37話「暗殺者生命保険とか加入ってますよね!?」
癒希がやり返す回の15話です。
よろしくお願いいたします。
「死ぬほど困れ!」
『ぐおっ!?』
僕は硬直した暗殺者。彼の顔面に全力で右の拳を叩き込んだ。クリティカル・ストライクは発動しなかったけど手応えは充分――それでも意識を奪うことはできなかったらしく、彼は体勢を崩しつつも大きく飛び退いた。
それから小剣を構え直して見せたけど、さっきのは僕なりの絶対殺すモードでの一撃だ。さすがに堪えたらしく、頭上にいくつかの星を舞わせている――僕はその隙に懐から短杖を取り出した。
こっちも布の服だからこれくらいは携帯できる。彼だって小剣を忍ばせていたんだから、文句はないだろう――あるなら暗殺者労働組合でも通して抗議文を送ってくれて構わない。
ひゅひゅひゅん!
「暗殺者生命保険とか加入ってますよね!?」
「……ちっ!」
短杖を指先で回転させながら息を巻くと、暗殺者は舌打ちをした。それから攻撃のために腰を低く構える――でも直後、袖口から取り出したなにかを勢いよく足元に叩きつけた。
ぼひゅっ!
(やばい!)
僕は先生の後頭部を左手で保護しつつ、全力で押し倒した。彼女の頭を薄い胸板に抱え込む――生きてさえいれば僕の能力で治療できるけど、戦闘タイプじゃない矢木咬先生は致命傷を自力で避けるのは難しいだろう。
だから僕が守る――そんな決意なんか固めつつ少しの間だけ待ったけど、背中にはなんの痛みも襲ってこない。
「えっと……」
上半身を起こして見回せば、あたり一面が白い煙で覆われていて、煙の向こうでは人々がどよめきの声をあげている。暗殺者たちは影も形も気配もない。さっきのは煙玉だったんだろう。便利だから僕も支給してもらおうかな――それさておき。
「最初から退いてくれれば、引っ叩かずに済んだんですけどね……」
僕はあくまで警戒しつつ、先生が立ち上がるのに手を貸した。
怯えたような表情がそこはかとなく艶っぽい――そんなことを考えていたら、先生に肩をがっしりと掴まれてしまった。思わず強張る僕の体。先生は両目を見開き、焦ったような声で叫んでくる。
「針が刺さっていますが!?」
「え!?」
言うが早いか、先生は僕の頬から何かを引き抜いてくれた。視線を向けると確かに針だ。ぷすりとやられた覚えはないから口から吹く針――
(含み針ってやつかな?)
この手の武器は不意をつくのが当たり前だけど、いつの間にやられたのか見当もつかない。
僕はまじまじと針を見つめた――瞬間、体から力が抜けて、がくりと膝をついてしまった。
(毒……!?)
そういえば忍者漫画でも毒とか塗ってあった気がする。
えっちな漫画だと――いや、今際の際が迫ってる状況で思い出してる場合じゃない。
かっ!
全身にびりびりとした痛みなんか感じつつもヒールをかけると、毒は駄々をこねることなく消え去ってくれた。大した濃度でもない痺れ毒――即死毒を塗った針を口に含む気にはならないんだろう。なんにせよ、危なかった。
「ありがとうございました」
「いえ、私こそ……」
僕が立ち上がりながら冷や汗を拭うと、先生はほっとした様子で安堵の吐息を漏らした。心配してくれたってことだ。
昨日のあれは悪い幻か冗談好きの怪異だったんだろう――12枚の羽が生えたのかってくらい心が軽い。
「えっと、先生は大丈夫ですか? 僕はどんな怪我でも治せるんです!」
上ずった声で訊きながら先生を見つめると、彼女の頬は赤く染まっている。
あれだけ派手な立ち回りを砂かぶり席で見たんだから感情が昂ぶってて当たり前かな――僕はなんとなく納得した。
と――
『センセー!』
ディナさんの声。そっちを見やれば、彼女がフリスビーを追いかける大型犬そのものの表情と勢いで走ってくるのが見えた。両手を大きく開いて先生に飛びつく――
がばっ!
「きゃあっ!?」
「無事かよ!? ケガしてねぇか!?」
「大丈夫ですから過度な接触は控えて頂きたいのですが!?」
さらにぺたぺたと先生の色々なところに触れて無事を確認し始めた。
同性でもハラスメントは成立しますけど――熱心なファンだから仕方ないかな。僕がいた世界の倫理はこっちの世界じゃ出番がないし。
(……とりあえず松葉杖を拾ってこよう)
あの松葉杖は戦杖とまったく異なる戦い方を教えてくれた。
松葉杖神拳を開くつもりはないけど大切にしたい――僕が歩き出すと、ディナさんの気配がこっちを向いた。なんとなく嫌な予感。顔だけで振り向けば、両目をきらきらと輝かせながら思いっきり飛びついてくる――
「癒希! お前ツエーじゃん! あたしにも教えろよ!」
「ええええええ……?」
「いいだろ!? レバースしてやるからさ!」
『レファレンスですか?』
「そう、それだ! あははははは!」
僕と先生の声が完璧に同調り、ディナさんは無邪気な表情で笑い始めた。疲れるけど面白い人だ。
本当に疲れるけど――心の中で肩を竦めた時、なんとなく嫌な気配が近づいて来た。警備兵だ。よりによって僕に邪魔そうな視線を向けてきた人。でも。
(1人だけだ。これだけの騒ぎで……まじ?)
他の2人は本棚クラッシャーの餌食にでもなったんだろうか。
そうだとちょっと嬉しい――でもそれはあり得ないから妙だ。
(……そもそも暗殺者が昼間に襲いかかってきたのが妙だ)
おまけに直接的な方法を選択した。そのおかげで先生を守ることができたけど、弓でも使われていたらかなり厳しかっただろう。これも妙だ。
そして彼らが盗賊ギルドの暗殺者だと仮定した場合、殺人は多少の悪事の範疇を超えているはずだ。やっぱり納得がいかない。総括すると今回の襲撃はすっげー妙だと言い切れる。
『おい、小僧! なにがあったのか説明しろ』
「……いえ、特に。後の祭りが起きかけたくらいです」
胸の辺りに生じた嫌な感触。僕はそれを抱えたまま、消えゆく煙の方を向いて頬を膨らませた。
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