18話「こういう人のことを騎士って呼ぶんですよ!」☆
癒希が気合を見せる回の第7話です。
よろしくお願い致します。
『癒希! もうお逃げなさい!』
気持ちは嬉しいんですけど、このタイミングで!?
僕は思わず前のめりにコケそうに――
「うるさいのだよ、君ィッ!」
「はあっ!?」
コケそうになった時、フレアさんに向けて土砂の散弾が抉り放たれた。そこそこの距離はあるけど、清楚で可憐な女の子は防御する手段をもってない。
「あ――!」
盾も鎧もない女の子に散弾が襲いかかる――寸前、侍女のみんなが身を挺してフレアさんを庇ってくれた。でも彼女たちが着ている法衣に大した防御力はない。僕がいた世界には肌着みたいな極薄防弾チョッキがあるけど、こっちに耐弾繊維はないはずだ。
『きゃあああっ!?』
「しっかりしろ!」
侍女のみんなはまとめてなぎ倒されてしまった。アゾリアさんが携帯用の救急箱みたいので救護を始めたけど、全員分の薬はないだろう。おまけにゴンザロスは重鎚を思いっきり振り上げた。衝撃波を撃つ気だ。つまりたくさんの人が死ぬ――
「決闘者に『逃げろ』などと! 万死ものだがね、君ィッ!」
「お・ま・え・は――!」
僕は感情的になるタイプじゃないけど、もう限界だ。ダンプカーがあったらアクセル全開で異世界送りにしていただろう。
この世界に曜日っていう概念があるかはわからないけど、今日は水曜――ゴミの日だ!
「いい加減にしろ、卑怯者!」
「……」
ゴンザロスは重鎚を振り上げたまま顔だけを僕の方に向けてきた。分厚い兜の奥で獣みたいな眼光がぎらりと光る。
そして黒鎧兵たちが揃って震え始めた。激怒のゴミ騎士ゴンザロスはそれほど恐ろしい存在なんだろう――堪忍袋の緒がずたずただから僕の口は止まらない。
「カァムさんにビビったから奇襲したんでしょっ!? でなきゃ正々堂々と戦ったはずです!」
「逃げ回るだけの鶏が! 騎士である私を卑怯者と罵ったのかね!?」
「ゴミならゴミって認めろ! そういうところが卑怯者なんですよ!」
「――貴様ああああああああッァ!」
ゴンザロスはヒステリックに叫びながら、超重鎧にまで錬怒をまとわせた。こいつの騎士ヅラはもう剥がれただろう。つまりブチギレモードってやつ。
対する僕はアクセル全開で鬱憤を晴らしたから割と冷静だ。
(計画通りってわけじゃないけど――これなら狙える!)
冷静さを失った直情脳筋が次に繰り出してくるのは絶対にフルパワーの一撃だ。放った後には大きな隙ができる。
それを突けば勝てる――絶対に勝ってみせる!
「超・紅蓮鋼!」
ゴンザロスはやっぱり真正面から突っ込んで来た。地面を焼き焦がしながら突っ込んで来る鉄塊。
足元にワイヤーでも張ってあれば面白かったのに――そんなことは考えてない。だから僕も真正面から突っ込んだ。当然だけど、リーチで勝るゴンザロスが先に標的を射程に捉えた。
「融け消えてしまい給えよ、君ィッ!」
両手で思いっきり振り上げられた重鎚。それがまとう紅蓮の炎がさらに輝きを増した。空気を圧し潰しながら襲い掛かって来る。
(もう逃げない! でも――)
搦め手を使う。
僕は人間だから頭を使って当然だ。
かっ!
「ぬあああ!?」
僕を睨みつけていた獣はヒールの輝きによって強制的に視界を閉ざされた。
対象を見失った超威力の重鎚は、それでも地面をとんでもない規模で破壊したけど、全力で跳躍した僕には届かない。
宙にいれば地震は無効――ゲームでお馴染みだけど、こっちの世界でもありみたいだ。
それはともかく、僕は重鎚を地面にめり込ませたままのゴンザロス。彼の頭上で思いっきり戦杖を振り上げた。
(大技後の硬直は格ゲーでもお馴染みだ!)
これならいける。狙う先はゴンザロスの頭部。分厚い兜に守られていても――
「ぬええええええいっ!」
「え!?」
勝機を捉えた瞬間、ゴンザロスが重鎚を豪快に振り上げた。突風が吹き荒れて僕はバランスを崩してしまい、さらにゴンザロスの方へと引き寄せられていく。
(超重量の物を振り上げたから吹き戻しが発生した――発生させた!?)
物理的な偶然じゃなくて狙ってやったんだとしたら、馬鹿力にもほどがある。
やっぱりでこぴんで人を殺せる惑星の出身だ――そんなことより、体勢を崩された上にゴンザロスのターンは続く。飛べない僕は宙にいるから逃げようがない。地面に足を突く前に粉々にされてしまうだろう。僕の負けだ――
「鶏は飛べんのだよ、君ぃっ!」
「――!」
違う。まだ負けてない。こいつの頭を一撃できれば勝つ可能性はある。
鶏だって構わない。跳べるってところを見せてやる!
