17話「重力さん仕事してください――うわあああっ!?」
癒希が気合を見せる回の第6話です。
よろしくお願い致します。
「木っ端微塵にして拾い集めてあげようかね、君ィッ!」
「……!」
重鎚を包み込んだ輝きが炎みたいに燃え盛ってる。
これもマンガとかでよく見る技だけど、ゴンザロスのが具体的にどういう能力なのかまでは分からない――
『それは錬怒だ! 使い手の性格が反映される――鎚が爆発すると思え!』
「あ、ありがとうございます! サー!」
反射的に叫んじゃったけど“サー”は男性に対する敬称だったはず。そもそもこの世界の言葉でもない。後で訊かれたら端的なアドバイスでしたとか適当にごまかそう。
それはそうと直情的な性格が反映されるなら輝きを飛ばすみたいな搦手はないだろう――その分、威力はやばそうだけど。
(当たらなければどうってことないよね!)
回避重視の戦い方を頭の中で組み立てていたら、ゴンザロスが何の前触れもなく筋肉を誇るようなポーズを取った。
透視のパッシブスキルはもってないから重鎧の中は見えないけど、もし見えてたら歩く公害ってやつだろう。僕の嫌そうな視線になんか気づかず、迷惑脳筋は続けるらしい。
「付け加えさせてもらうがね! 錬怒は優れた筋肉がなければ習得不能なのだよ、君ぃっ!」
『くううっ! 貧相なガキには絶対に無理ってことですね!』
『今日も筋肉が蠢いてるんすね!』
貧相で悪かったね――ていうか、2番目のは馬鹿にしてないかな?
それはそうと、なんとなくフレアさんや侍女のみんなの方を見やれば、彼女たちは揃って半眼をゴンザロスに向けていた。表情を言葉に変換するなら“早々にやめるか消滅して”だろう。ポーズだけでも不愉快ってことか――僕も同じ意見だ。
肉体美の概念は理解できるけど、ゴンザロスの場合は人間性がゴミだから嫌悪感しかない。鎧を着た公害です。知性と品性を失ってはいけないっていう見本としてならありかも――いや、ないな。
身長という数字だけなら羨ましい。そんなことを考えてたら、ゴンザロスがびしりと人差し指を向けてきた。シェイクされた炭酸飲料みたいに嫌悪感がぶくぶくと泡立つのを感じる。指が2段階右折しちゃえばいいのに。
「ちなみに大帝国では兵役が義務なのだがね……君のような者は免除されるのだよ! なぜだか分かるかね!?」
「脳に筋肉が蔓延ってない人が貴重だからでしょ?」
「違あああう! ヒヨコは育てても鶏にしかならないからなのだよ、君ぃっ!」
「今日から卵を食べないでくださいね!」
全世界の鶏さんに失礼な言動の後、ゴンザロスは真正面から突っ込んできた。
僕も戦杖を構えたけど、分厚い鎧に守られてるためか、カウンターのことなんか考えずに右手の重鎚を思いっきり振り上げてる。回避ついでに脇腹あたりを一撃してみよう――でもゴンザロスの左手が妙な動きをしてる。
「ぬはぁっ!」
予想通り、それなりの速さで左拳が突き出された。
脳筋で公害でも隊長だ。不意を突く程度の知恵はあるんだろう。
僕は右に飛んで回避しつつ、ゴンザロスの脇腹に戦杖を叩き込んだけど――ゴンザロスは欠片も怯むことなく、体を僕の方に向けながら重鎚を振り下ろしてきた。
きゅぼっ!
「えええええ!?」
地面に重鎚がめり込んだ瞬間、赤い光がそこら中から吹き出して僕がいた辺りは爆砕された。
咄嗟にゴンザロスの斜め後ろにダイブしたから怪我はしてないけど、飛び散った土砂で頬が少し切れたみたいだ。傷自体は大したことない。でも冷たい感触が背筋を伝う――僕が慌てて飛び退くと、ゴンザロスは背中を見せたまま笑い始めた。
「せっかく背後をとったというのに攻撃してこないのかね?」
「……」
安い挑発にもほどがある。
ゴンザロスが120秒間動かないっていう確約があるなら喜んで法衣の袖をまくるけど、そうじゃないからこうして距離を保ってる。僕はさっきの3回転半を忘れてない。
「ふむ、背後からは卑怯だということかね? まったく……騎士ヅラしている余裕があるのかね、神官君ッ!?」
「そっちこそ誘い込もうとしてたくせに騎士ヅラしないでくださいよ!」
いきなり繰り出されたのは、素早い振り向きからのゴルフスイングだった。
ただし、地面を思いっきり抉ってるから、飛んできたのはゴルフボールじゃなくて大量の土や石――
ががががんっ!
(まるで散弾銃だ!)
