少女の純粋無垢な質問がログスを恐怖の淵に叩き込んだ――次の瞬間、白髪の女性がログスをぎろりと睨みつけた。次いで彼女の左胸に着けられた階級章がきらりと光る。それは騎士団のものだったが、警備隊であるログスも知っているものだった。
「要塞指揮官ですとおおおおおおおおおおおおおお!?」
ちなみに警備隊の階級に換算すると、警備兵長の上司の上司の上司である。そのくらいの階級でなければ特務部隊を駆り出すなど不可能である――もちろん、彼らに見習い看護士の帽子を被せることも。要塞指揮官は敵意100%の形相でログスを睨みつけた。
「いかにも! 私はティアラ騎士団第18要塞指揮官のアゾリアである!」
『どおおお!?』
なにかの怪異かというほどの強烈な怒声がログスとジャックを豪快に蹴り転がし、そして腰の後ろで手を組んだアゾリアが大きく息を吸う。情け容赦のない口撃。その狙いを定め、撃つ。
「我々はこの区画で清掃作戦を実行中である! 速やかに立ち去らない場合は実力を以って排除する!」
「ひ、ひいいいいいい!?」
ジャックは、まさに這う這うの体といった様子で地面をかさかさと這って逃げていく。その姿に舌打ちしつつも、ログスはなんとか立ち上がった。盗賊ギルド幹部とのつながりを頼りに、最後の意地で食い下がる――
「責任者の私に連絡もなしとは遺憾というものですぞ!?」
「許可に関しては警備隊の中央局長に通達済みである! そもそも作戦を対象に漏らす愚か者がどこにいる!?」
「きょえええええええええええええええええ!?」
その反撃に壮絶なまでの怒声を張り上げられ、ログスは意図せず後方転回を披露する羽目になった。ついでに意地も戦意も喪失したようである。が、要塞指揮官はログスにびしりと指を突きつけ、とどめを刺す。
「民の守護者たる誇りを穢した恥晒しどもめ! 3秒以内に消え失せろ!」
「お邪魔しましたっすぅううう!」
「ま、待て、ジャック! 待ってくれえええ!」
ログスとジャックは半ば揉み合うように倉庫街から敗走していく――そんな彼らを笑顔で見送るフレアは、ある種の怪異のようだった。
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