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28話「……じゃ、血圧を測られる前に帰りましょうか」

癒希がやり返す回の7話です。

よろしくお願いいたします。

※イラスト提供→Azu様(旧Twitter @liteazu )

「次も負けません」

「その言葉を信じるぞ」

 アゾリアさんの瞳を見つめながらそう言うと、すっげー(・・・・)迫力のある笑みが返された。これは敗走中の敵を背後からの全軍突撃で一掃する時の笑顔ですね。やっつけられてしまいそうです。

 それはそれとして触診が続けられる――僕がいた世界ではゴム手袋とかをすることが多いはずだけど、アゾリアさんは素手だ。お姉さんの手がぺたぺたと触れてくる。 


(…………なんか……長くない……?)

 触診は妙に念入りっていうか、執拗なくらい続けられている。

 奇蹟の子(ぼく)相手だから当然と言えば当然なのかもしれないけど、肌から分かることってそんなにあります? 手のひらで超音波検査(エコー)ができるならアゾリアさんは“機械(マシーン)”タイプってことになるけど――


 ぴきっ!


「ん?」

 背後で変な音がした。その瞬間、アゾリアさんは僕の体から手を離して背もたれに体を預け、そして穏やかな苦笑を浮かべた。その先にいるのはオリアナさんだ。苦笑に応戦するような鋭い言葉が、僕の頬をかすめてアゾリアさんに飛んでいく。


「随分と念入りに診ていただけるのですね?」

「かりかりするな。肌が(いた)むわけでもないだろう?」

「……」

 疑問形と疑問形がぶつかった後、お姉さんとお姉さんの間に妙な空気が形成された。

 なにか気の利いたことでも言って場を和やかにしたいけど、大司祭様に鍛えられた戦闘用の勘が“それは絶対にやめておけ”と告げて来たから、消毒用アルコールの匂いを嗅ぎながら黙っておくことにしよう――そんな時、フレアさんが抱きしめたくなるほど可愛らしい仕草で右手を挙げた。妙な空気の影響は受けていないというか、気付いていないのかもしれない。お姫様バリアってやつかな。


「せっかくですので、触診の練習をさせていただいてもよろしいでしょうか? 癒希さんがお嫌でなければですけど……」

「許可しよう。構わないだろう、癒希?」

「え――あ、はい!」

「……」

 僕が答えさせられた(・・・・・)瞬間、オリアナさんの気配が2段階くらい強くなった。お怒りオーラってやつだろう。

 ここは時間がないとかアルコール臭で滅菌されそうなのでとか、適当にお断りするべきだった――それは分かっていたけど、アゾリアさんのにやりとした笑みに気圧されて、つい元気よく頷いてしまった。この人は人心操作術のベストセラー作家に違いない――フレアさんは中腰で僕への触診を始めた。


「ふふふ。どこか痛むところはありませんか?」

 オリアナさんのお怒りオーラで首筋がちくちくするくらいですね。

 それはそれとして、フレアさんは僕のお腹を素手であちこち触ってくる。彼女の体温と滑らかな感触――僕の頬っぺたはサクランボみたいに真っ赤になっているだろう。ふとフレアさんの顔を見つめると、彼女も頬を染めていた。おまけに近距離で目が合う。お日様(・・・)みたいな笑顔が少しずつ近づいてくる――


 めきっ!


「うわっ!?」

「きゃあっ!」

 唐突に僕のすぐ後ろで鈍い音がした。あえて説明するなら、金属製の背もたれを素手で歪ませた時のような音だった。

 そして僕の法衣はいつのまにか自由の身になっている。それらから連想される答えは――怖いから考えるのはやめておこう。


(ジーザス……)

 冷や汗を手の甲で拭っていると、アゾリアさんはなぜか楽しそうに笑った。それから椅子に座り直して腕を組む。


「さて、貴様の健康に問題はない。質問がないなら帰宅して構わんが――それとも泊まって精密検査を受けるか? フレアに助手をやらせよう」

「まあ! 癒希さん、ぜひ泊まっていってください!」

「でも――」

「申し訳ありませんが、癒希様はそこまでの(いとま)を頂いておりません」

「えっ!?」

 僕はオリアナさんに背後から抱き上げられて、そのままお姫様抱っこをされてしまった。

 楽しそうなアゾリアさん。残念そうなフレアさん。2人を普段より少しだけ高い位置から見下ろしていると、視界の端でオリアナさんが美しい眉を少しだけひそめた。視線をそっちに向けると彼女の顔は少し赤い――割とお怒りみたいだ。


「……じゃ、血圧を測られる前に帰りましょうか」

「それは名案ですね。では」 

 オリアナさんは僕を抱えたままドアへと向かった。

 このまま廊下を歩くのは恥ずかしいけど、下ろしてもらうのは難しいだろう。

 僕はお姫様抱っこされたまま診療室を後に――する直前、アゾリアさんが僕の方に顔を向けてきた。穏やかだけど、真剣さが伝わってくる声だ。


「貴様とは戦場を共にした間柄……戦友と呼べる。なにかあったらいつでも来るがいい」

 聞き慣れない単語に思考が一瞬だけフリーズしてしまった。

 部下でも訓練生でもない立場――戦友。それは指揮官(アゾリアさん)の隣に立っているってことだ。彼女にとっては最大限の賛辞に違いない。すごく嬉しい。


「ふふふ。今度はゆっくりとお茶を飲みましょうね」

「はい!」

 僕は2人に心からの笑顔を返した――それはさておき、オリアナさんは病院を出るまで僕をおろしてくれなかった。


不定期更新です。

よろしくお願いいたします。

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