40話「ぺちゃんこにしてシュレッダーにかけてやる……!」
癒希がレベルアップする話の第3回です。
よろしくお願い致します。
目の前には焼け焦げた瓦礫が山になっている。
これが数時間前までは図書館だったなんて信じたくない――でもあちこちに本の残骸が見られるから間違いない。ここは先生の図書館だ。
現場はいくつかの魔法灯で照らされているけど、夜闇と大雨で視界は悪い。それでも、このどうしようもない状況を把握するには充分過ぎる。
先生はもう――
(その先を考えるのはまだ早い!)
僕は松葉杖を放り出して瓦礫の山に飛びかかった。
消火隊の人たちが奇異な視線を向けてきたけど、そんなことには構わず、焦げた煉瓦やら本の燃え残りやらを手当たり次第に放り投げて先生を探した。
護衛チームの人たちが言うには炎が見えてすぐ救出に向かったけど、なぜか図書館に侵入することはできず、そして消火隊に通報するまでの数分間で図書館は焼け落ちてしまったらしい。
あれだけ巨大な倉庫が数分で焼け落ちてしまったというのなら、燃料か何かが使われたんだろう。そんな高温の炎に巻かれてしまえば人間なんて――
(僕には奇蹟の力がある!)
心臓さえ動いていれば、突き指だろうと大火傷だろうと、どんな怪我でも癒してみせる。もちろん夜更かしを怒られても構わない――でもどれだけ瓦礫を掘っても先生は見つからない。
「ジーザス……」
両膝をついて空を見上げると、暗雲が僕の視界一杯に広がっている。
祈りを捧げたところで救いの手を差し伸べてはくれないだろう。それでも祈らざるを得ない――信仰心と無縁の僕の祈りは、やっぱり誰にも届かなかった。
「先生が逮捕された時点であいつらを病院送りにしておけばよかった……!」
警察署に乗り込んで大暴れしたとしても、教会が奇蹟の子を切り捨てたりはしなかったはずだ。
証拠だなんだと躊躇ったせいで先生は――僕は人生で2度目の本気の後悔ってやつをした。
今すぐ重機でログスたちをぺちゃんこにしてやりたいけど、この世界に重機はないし、そんなことをしても先生は帰ってこない。僕は役に立たない拳を煤けたリノリウムに叩きつけた。その時。
『…………!』
薄っぺらな皮膚が振動を感じ取った。床が下から叩かれてるみたいだ。雨音でよく聞こえないけど、かすかな声も聞こえてくる。
「――オリアナさん! この辺りの瓦礫を吹き飛ばしてください!」
「はい!」
僕はそう叫びながら後ろに跳んだ――次の瞬間、銀鋼糸の鞭が激烈に閃いた。
ずがんっ!
この世界に重機が存在しない理由がわかった。
それはさておき、瓦礫が吹き飛ばされた後の床には、縦横2メートルくらいの収納扉がある。取手は焼け落ちたらしくて見当たらないし、隙間には燃え残りとかが挟まってるけど、その程度なら奇蹟を祈る必要はない。
「すぐ開けます!」
僕は10本の爪を引っ掛けて、とにかく全力で扉を引き上げた。爪が何枚か割れたみたいだけど、その痛みに至福を感じる。爪の破片を額に入れて飾っておきたいくらいだ。瓶ならとっても省スペースかな。
それくらいしても|猟奇的な殺人鬼みたいだ《・・・・・・・・・・》と怒られはしないだろう――いや、怒られるか。この人は厳しいから絶対に怒られる。
ばんっ!
