36話「もしかして仲間を見捨てて逃げちゃう感じですか?」
癒希がやり返す回の14話です。
よろしくお願いいたします。
一般の人たちに溶け込むためか、相手は揃って布の服を着ているから大層な武器を隠すスペースはないはずだ。なにか隠し持っていても小型の武器が精々だろう。対して僕の強化済み松葉杖は重量級だ。
1対3でもどうにかしてみせる――闘志ゲージを炎上させた瞬間、向かって右の男が正面から突っ込んで来た。
『どけぇいっ!』
それは予想範囲ど真ん中の行動だった。
僕の体は瞬時に反応し、左手で松葉杖の脇当てを強く握った。右手は支柱のあたりを思いっきり押し上げる。
がっ!
男は杖先で顎を蹴り上げられて後頭部からひっくり返った――けど。
(手応えが軽すぎる! つまり――)
自分からひっくり返って威力を殺した。それに気づいた時、既に手遅れだった。
ばぎっ!
松葉杖を軸にした浮き身蹴りが男の顔面にめり込んだ。右足に伝わってくる確か過ぎる満足感――ひっくり返った直後に動きを反転させて襲い掛かって来たから手加減が間に合わず、結構な威力の反撃になってしまった。
青あざじゃ済まないだろう――まあ、いいや。暗殺者の顎関節よりも1000倍くらい重要なことがある。
「体育の時間です! 下がってください!」
「は――はい……」
僕が背中越しに叫ぶと、先生は素直に下がってくれた。
年上の人に大声を出すのはどうかなって思ったけど、怒られなくてよかった。
よく考えたら、年上の人に対して“素直に”なんて表現を使ったら不味そうだ――そんなことを1秒くらい考えている間に残りの2人は僕の視界から消えていた。首筋に冷たい感触が走る。頭上には黒い気配――
どすどすっ!
「うっそでしょっ!?」
『ちっ!』
真横に身を投げ出した次の瞬間、僕が立っていた地面に暗殺者たちが短剣を突き刺した。
松葉杖を杖代わりにして素早く立ち上がったから追撃は防げたけど、実戦訓練で気配探知を鍛えていなかったら今ので殺されていたかもしれない。背筋がぞっとする。
(一瞬で何メートルも跳び上がるなんて、少なくともチュートリアルで出てくるレベルの敵じゃないな)
松葉杖の攻撃範囲ぎりぎりで距離を測る姿からも、彼らの強さがうかがえる。
そして先生の位置を0.5秒だけ横目で確認すると、僕の右側数メートルの位置にいた。青ざめたまま僕の方を見つめていて、逃げ出してくれる様子はない。まずいことに暗殺者たちは僕の正面にいる。
(位置的に暗殺者たちは二手に分かれて先生を襲うはずだ……!)
ヒールが出番を欲しがってるわけじゃないけど、その必要があるなら躊躇っている場合じゃない。身を挺して守るってやつだ――でも。
『ハアアアッ!』
2人とも迷わず僕に襲い掛かって来た。
主人公っぽい決意が思いきりずっこけた感じがする――標的が先生から僕に移ったってことだろうから、これも別に、まあ、いいや。
それはさておき、暗殺者たちはかくかくっとしたステップから左右挟撃を繰り出してきた。なにかのゲームみたいに松葉杖が大盾に変形しない限りは防げないだろう。だから躱す。
「えいっ!」
『ぬう!?』
僕は棒高跳びの要領で暗殺者たちの頭上数メートルの高さに跳んだ。
華奢とはいえ、全体重を載せた重松葉杖での振り下ろし攻撃は短剣で防御できるものじゃない。つまり躱すしかない。または――跳躍力に頼っての空中戦。
『死ねぇっ!』
『ま、待て!』
意外にも、それを挑んできたのは1人だけだった。
もう片方の暗殺者は地面で身構えたままだ。松葉杖の射程の長さを警戒したんだろう――
がんっ!
「大正解ですよ!」
僕は渾身の振り下ろしで暗殺者を撃墜した後、最後の1人と対峙した。
周囲の混乱は既に収まっていて、みんなの視線が僕たちに向けられている。暗殺者としてはまずい状況のはずだ。逃げるかもしれない――気配の鋭さからして、この人は襲撃のリーダーだと思うからそれは困る。暗殺者の神経を逆撫でする授業は受けたことがないけど、やってみよう。
「……もしかして仲間を見捨てて逃げちゃう感じですか? こそ泥らしくてお似合いですけど、情けないかなとも思います。いえ、こそ泥は誇りなんかもってなくて当たり前なんですけど」
『――ぬうぅ!』
暗殺者の表情が険しく、そして殺気が急激に鋭くなった。
普通の人がお腹の中身をプラズマになるくらい煮えくり返らさせても、ここまでの圧力にはならないだろう――この暗殺者の強さを改めて実感させられた。さらに彼は短剣をしまい、懐から小剣を取り出した。黒曜石みたいな双眸に殺意が灯る――
「もしかしてお怒りですか?」
『……』
僕は間合いを測り直しつつ、思わず呟いていた。
それは囁きに近い声量のはずだったけど、目の前の暗殺者は大きく頷いてみせた。もしかしなくても超お怒りですね。そして――
「……」
『……』
僕と暗殺者は無音の対峙を続けた。周りの人たちも誰一人として声を発しない。
空気だけが張り詰めていき、闘志と殺気がせめぎ合う――刹那。
「比良坂さ――」
切羽詰まったような叫び声。
それが引き金になり、すべてが弾けた。
『シネィイイイッ!』
暗殺者が地を這うような姿勢で地面を蹴った。右手の小剣が殺意の現れであるかのようにぎらりと光り、真っ黒な瞳には絶対の殺意。絶対殺すモードってやつだ。すごく怖い――でも! 湯豆腐メンタルと言っても、先生を狙われてぷるぷるしてるほど軟弱ってわけじゃない。
『強くなれる時に強くなっておけよ』
カァムさんの言葉とその成果――
「見せてやる!」
『ぬぅっ!?』
僕は松葉杖を水平回転で思いっきり投げつけた。
杖装備スキル全開の投擲で回転は凄まじい上に、武器を投げつけるという不意打ち――さすがの暗殺者も驚愕の表情になり、素早く伏せた。
(この暗殺者はさっきも跳ぶのを躊躇ったから慎重な性格!)
頭の高さに投げれば跳びも防御もせず、無難に伏せると思っていた。それは確かに安全だけど足を止めざるを得ない。伏せてる上に止まっているなら、頭上を取るのも簡単だ。
ヘッドスライディングは性に合わなかったですかと訊いてみよう――
(お前をぶっ飛ばした後で!)
僕は華奢な足で跳び上がり、暗殺者を彼の頭上から見下ろしている。狙いは顔面。右の拳を全力で振り下ろす――でも。
『甘いィッ!』
完全に気配を読まれていたらしく、小剣の突きが空を切り裂きながら襲い掛かってきた。
圧倒的な鋭さと速さ――躱すなんて不可能だ。
ずしゅっ!
『なんだとっ!?』
小剣は深々と突き刺さった。僕が盾代わりにした分厚い本に。
これは松葉杖を投げた時に拾っておいたもので、ハードカバーの真っ黒な本だ。なんの備えもなく跳び上がりはしません。ちなみにタイトルは――
『困ったことが起きる10秒前に読むべき本』
読むのが10秒遅かったね。
不定期更新です。
よろしくお願いいたします。




