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34話「レファレンスですか?」

癒希がやり返す回の12話です。

よろしくお願いいたします。

「ほら! あたしがいたから大丈夫だったろ!?」

「それはさておき僕の左足に労いの言葉をかけてもらっていいですか!?」

 片足でぴょんぴょんと跳ね――させられ――ていた僕は図書館の少し手前で急ブレーキをかけた。思わず右足も使ってしまったけど、ディナさんが気付いた様子はない。彼女は本を読みたくて仕方ないらしく、図書館を見つめながらそわそわしている。


(大型犬の散歩みたいだ……飼ったことないけど。飼わなくてよかった。これからも飼わないことにしよう)

 未来のペット候補から大型犬を削除しつつ辺りを見回せば、相変わらず図書館は大賑わいだ。

 そしてみんなが楽しそうに本を読んでいる――ここでは読書というお薬(・・)が不健全な薬物を完全に締め出しているみたいだから、そういったものを扱う連中がつけ入る隙もないだろう。

 そもそも変な兆候があれば、あの人が気づかないはずがない――僕はベンチを並べている先生を見つめながら胸中で呟いた。その時。


「癒希! あたしはセンセーを手伝ってくるからレファースは後だ!」

「レファレンスですか?」

「そう、それだ!」

 僕が見つめる先に気付いたらしいディナさんが先生の方へ猛ダッシュで向かった。


(一緒に手伝いたいけど……)

 心のシェルターをがしゃんと閉められたのが昨日だ。さすがに気まずいからやめておこう。

 厳しい表情で一喝されるよりもチート図書館を見て回った方が効率的だって湯豆腐メンタルが囁いてるから、それに従うことにしよう。

 僕は立ち読みに夢中な人たちの間を縫うように進み、図書館の中に入った。ざっと見回すと――天井が高いから見た目よりも広く感じる。そして本が詰め込まれた本棚が左右の壁にぎっしりと並べられていて、奥の方にある本棚は3メートルくらいの高さがある――高書架ってやつだろう。正面の壁際には貸出カウンターらしきものが設置されてるけど、今は無人だ。カウンターの上にはパソコンみたいなものまで置いてある。


(先生1人だけで切り盛りしてるから貸出はやってないのかな)

 もし僕がこのチート図書館の能力をもらっていたなら、絶対に運営の手伝いをしてくれる使い魔的なものを創れるように設定しただろう。または僕自身が図書館の中で分身できるとか。

 そうすれば貸し出しでも読書会でもなんでもござれだ――でも複数の矢木咬先生が働いてる光景を目にしていたら、僕の湯豆腐メンタルは焼き過ぎたすき焼き(・・・・)豆腐みたいになっていたかも知れない。


(先生が忍者漫画のファンじゃなかったことを喜ぼう)

 頬に浮き出た冷や汗なんか拭いつつ見下ろすと、床はてかてかしている。僕がいた世界の病院でお馴染みのリノリウムってやつだ。

 まさかと思って天井を見上げれば、いくつもの蛍光灯が無機質な光を放っている――本当に僕たちがいた世界の図書館を丸ごと再現してるらしい。

 そして蔵書もパソコンも蛍光灯も、この世界に存在しないはずのものだ。それらに囲まれて読書に熱中している人たちは、ある意味で怪異のお(なか)の中にいると言えるけど、そのおかげで薬物とは無縁なんだろう。つまりこのチート図書館は健全な怪異だからお祓いも盛り塩も必要ない。

 僕の脇にある本棚に“スペースシャトルの造り方”というタイトルの本が置いてあるけど……うん、まあ、オーバーテクノロジー問題は僕が関与すべき問題じゃないかな。これを読んだ人もすっげー(・・・・)と思うだけで、ロケット・エンジンを造ろうとは思わないだろう――僕は王水(おうすい)とかナパームの製法が書かれた本がないことを祈りつつ、左手を顎に触れさせた。


(薬物が蔓延してそうな場所ってどこだろう?)

 映画で観たスラム街を想像した――その時。


『いやははははは!』

 静寂であるべき読書の館に大きな笑い声が飛び込んできた。

 場にそぐわない真似をするのは怪異か悪い人(・・・)だって相場は決まってる――僕が駆け足で図書館の入口に向かうと、ベンチを並べていた先生の前に数人の男性が立っているのが見えた。

 恰幅のいい中年男性が先頭で、彼の後ろに若い男性が4人。装備からして警備兵だろう――でも彼らの近くにいた人たちが読書を中断して遠ざかっていく。


(警備兵は僕がいた世界での警察官だと思うけど、ここまで露骨に避けられるって……)

 読書の違反切符を切りに来たわけでもあるまいし、嫌な予感がする。

 僕の不安なんかに気付くはずもなく、中年男性は近距離にいる先生に大声を張り上げた。


「今日も大変な賑わいですな!?」

「ログスさん……いえ、それほどでもありませんが」

「いえいえ! とても賑わってますぞ! だな、ジャック!?」

「もちろんす!」

 中年隊長(ログス)が強めの語気で叫ぶと、部下の1人が両手を後ろ腰にあてながら元気一杯の声で答えた。

 そして先生は微妙な顔をしている――あの人は文系タイプだから、こういう体育会系のノリが苦手なんだろう。相手が警備兵でなければ厳しい表情で眼鏡の位置を直したはずだ。国語の先生はやっぱりこういうノリが苦手らしく、微妙な声音で訊いた。

不定期更新です。

よろしくお願いいたします。


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