30話「ですよね! 旋風投げには気をつけようと――」
※仕事の年度末進行が始まった関係で更新頻度の低下が予想されます。ご了承ください。
「癒希さんは私たち家族の恩人です。困ったことがあったらいつでも当家にお越しください。ナッシュも喜びますから」
カテリーナさんは優しい声でそう言ってくれた。
本当に嬉しい――でもナッシュが僕に会って喜ぶ理由ってなんだろう。
『第2ラウンドだ! ひゃっはー!』
泥酔してなければ嬉々として襲いかかってはこないだろうし、そもそもカテリーナさんが飲酒を許すはずがない。まさか、杖で叩かれるのが病みつきになったとか――理由は思いつかないけど、しばらくはナッシュに会わない方が良さそうだ。
それはさておき、カテリーナさんが温かい笑みをオリアナさんに向けた。
「貴女もご一緒にいらしてくださいね」
「……はい」
オリアナさんは微妙な表情をしてしまったけど、想定内だったらしく、カテリーナさんは上品な笑みで受け流してくれた。
ナッシュが僕と対峙してるところを目撃したんだから、彼に対してマイナスの感情が残っていても仕方ない――絞殺寸前まで痛めつけられたナッシュにしてみれば、まだ足りないのかって感じだろうけど。
(ナッシュとは再来年くらいまで会わない方が良さそうだ)
もし曲がり角でばったりと会うことがあったら、首筋をチョップして気絶させる技を試してみよう。効かなかったとしても、僕に会えて喜んでくれるはずだ。
ナッシュへの対応を決めた時、目を伏せたハーティさんが軽く頭を下げつつ、控えめな声を発した。
「そろそろお時間ですので……」
「ええ」
カテリーナさんはうなずくと、スカートの両端を洗練された仕草でひょいっと持ち上げた。それから極上の笑顔が僕たちに向けられる――
「奇蹟の子と彼の従者に女神の祝福がありますように」
「は……はい……」
その笑顔は高価なドレスも華やかな装飾品も、そして凛々しい女性騎士すら付け合わせのパセリに見えてしまうほど煌びやかだった。
(これが貴婦人って呼ばれる人か……貴金属の貴は伊達じゃないなぁ)
僕は彼女の背中が見えなくなるまで呆然と――立ち尽くしている場合じゃないって戦いの勘が騒ぎ始めたから慌てて椅子に座った。それから、これでもかってくらい大げさに肩をすくめる――その先にいるのは呆然とさせる怪異じゃなくて、美しい唇を開きかけたオリアナさんだ。
僕に乙女心的な何かを言ってくる寸前だったんだろう。つまりセーフだ!
「いやあ、カテリーナさんって神出鬼没なんですね!? うかつに食べ歩きとかできませんよ」
「……そうですね。戦で磨かれた彼女の探知能力は脅威だと思います。腕力はそれ以上ですが」
「ですよね! 旋風投げには気をつけようと――」
「ところで、癒希様の世界では婚前交渉についてどういった倫理が一般的だったのでしょうか?」
アウトでした。
熱い抱擁と貴婦人に見惚れてた件の併せ技で乙女心はめらめらみたいだ。
その通りですよと言わんばかりに、オリアナさんは真剣な顔でじっと見つめてくる――婚前交渉っていうのは未成年お断りのあれのことで間違いない。
キャベツ畑で生まれたから分からないってごまかしは有効だろうか。コウノトリマークの宅急便の方がいいかもしれない――でもその前に正論で抵抗してみよう。
「お昼時のレストランでする質問じゃないと思うんですけど……」
夜のベッドでされても困るけど、とにかく答えるのは危険だ。女性遍歴が表紙しかない僕にだってそれくらいはわかる――神官戦士のお姉さんが知りたいのは、薬局で家族計画という名の責任を購入してからが一般的ですねとかそういうのじゃないはずだ。
(つまり僕が応じるのかどうかってこと……)
当惑が表情に出ていたのか、白金の眼差しがさらに熱くなったような気がする――それと同時、今まで出会ってきた女性たちの顔が頭の中に次々と浮かび上がってきた。
そして理解できない感情が盆踊りとヒップホップダンスを同時に踊り始める――
「こ、この通りって学生が多いんですね!? 学校とかあるんですか!?」
「え!? ええ……はい」
怪異じみた感情に耐え切れず、僕は窓の方を指差して叫んでいた。
他のお客さんや給仕の人たちが特に関心を向けてこないのは、僕たちが大貴族の知人だからか、変人だとでも思われてるからなのか――それは今はどうでもいい。熱い視線を頬っぺたにじりじりと感じながら、僕は唇を動かし続けた。
「えっと、身ぎれいな子供たちばっかりですね。豊かな町だからですか?」
「確かにメリーダは豊かですが……」
なんかオリアナさんのテンションがネズミの国のフリーフォールかってくらい急降下した気がする。
話をはぐらかされたから――じゃなくて、彼女の視線の先にいる子供がその理由だろう。どこか薄汚れた服を着た男の子。肩に掛けてる鞄もぼろぼろだ。悲しいけど、ファンタジー世界でも貧富の差は解消できないらしい。
「世界は平等ではありませんから……」
「……」
オリアナさんは辛そうな表情でそう続けた。
その格差をマラソンに例えるなら、スタートラインが200メートル後ろからの人もいれば、オートバイに乗った状態で始める人もいるってところだろう。配られた手札はいつだって不平等だ。でも――
「その、なんか、あの子……すっごくうきうきしてません?」
男の子の身なりは確かに貧しいけど、スキップでもしそうなすっげーいい笑顔をしてる。彼は軽い足取りで脇道に入った――その直後、本当にスキップを始めた。
人を幸せにする怪異が絶賛発生中なのかも知れない。そんなことを考えながらティーカップを手に取ると、オリアナさんが勢いよく立ち上がった。
「……人々を奇行に走らせる薬物が出回っていると聞いたことがあります。貧しい人々を中心にだそうです」
「え!? そういうのって取締りとかは――」
「もちろん厳しく行われているはずですが……」
オリアナさんが言うには、この町にもいわゆる盗賊ギルドっていうのがあって、著しく人々を害するものが他国から持ち込まれるのを防ぐ役割を担っているらしい。その代わり、行政は多少の悪事には目をつむる。
よくある設定だ――でも、その多少の悪事に薬物の流通は含まれていない。
「もしそれが盗賊ギルドの度を超えた悪事なら……」
「旋風投げの出番ということになります。彼を追いましょう」
「はい!」
僕たちは不健康な怪異に旋風投げを見舞うべく――会計を済ませてから――脇道に向かった。
不定期更新です。
よろしくお願いいたします。
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