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16話「あの、そろそろ帰っていいですか?」

癒希が気合を見せる回の第5話です。

よろしくお願い致します。

「カァム……!」

「うっそでしょ!?」

 地面にひらりと舞った白い羽根飾りは、間違いなくカァムさんのものだ。

 そしてカァムさんと戦ったはずのゴンザロスに負傷した様子はない。

 こいつはどれだけ強いっていうんだろう――僕とアゾリアさんが絶句したから興が乗ったのか、ゴンザロスは重鎚の()を地面に叩きつけた。


「ふははははっ! 戦鳥のカァムも“歩行要塞”たる我の前には雀も同じということよ!」

「……」

 あの人を無傷で倒したなら確かにそう(・・)言えるのかも知れないけど、でも認めたくない。

 カァムさんがこんな奴に倒されたなんて――軋むほど奥歯を噛み締めた時、教会の方からフレアさんたちが10人くらいの黒鎧兵に連行されてきた。

 侍女のみんなは守るようにフレアさんを囲んでいるけど、スカートの中から尖った何かを取り出す気配はない。戦う訓練を受けた彼女たちは相手の強さを感じ取れるんだろう。つまり勝ち目はないってことだ。

 そんなことを考えている間に、フレアさんたちも司令塔の前に座らされた。そしてゴンザロスは両手を胸の前で組むと、鷹揚に頷いた。


戦人(いくさびと)でない者たちに降伏などさせては騎士の名折れというもの。楽にしてくれ給えよ」

『さっすがゴンザロス様!』

『その優しさがあってこそ騎士ってもんですぜ!』

 大人の世界ではこういうのをよいしょ(・・・・)って呼ぶんだっけ? あからさまなお世辞って嫌味に感じるから、言うのも言われるのも苦手だ。

 教会に就職(・・)した僕だけど、これを強制されるんだとしたらちょっと嫌だ――そんなことより、アゾリアさんがゴンザロスに人差し指をびしりと突きつけた。気概を見せてくれそうだけど、この状況では危ない。いつでも助けに入れるようにしておかないと――


「貴殿らはルイ大帝国の兵に相違ないか?」

「もちろんである! 我が額に輝く双斧の紋章こそ、その証!」

「ならば貴様らの行動は明らかに条約違反だ。即刻の退去を要求する」

 張り詰めた空気の中、僕は“上司に言ってはいけないこと”を扱ったテレビ番組のことを思い出していた。内容はバラエティ寄りだったけど、一番言ってはいけないことは“正論”という結論(オチ)だった。

 自分より地位が上の人に正論で殴りかかる(・・・・・)と、怒ってごまかされるからなんだってさ。

 ブラックジョークみたいだけど、的外れでもないかなって思う。そしてこれは地位だけじゃなくて戦力差にも当てはまるらしい――ゴンザロスが重鎚を振り上げたから!


 ごっ!


「これは失敬! 間違いだったなら謝るが……誇り高き騎士である私を無法者呼ばわりしたのではないかね?」

「貴様……!」

 アゾリアさんは横から押し倒された状態でゴンザロスを睨みつけた。

 僕の顔が胸にめり込んでるのには気づいてないみたいだ――この人もかなりある(・・)。もちろん故意ではありません。

 それはそれとして、ゴンザロスは太くて大きな人差し指をアゾリアさんに向けた。

 

「発言には気をつけてくれ給えよ、君ぃっ!」

『侮辱されても殺さないなんて、さすが!』

『そういうところが尊敬できるんすよ!』

「くっ……!」

 炎の吐息(ファイア・ブレス)でも吐き出しそうな顔でアゾリアさんがゴンザロスを睨みつけた――けど、仮にできたとしてもあの超重鎧には効かないだろう。もちろん正論で殴り倒せる(・・・・・)相手でもない。


(目的が何にしろ、ゴンザロスはこの状況を楽しんでる……)

 圧倒的に有利な状況で弄ぶ。嫌な人間だ。ルイ大帝国の騎士って性格がゴミじゃないとなれないのかも知れない。あっちに叩き込まれなくて良かった。

 それにしても、嫌悪感で相手をぶっ飛ばせる能力にしなかったのが心の底から悔やまれる――


 どすっ!


 ゲス女神の顔を思い浮かべながらアゾリアさんに手を貸した時、ゴンザロスが投げ放った何かが僕たちの足元に突き刺さった。それは見覚えのある剣――カァムさんの剣だ。


(まさか……!)

