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35話「ちょっと貸してください!」

癒希がやり返す回の13話です。

よろしくお願いいたします。

「ご用件は何でしょうか。倉庫の契約書は提出したはずですが?」

「いやなに! この辺りは貧しい連中が集まりますので物騒でしてな! 部下を何人か置いておこうと思います! だな、ジャック!?」

「もちろんす! 先輩たちもっすよね!?」

『もちろんです!』

 ああ、うん、僕もこのノリは苦手です。

 こっちの世界に来ることがなければ僕も文系を選択していただろうけど、それが理由じゃなくて――ログスが強制してるであろう、このノリ(・・・・)が生理的に無理だ。

 僕のすっげー(・・・・)苦手な大人ランキングにログスをのせておこう。ちなみにゴンザロスの少し下。

 部下たちの唱和――と呼びたくもない怪異的なノリ――に満足したのか、ログスはたぷたぷの顎を上下に振ってご機嫌そうだ。対称的に先生の表情は微妙さを増していた。さらに眉を顰め、首を左右に振る。


「申し出は大変ありがたいのですが、ここはログスさんが仰るほど物騒では――」

「いえいえ! この倉庫街を任されている私の権限が優先されますので! だな、ジャック!?」

「もちろんす! 先輩方、おねがいしゃーっす!」

 ジャックさんが頭を下げると同時に、3人の先輩(・・)が本を読んでいた人たちを押しのけて図書館に向かってきた。彼らが進む先には僕がいる――


『どけ! せめて(・・・)邪魔になるな!』

「……」

 先頭の警備兵は僕の松葉杖を見ながら言い捨てた。

 この松葉杖とあなたの右足。どっちが硬いか試してみますか――なんて言ってやりたい気分だけど、建設的な行為とは呼べないから僕は黙って道を開けた。

 それから視線を先生の方へと移すと、ログスとジャックは図書館に背を向けてすたすたと立ち去っていくところだった。僕はログスの背中にじっとりとした視線を向けた。


(無駄に大声を出すし、行動も強行だ……)

 つまり偉ぶった嫌な奴。

 空から降って来た石油缶かメテオでも直撃すればいいのに。心の中で毒づいていたら、僕の隣に嫌そうな顔をしたディナさんがやって来た。


「ログスは悪い噂が似合いもしない制服を着て歩いてるような奴でさ! 夜中に歩いてただけで警棒で足をぶっ叩いてきやがんの!」

「暴力とか……まじですか?」

「まじだよ。他にもさ――」

 話したいことが山盛りらしいディナさんは顔を真っ赤にして続けようとしたけど、その先を聞くのは後回しにしよう。僕は松葉杖を片手に先生の方へ全速力で向かった。


「先生!」

「比良坂さん?」

 大声で呼びかけるとベンチを並べていた手を止めてこっちを向いてくれたけど、僕は彼女の背後――なんの違和感もなく先生に近づいてくる3人の若者を見据えていた。

 周囲の人たちに完全に溶け込んでいる気配。一切の揺らぎも歪みもない、真円みたいな気配。それが逆に違和感となって僕は気づくことができた。杖装備スキルも発動し始めたから勘違いじゃないはずだ。

 そして彼らの手には細くて小さな刺突短剣が握られている。暗殺者(アサシン)で間違いない。


(先生が殺される!)

 僕と暗殺者たちの距離は10メートル弱。右手に握った松葉杖は如意棒タイプじゃないからまだ(・・)届かない。


「ちょっと貸してください!」

『お、おい!?』

 僕は手近な人からすれ違いざまに本を取り上げた。

 失礼だとは思うけど、緊急事態だから謝るのも後回しにさせてもらおう――それは分厚くてずっしりとした本だった。タイトルは海の生き物。全速力の勢いを乗せて体を水平に回転させつつ、腕力全開のサイドスローで投げ放つ――


「図鑑スラッシャーだ!」

『げっ!?』

 図鑑は水平に回転しながら不審者の短剣にざっくりと突き刺さった。背後の異変に気付いた先生は僕の方に大きく後ずさり、そして図書館前にいる人たちの視線が件の3人組に向けられた。


(大抵の人は刃物を見たら逃げ出すだろうけど、先生を助けようとする人もいるはずだ……)

 暗殺者はそういった抵抗を排除する可能性が高い。少なくとも“仕事の邪魔はやめてください”なんて困った顔をするはずがない――


「みなさん! 逃げてください!」

 先生が叫んだ瞬間、図書館前にいた人たちは暗殺者に背を向けて一斉に逃げだした。先生が築いてきた信頼の賜物なんだろう。やっぱり頼りになる人だ。

 それはさておき、これで巻き添えの被害者はでないだろう――でもみんなが逃げ出した方向はばらばらで、事態を把握していない人たちに恐怖を伝播させてしまった。


『なんかあったのかよ!?』

『火事だってよ!』

『いや、殺しだろ!?』

 それが一気に燃え上がり、図書館前は逃げ惑う人たちで大混乱に陥ってしまった。悲鳴と怒号が飛び交い、本が宙を舞う――暗殺者たちはこの混乱を存分に活かして逃走するだろう。先生を殺した後で。そのタイミングは絶対にこない。もう(・・)届くから!


 がぎぃんっ!


『ちっ!』

 僕は水平に薙ぎ払った松葉杖を引き戻し、戦杖と同じように両手で構えた。少し後ろには先生が無傷で立っているけど、ひどく怯えているのが気配でわかる。


『もう大丈夫ですよ』

 背中でそう語るには僕の年輪(・・)が足りてないから松葉杖で語ることにしよう。


松葉杖(これ)とおしゃべりしたい人はいますか!?」

「邪魔者はどかせ(・・・)!」

 予想通りの反応――その直後、暗殺者たちは一斉に殺す(・・)気配をまとった。


不定期更新です。

よろしくお願いいたします。


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