04話「それはやめた方がいいですよ!」
ヒールが炸裂?する回です。
よろしくお願いいたします。
「立ったまま死んじまう気か? こいよ!」
「……言われるまでもありません」
オリアナさんとグルツが放つ闘志っていうか戦意みたいなものが僕に重くのしかかる。
これが命を賭けた戦いってやつなんだろう――2人は互いに意識を集中させているってことだ。
「――と思ったけど、オジサンからいくぜ!」
「……!」
そして鞭と薄刃が動く――その前に僕はスマホの音量を最大にした。
どんっ! どどどどどどんっ!
『俺様を誰だと思ってやがる!? 死にやがれ!』
荒野に轟く何発もの銃声。映画のシーンだから銃弾は発射されてない――でもグルツは後ろ手に薄刃を投げ放ってきた。狙いは僕の顔。それは予想してたから、両腕でしっかりとガード済みだ。
(御者に突き刺さっていた状態を見ると、あの刃は楕円形をしてるから貫通力は高くない……!)
戦いのプロであるはずのグルツがどうしてそんな形状の刃物を投擲武器として選んだのかはわからないけど、ポリエステルを編んで作られたブレザーを貫通するのは無理だ。多分――いや、絶対にそうであって欲しい! お願い!
かしゃかしゃんっ!
ゲス女神以外のどこかの神様ありがとうございます!
地面に落ちた薄刃を一瞬だけ見やった後、僕はオリアナさんに視線を向けた。
グルツは左手の薄刃をまとめて僕に投げつけてきたから残ってるのは右手の何枚かだけだ。本気になれば僕みたいな素人を始末するには充分過ぎるんだろうけど、オリアナさんはプロだ。それも女の子たちが大歓声を上げるような――
どががががっ!
「ぐえあああっ!?」
目にも止まらない速さで振るわれた鞭は薄刃をまとめて蹴散らし、グルツを真正面から滅多打ちにした。鞭ってあんな鈍い打撃音がするものなの!?
それはともかく、腐れオジサンは仰向けに倒れ込む――その最中、彼は足を思いっきり振り上げた。妙にゆったりとしたズボン。その裾から何かが勢いよく放たれて、オリアナさんの右目あたりを縦に切り裂いた。
(薄刃を忍ばせるためのスペースと、蹴り放つためのしなり……このためにぶかぶかのズボンをはいてたのか!?)
用心深いっていうか、狡猾っていうか――とにかく殺意が高すぎる。
「ふ――不覚……!」
少しだけ遅れてオリアナさんの綺麗な顔から血が噴き出し、そして白い顔が青黒く染まった。あの人は死ぬ。
グルツもあれだけ滅多打ちにされたんだから、すぐには僕を追って来れないだろう。逃げるなら今しかない――けど、それじゃ惨めだ。
瀕死でも立ち上がったオリアナさんに比べて情けないにもほどがある。
「オレの勝ちだ! ざまぁみやがれ! はーっはははっ!」
僕は適当に拾った石を手にグルツへと突っ込んだ。
腐れ盗賊頭は背中を大きくのけ反らせた体勢で勝ち誇っている。気に入らない。
盗賊だからとか、女の子を攫おうとしてるとかじゃなくて、欠片の躊躇いもなく他人を嘲笑うあいつの性根がどうしようもないほど気に入らない。
グルツは僕の動きに気づいたらしく、強引に体をこっちに向けようとした――けどオリアナさんに滅多打ちにされたってことを忘れてる。
どたっ!
普段通りに動けるはずもなく、グルツは体勢を崩して荒野に四つん這いになった。
オリアナさんがどれだけ大変だったか分かっただろう。それともコンタクトレンズでも落としたのかな。
どっちでもいいけど、お前のことが大嫌いだってこの感情だけはぜひ知って欲しい――僕は両手にあらん限りの力を込めて、グルツの頭頂部に石を振り下ろした。
「負けだよ、オジサン!」
爽快感抜群の打撃音が響いた瞬間、グルツは荒野に倒れ伏して動かなくなった。馬車で轢いてとどめを――刺すのは法衣を着た可憐で清楚な女の子たちに後で思う存分やってもらうとして、今は誇り高い女性を助けるべきだ。
僕はオリアナさんに駆け寄って上半身を抱き起した。ほとんど意識はないみたいだけど、なにかを呟いてる。
「女神よ……どうか御許に……お招きください……」
もしかしてあのゲス女神のことかな――でも問い質してる暇はない。
それに能力の使い方とか毒に効くのかとか分からないことだらけだけどやるしかない。僕は本音を添えつつ、叫んだ。
「それはやめた方がいいですよ! ヒール!」
純白の輝きがオリアナさんを蝕む毒を瞬時に殲滅した。原理はよく分からないけど、彼女の負傷している部位がはっきりと認識できる。
左半身のほぼ全ての骨、背骨に右ひざ、いくつかの内臓――それらすべてが見る見るうちに癒されていく。これが僕に与えられた能力。
「傷が……消えた……?」
純白の輝きを照射してから数秒後、オリアナさんは花マル印の健康体になった。
そして信じられないって表情の彼女と目が合った――瞬間、僕は思い切り抱きしめられた。美しいお姉さんは僕の背中に腕を回し、滑らかな指を首筋に触れさせた。頬と頬がぴたりと触れ合う。
(お花畑みたいな匂いがするんだけど天国かな!?)
オリアナさんの白銀色の髪からは、それだけいい匂いがした。
それはシャンプーの残滓が原因だってなにかの番組で聞いたことがあるけど、オリアナさんのは絶対に違うと断言できる。絶対に違う。根拠はないけど絶対に違う――これが残留物によるものだなんて僕は絶対に認めない。
顔どころか耳まで真っ赤にしてそんなことを考えていると、オリアナさんが耳元で熱い――ていうか、艶っぽい声で囁いた。
「まさに奇蹟……貴方は女神に遣わされたのではないですか?」
「あ、はい……まあ、棘を何本か抜けばそんな感じにまとまります」
遣わすなんて親切な感じじゃなくて、豪快に叩き込まれた感じですけど。
それを言う必要はないかな――なんて呑気に頬をかいていたら、オリアナさんの両腕が力を増した。
めきっ!
「ちょっと……あの、痛いんですけど……!」
「慈悲深き女神よ! 奇蹟の子を私のもとに遣わせて頂いたことに感謝します!」
背中をべしべしと叩いてみたけど、感極まったらしい神官戦士のお姉さんは気付いてないみたいだ。僕を抱きしめる力はまだまだ強くなっていく。屈強な男たちをまとめてなぎ倒す腕力を全開にされたら――
めきめきっ!
「し……死ぬ……ジーザス……!」
死にはしなかったけど、僕はいい匂いの中で気を失った。
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