「負けるかああああああああ!」
僕は渾身の力を込めて戦杖を振りかぶった。
リーチの差は歴然。でも諦めない。カァムさんがそこにいるのに諦めてたまるか――
「雄叫びも貧相なのだね、君――なあああっ!?」
その時、重鎚が一気に速度を失った。
よく見れば、兜の目庇に白い羽根が張り付いている――カァムさんの羽根飾りだ。吹き戻しで僕の髪から外れたんだろう。それで視界が塞がれて慌てたってことだ。
カァムさんはやっぱりそこにいる。きっと人当たりの良い笑みで肩を竦めているんだろう。いなくなってしまっても守ってくれる。
「こういう人のことを騎士って呼ぶんですよ!」
「ええい!」
ゴミは声を頼りに重鎚を振り抜いてきたけど、超重量の武器を瞬時に再加速なんて重力が許さない。
僕は鈍い重鎚を足場にして高く跳んだ。高空で身を翻して狙いを定め、一直線に獲物へと襲い掛かる――ゴンザロスはまだ羽根を除去できていない。カァムさんはよっぽど怒ってるみたいだ。なら代わりに叫ばせてもらおう。
「シャアアアッ!」
「おのれえええええ!」
やっと羽根を取り除いたらしいゴンザロスが僕の方を向いた。それから超重量級の武器を振りかぶる――でも戦杖はお前を射程に捉えてる。そして僕の方が早い。
「理不尽ストライクだ!」
「げべっ!?」
戦杖が猛烈な勢いでゴンザロスの兜を直撃した。
加速度特盛で両手持ち、さらに重力の流れに乗って、標的を芯で捉えた超重撃――
そしてティアラ騎士団第6後送医療拠点は静寂に包まれた。誰も言葉を発しないのは、小柄な子供に一撃されただけのゴンザロスが微動だにしないのが理解できないからなんだろう――もちろんそれには理由がある。
ホーリー・マスターにはクリティカル・ヒットっていうシステムがあるんだけど、一般的なゲームのそれと異なって、発生すると職業ごとに固有のボーナスが付加されるっていうものだ。
そして治癒術士のクリティカル・ヒットは――防御力を無視する。
どれだけ分厚い鎧をまとっていたところで無意味。それをまとうのにどれだけの訓練を積んだかなんてお構いないし。筋肉自慢の大男が貧相な子供に一撃されてノックアウト。インターネットでは理不尽ストライクって呼ばれてる。
どしゃあっ!
『隊長ぉおおおっ!?』
「これが理不尽ってやつですよ!」
勝鬨を上げた後、僕はゴンザロスの腹の上に飛び乗った。目的はみんなを守ることだ。ゴンザロスを倒したけど黒鎧兵たちに囲まれてお終いなんてオチじゃない――僕は30人くらいの黒鎧兵たちを見回しながら叫んだ。
「両手を頭の上にのせて膝をついてください! でなきゃこいつの隣に並べてやる!」
『役に立たねぇゴンザ野郎め!』
『あのガキ始末した後でヤっちまおうっす!』
なんか……部下に恵まれたね、ゴンザロス。
それはそうと、黒鎧兵たちは一斉に襲い掛かって来た。目的のために僕が狙ってたのは“こいつらをまとめてぶっ飛ばす”こと。
つまりこの瞬間だ――ゴンザロスから飛び降りつつ、戦杖を両手で天に突き出した。報いを受けろ。
「血は枯れ果て、肉は朽ちた! されど魂は滅びず! 倒れし盟友たちの名に於いてこの手に奇蹟を! 平穏を乱す全ての者に神罰を!」
翻訳すると――お前ら全員ぶっ飛ばしてやる!
「シャイニング・レイジ!」
これはいわゆるゲージ技ってやつだ。
ダメージを受けたり、クリティカル・ヒットを決めるとゲージが溜まっていって、全キャラクターを通じて1ステージで1回だけ使える最終奥義。
これも職業ごとに色々な種類があるんだけど、例によって治癒術士の最終奥義は防御力を無視する。しかも広範囲爆破。威力自体は控えめだから、ゴンザロスは倒せなかっただろう――でも黒鎧兵たちを蹴散らすには充分だ。覚えてるかな?
きゅぼっ!
『な――!?』
『ひいいい――っ!?』
「フレア様をお守りし――きゃああああっ!」
僕を中心に炸裂した純白の大爆発は黒鎧兵たちだけでなく、アゾリアさんやフレアさんたちまで巻き込んだ。
さらに敷地のなにもかもが破壊の白に呑み込まれて消えていく――まあ仕方ないよね。僕だって殺されかけたんだからさ。もちろん術者である僕はノーダメージだから安心だ。吹き荒ぶ余波も爽やかな微風と変わらない。
「……必要な犠牲ってやつだよね」
うんうんと頷いている間に最終奥義はおさまった。
僕が辺りを見回すと、教会は倒壊してるし、司令塔はあらゆる窓が割れている――医療拠点はそれ自体に医療が必要なほどにぼろぼろだ。
そして黒鎧兵たちは揉みくちゃになって倒れ伏してる――ちょっと腕とか足が危ない感じに曲がってる人がいるけど、貧相な僕が2段階右折の痛みに耐えたんだから我慢して欲しい。
そしてみんなは――
「これは奇蹟なのか……」
「ご無事ですか!?」
「はい……」
もちろん無傷だ。
ホーリー・マスターに味方撃ちはない。
地形破壊効果はあるから色々と破損したけど、それは必要な犠牲だ。とんでもなく冷や汗をかいてたり、びっくりして硬直してる人もいるけど、笑って済ませて欲しい。
壊滅状態の医療拠点を見回して絶句したアゾリアさんには扇子でも片手に微笑んで頂きたい。僕が扇いでも構わないけど、扇子は持ってない――だから彼女に向けて微笑んだ。
不定期更新です。
よろしくお願いいたします。