「先生!」
「こ、この子を!」
扉が開かれた奥には下り階段。そこにいたのは矢木咬先生。
フルネームは矢木咬日織。担当教科は国語。そして僕のクラスの副担任。厳しいけど、とっても頼りになるお姉さんだ。彼女は全身に包帯を巻かれた女の子――ディナさんだろう――を抱えている。
「重い火傷を負っています! すぐ病院に……!」
「任せてください!」
僕はディナさんを強く抱きしめた後、オリアナさんに抱き渡した。それから先生に手を貸して地上へと引っ張り上げて、ざっと観察する――足があるから幽霊なんかじゃない。間違いなく生きてる。
そして煤だらけなだけで怪我はしていない。だから治療に必要なものはお風呂と石鹸。床に座り込んだまま動かないけど、火災に遭ったんだから当然かな――僕はそんなことを考えながら、先生たちが避難していた階段を見やった。その先は長い廊下につながってるみたいだ。
「図書館って地下室があるんですか?」
「これは閉架書庫と呼ばれるものですが……」
重要な書類や貴重な資料、処分予定の本とかをしまっておく階層らしい。
瓦礫の山に埋もれるリスクを負ってまで地下に避難したってことは、よほど追い詰められていたんだろう――僕はそいつの気配に向き直って精一杯の睨みを利かせた。
『生存者が? それはよかったですな!』
医療器具を抱えて集まって来た消火隊の人たち。彼らの後ろにいるあいつ。ログスだ。脇にはジャックもいる。てきぱきと担架が準備されていくのを横目に、下劣な警備兵長は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「これはこれは矢木咬殿! よく生きていましたな!」
「……」
不快感丸出しの顔面を、大失敗した福笑いみたいにしてやりたい欲求を抑えられたのは、先生がこの場にいるからだろう――僕が懐の短杖を握りしめてることになんか気づかず、ログスは真正面から近づいてきた。イライラゲージ全開で叫んでくる。
「聞こえてますかな!?」
「……」
先生は無言のまま立ち上がった後、ログスに背を向けて瓦礫の山を見つめた。それが癇に障ったらしく、ログスは足元に転がっていた本を思い切り蹴飛ばした。
がっ!
「私の権限において火の元への注意を要請させて頂きますぞ! 本はよく燃えますので! だな、ジャック!?」
「もちろんす!」
「……」
足首に本をぶつけられても、先生は瓦礫の山を見つめたままだった。ログスは不機嫌そうに雨具の裾を翻して立ち去り、ジャックも続いた。そして担架の準備が整ったけど――先生は乗ろうとしない。
「彼女は教会が引き受けます。雨も激しくなってきましたので、帰って頂いて構いません」
『はい!』
オリアナさんがそう言うと、消火隊の人たちも現場から去っていく――その間も先生は虚ろな瞳で瓦礫の山を見つめているだけだった。彼女にとって、この図書館はただの能力じゃなくて、なにか特別な存在だったんだろう。つまり大切なものを理不尽に奪われてしまった。
掛ける言葉が見当たらず、僕は先生のそばに立っているしかない――その時。
「えっ!?」
先生がいきなりもたれ掛かってきた。濡れた黒髪が僕の頬に思い切り触れる――大人の色香に圧倒されつつもなんとか抱きとめると、雨音にかき消されてしまいそうなほど弱々しい声が聞こえてきた。
「…………少しだけ寄りかからせて頂きたいのですが……」
その瞬間、僕は先生を全力で抱き締めていた。灰になっていたかも知れない鼓動が伝わってくる――先生が大声で泣き始めたのはその直後だった。
『――――!!!』
この人はとっても厳しいけど、それは生徒たちを思ってのことであって、本当はすごく優しい人なんだろう――ディナさんのなつき方を見ればわかる。そんな人がろくでもない理由で傷つけられてしまったんだから、手加減とかほどほどって言葉は僕の選択肢から消えた。
そういえばログスは昼間も権限と言っていた。よっぽど権限が好き――権限を振り回すのが好きなんだろう。ぴったりの意趣返しを思いついた。
(――権限で殴り倒す!)
僕は奇跡の子で、従者は凄まじく強い神官戦士のお姉さんだ。
さらに大司祭様の可愛い部下で、要塞指揮官の戦友、そして大貴族の恩人。お姫様の茶飲み友達でもある――私怨を晴らす目的でみんなに頼るのは申し訳ないと思うけど、ログスに関してはロードローラーでぺちゃんこにする程度じゃ済まさない。
「ぺちゃんこにしてシュレッダーにかけてやる……!」
生徒指導室に引っ張り込まれてしまいそうな言葉が口を衝いて出てしまったけど、降りしきる大雨のおかげで先生には聞こえなかったみたいだ。
不定期更新です。
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