17話「はああああああああああああああああああああああっ!?」
癒希が気合を見せる回の第5話です。
よろしくお願い致します。
「癒希よ、いいか?」
15歳に相応しくないレベルでうなだれていたら、アゾリアさんが肩に手を置いてきた。
励ましてくれるのかな――ちょっと期待した瞬間、軍医さんの手が僕の肩にめり込んだ。
めきっ!
まあそうですよね。励ましてくれるわけないって知ってました。悟りとか開けそうです。
僕の心に空虚な風が吹いてることになんて気づかず――いや、気付いてるんだろうけど、怖いお姉さんは顔を近づけてきて、さらに微笑んだ。
「フレアになにかしたらどうなるか分かってるな?」
「……長々と苦しめられるんですよね?」
「私は医者だ。あれを除去する手術もできるとだけ言っておこう」
「うそでしょ!?」
『――!』
女の人を押し倒すなんて絶対にしない――けど、もしそんなことをしようものなら、アゾリアさんは容赦なく切る。そう確信させられる微笑みだ。心の底から悲鳴を上げてしまっても仕方ないと思う。
そしてアゾリアさんの言葉に警戒感を増したらしく、侍女の皆様がすごい勢いで殺気を燃え上がらせた。
グルツの時、子猫みたいに身を震わせてたのは油断を誘う演技だったんだろうか――とにかく、このままだと襲われるのは僕だ。教会で寝るのは絶対に無理!
「えっと! ヴァレッサさんかオリアナさんにここで寝てもらうようにお願いしますから、僕は馬車で寝ます!」
仕事を押し付けるようで申し訳ないけど、そうしないと永眠する羽目になる。
(それは壮絶に困るんですよ!?)
僕の覚悟が伝わったのか、アゾリアさんはやれやれと嘆息した。
譲歩してくれるのかな――
「神官戦士たちは先ほどメリーダに帰ったぞ」
「はああああああああああああああああああああああっ!?」
あり得ない――と思ったけど、アゾリアさんは冗談を言うタイプじゃないから事実だろう。
もちろん1週間したら迎えに来てくれるんだろうけど、その1週間は僕にとってマリアナ海溝の底みたいなもので、たどり着くのは不可能だ。しかも置き去りに近い。ショックだ。
灰になりかけてる僕に対して、アゾリアさんは淡々と続ける。
「ルイ大帝国とは医療拠点不可侵の条約が結ばれている。その上、戦闘隊長は“戦鳥”カァムだ。野犬から怪物まで近づこうとすらしない。蚊や蜘蛛くらいは侵入してくるが……そいつらが襲ってきたらスリッパの使用を許可しよう」
それから励ますように僕の頭を撫でてきた。
手つきが妙に優しいのは――最後通牒ってことだろう。
『わがままはそのくらいにしておけ』
こういう意味だ。平手が飛んで来る前にうなずくしかない――でも味方がいない状況でこのステージをクリアできるわけがない。
口から魂が抜けてしまいそうなほどに絶望してたら、フレアさんが僕の方を向いた。雨に濡れた子犬を見るような笑顔だ。絶望の淵から見ると女神様に見える。
「癒希、その……辛いかも知れませんが、がんばりましょう」
「は、はい! よろしくお願いします……」
僕が頷くと、フレアさんは微笑んでくれた。この人は味方だ。やっぱり優しい。
どこかのゲス女神も見習って欲しいくらいだ――
ずがん!
「うわっ!?」
小さな希望に感動してたら、とんでもない爆音が轟いた。
僕やフレアさんたちは思わず身をかがめてしまったけど、アゾリアさんは素早く窓を開け放ってそこから飛び降りた。
ここは3階ですけど――軍人にとっては3階と玄関は同じ意味らしい。それはそうと、なにか問題が起きたのは間違いない。それならヒールの出番があるはずだ。
僕はベッドに立てかけておいた戦杖を片手に、急いで階段へ向かった。
「どこへいくのですか!?」
「ちょっと様子を見てきます」
フレアさんが血相を変えて呼び止めて来たけど、大雨でも台風でもないから死亡フラグは立ってない。
それにカァムさんはすごく強いから、怪物が襲って来たんだとしても簡単にやられはしないだろう。あの人を僕のヒールで支援できれば、ラスボスでさえ勘弁してくれって顔になる。さらに防衛の兵士が100人もいるんだから、ハッピーエンドは確実だ。
「だからフレアさんたちはここにいてください」
「癒希! 行ってはいけません!」
『彼らに任せましょう!』
フレアさんは顔を真っ赤にして制止の声を張り上げた。
なにか妙だ――けど、早くカァムさんたちを支援しないとまずいことになるかもしれない。
「任されました!」
「癒希!?」
僕はフレアさんに軽く手を振ってから階段を駆け下りた。
・
・
「うそでしょっ!?」
教会から外に出た僕が見たのは、ことごとく崩れ去った兵舎だった。
一網打尽にされないよう、四隅にそれぞれ建てられた兵舎が爆破でもされたみたいに瓦礫の山になっている。強烈に火薬の匂いがするから、実際に爆破されたんだろう――石造りの4階建てが破砕されるなんてどれだけの火薬を使ったのか。
そして敷地南端に建っている司令塔の前には、軍服を着た人たちが両手を頭の上に置いた状態で両膝をつかされていた。映画とかでよく見たことがある――アゾリアさんはそんな光景を敷地の中央から身を震わせながら見つめている。
「アゾリアさん!」
駆け寄って肩に触れてみたけど、彼女の顔面は蒼白で目の焦点も合ってない。
怯えとか戦意喪失とは違う気がする。過去のトラウマと同じ経験をするとこうなってしまうってなにかで読んだことがあるけど――それより、さっきから戦杖が震えっぱなしだ。ここにいるのは絶対にまずい。
『君が指揮官かね?』
「……!」
ほら、やっぱりまずかった。僕は戦杖を構えつつ声の方を見据えた。
司令塔の扉がゆっくりと内側から開かれていく――地面をずしんずしんとへこませながら出てきたのは鉄塊だった。
身の丈は2メートル超えで、フルプレート・アーマーを特盛で注文したような黒い鉄塊――でも鎧を着た人間だって確信できる。
『ゴンザロス様! 全施設の制圧完了であります!』
『よろしい! さて……改めて訊くが、いいかね?』
僕とアゾリアさんを取り囲んだ連中が着ている黒の重鎧は形状が統一されていて、そして彼らの鎧に刻まれた紋章と同じものが鉄塊の兜に刻まれているからだ。装備が統一されていて、さらに共通の紋章――こいつらは軍隊だ。
「君が彼の指揮官かね?」
「――!」
「うそでしょっ!?」
嘲笑うような声。それと同時にゴンザロスが放ったのは、ところどころが血に染まった白い羽飾りだった。
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