この手の攻撃は予想していたけど、いくらなんでも激しすぎる。
銀鋼製の杖がなかったらこれだけで殺されていたかも知れない。それくらいの火力だ。あと1メートルでもゴンザロスとの距離が近かったらと思うとぞっとする。
『癒希!』
「え!?」
戦杖を振るっていたら、切羽詰まったような声が飛んで来た。反射的に目の焦点をゴンザロスに合わせようとしたけど、そこには誰もいない。
そしてとんでもない圧力が頭上から降ってくる――僕は振動する杖を握りしめながら、反射的に身を投げ出していた。洒落にならないほどの近距離を重鎚が通過していく――
びきっ!
重鎚が左足を掠めたみたいだ。
声のおかげで杖装備スキルが教えてくれるよりも早く回避できたけど、左足がめちゃくちゃ痛い! 着地なんかできる状態じゃない。そうかと言って地面を転がろうものなら、追撃で殺される。
「くっ!」
僕は戦杖を地面に突き立てることで、なんとか倒れ込まずに済んだ。それからゴンザロスを涙目で注視したまま左足だけにヒールをかけた。
法衣の下だから見えないだろう――奇蹟の回復スキルをもっているとバレたら黒鎧兵たちに拘束を指示するかも知れない。この状況でみんなを守るにはゴンザロスとの決闘じゃないと困る。
それはそうとオリアナさんの時と同じように、怪我の状態が頭に入ってきた。
(左足が2段階右折してる!?)
掠っただけでここまで骨がめちゃくちゃになるなんて冗談としか思えない。でこぴんで人を殺せる惑星の出身ですか!?
奇蹟の力で完治したけど、これ以上喰らうとトラウマになりかねない――でもゴンザロスは大きく身をかがめた後、重力に逆らって高く跳んだ。
「ふぬおおおー!」
「着地で膝が折れちゃえばいいのに!」
僕は跳躍したゴンザロスの真下をスライディング気味に駆け抜けた。
真後ろにいれば土砂散弾を回避しやすくなるはずだ――
ごっ!
「甘すぎるのだよ! 砂糖かね、君ィッ!?」
「えっ!?」
ゴンザロスは着地する直前に地面を僕の方へ抉り飛ばしてきた。
立ち上がる前だったから伏せてやり過ごせたけど、よっぽど重力が嫌いらしいゴンザロスは再び高く跳んだ。
どごっ!
「重力さん仕事してください――うわあああっ!?」
『相手は貧相なガキなんですから、手加減してあげないと可哀想ですよ!』
『でも厳しい躾は本人のためっすからねぇ!』
上司がアレなら部下もアレだ。覚えてろと言いたいけど、今はそんな余裕がない。
飛び掛かり攻撃と土砂散弾の組み合わせ。攻撃方法が杖だけの僕は回避で精一杯だ。幸いにも杖装備スキルでスタミナが補強されてるらしいから回避はできる。それにしても屋外の戦闘で良かった。
狭い空間だったらとっくに倒されていただろう――冷や汗を袖で拭いた時、僕は気付いた。
(……ゴンザロスは司令塔から出て来た。カァムさんがそこにいたからだ)
司令塔は病棟も兼ねてるけど、柔道場ほど広くはないだろう。
素早さと跳躍力で戦うカァムさんはいわゆるスピード型で、狭い空間での戦闘はとんでもなく不利だ。そこに机や椅子なんかがあったら、障害物競走をしながら戦うようなものだろう。
対してゴンザロスみたいな超重装備の職業にとっては、正面からの打ち合いに持ち込みやすくなるから有利と言える。そもそも4か所の兵舎を爆破するに足る火薬まで持参してきたからには、アドリブ込みのぶっつけ本番で攻め込んできたはずがない。
(ゴンザロスたちは綿密な計画を立てた上で攻め込んできたんだ)
拠点のスケジュールや警備体制を分析して、そして“戦鳥”のカァムさんをどうやって倒すかをしっかりと考えた上で実行した。正々堂々の攻略戦だったら智将と称えられたかも知れない。でもこれは条約違反で、さらに奇襲。正々堂々――騎士道ってやつの真逆に位置する行為だ。
卑怯。下劣。フェアじゃない。そんなことを考えながら、僕は思いっきり宙に舞い上げられていた。
何度目かは分からないけど、おかげで受け身は上手くなった気がする。痛くないわけじゃないけど。
どさっ!
「痛いな、もう!」
「これはすまんね! 鶏は飛べんのを忘れていたのだよ、君ぃっ!」
僕は素早く立ち上がりつつ、戦杖を構えた。
次はどっちに回避しようなんて視線で辺りを探ったけど、ゴンザロスは襲ってこない。
さすがに息が上がったんだろう――今度はこっちのターンってことだ。誘いかも知れないから注意は必要だけど、耐久イベントじゃないから攻めないことには倒せない。
そして僕の狙いに気付いている人はこの世界にいないはずだから勝機はある。
ヒールもバレてないからまだまだやれる――強めの1歩を踏み出そうとした時、フレアさんが侍女のみんなを押しのけて前に出た。
次回更新は
24年07月21日の午前中を予定させて頂いております。
よろしくお願いいたします。