 ゴンザロスが次に言うことが直感できた。もし正解だったら性格がゴミにもほどがある。

 間違いだったら体を90度曲げて謝ってもいい――けど、ゴミ騎士は僕の身長ほどもある重鎚を構えた。


「貴様らに起きたことが理不尽だと思っているのではないかね? ならば、それを払拭する機会を与えよう。さあ、正々堂々と戦おうではないか!」

「ちょ――!」

 正解のチャイムが16ビートを刻むくらいの大正解。僕は思わず声を引きつらせてしまった。

 条約違反の上に奇襲まで仕掛けてきて、とどめに戦闘タイプじゃないアゾリアさんに決闘を挑んで正々堂々!? 正真正銘のゴミだ。

 親の顔が見てみたい――この黒い粗大ゴミが人から生まれたとは思えないから製造元(・・・)かな。

 それはともかく、どうしよう。 

 カァムさんや部下を殺された挙げ句に開き直られて、アゾリアさんは怒り心頭に発っしてる――今にも剣を抜いてしまいそうだ。そうなったらアゾリアさんまで殺されてしまう。

 そもそもこいつらはどうして攻め込んできたんだろう? 少数だから国境をすり抜けられたにしても、他の町やメリーダを占領するなんて不可能だ。

 この医療拠点に立てこもったところで、明日には大軍に囲まれて辞世の句を詠む羽目になるのに――脳のCPUをフル回転させていたら、アゾリアさんが剣に手を伸ばした。


(それはメスじゃありませんよ!)

 ゴンザロスの目的とか探りたいけど、こうなったらもう仕方がない。

 ホリマスのヒーラーは仲間の後ろでお祈り(・・・)する職業じゃないってところを見せる時だ。それと――本当の理不尽がどんなものかをゲス女神の名において教えてやる。

 僕はアゾリアさんの手を掴もうとした――その時。


『いい加減になさい!』

 やたらに響く声が張り上げられて、僕を含めた全員が声の方に振り向いた。

 視線が集中した先にはフレアさんがいる。いつの間にか立ち上がっていて、拳を怒りに震わせていた。

 怒った顔も可愛いけど、なんだか跪いてしまいそうな気品っていうか、貴い威圧感がある――フレア()は首飾りを外すと、それをゴンザロスに向けた。

 ゴミ人間抹殺ビームを期待したけど首飾りはなにも発しない――けど、ゴンザロスはなぜか思いっきりのけ反った。ゴミ人間心停止パルスだったのかな? ゴミ人間内臓消滅ウェーブでもいいけど、おくたばり(・・・・・)になる様子はないから全部はずれなんだろう。

 ゴンザロスはなにか不思議な力でも働いたみたいに、超重鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら震えてる――


「そ、それは大帝国の王族のみが所持を許される黒宝石ではないかね!? なぜそれを――」

「私がそうだからです!」

「なんだとおぅうううう!?」

 衝撃の事実ってやつが理由みたいだ。

 そしてアゾリアさんは目を見開いて絶句してる――神官見習いがルイ大帝国の王族だとは知らなかったんだろう。僕もどこかのお嬢様なんだろうとしか思ってなかったからびっくりだ。

 フレアさんはお姫様。ゴンザロスたちが襲ってきた理由(・・)は彼女で間違いない。それがわかって良かったと言えるけど――状況は何も変わってない。


『……』

 侍女のみんなは冷や汗を滝のように流してるからそれを分かってるんだろう。分かってないらしいフレアさんは続ける。 


「速やかにこの施設から撤退なさい!」

 凛々しい声での一喝。ゴンザロスとその部下たちは凍りついたみたいに動かない。

 そして中庭が沈黙に包まれた――直後、ゴミ騎士とその仲間たちは大声で笑い始めた。


「ふははははっ! 分かりませんかね!? 貴女がいると知っていたから来たのですよ!」

「えっ!?」

「私たちは貴女を連れ戻すために来たのです! 我ら精鋭重騎士中隊が暇つぶしに山賊どもの真似をしに来たとでも思ったのですかな? 世間知らずも大概にしませんと馬鹿を見ますぞ!」

「それでは……」

 フレアさんの顔から血の気が一気に引いた。

 からかわれたから――じゃなくて、自分が原因(・・)でカァムさんたちが殺されたんだと思ったんだろう。

 でもそれは間違いだ。女の子を1人連れ戻すだけなら、もっと穏便に遂行する方法がいくらでもある。カァムさんや多くの兵士が亡くなったのは、殺戮を選択したゴンザロスたちのせいに他ならない。だから責任を背負うのもこいつらだ。

 それを全力で手伝ってやる――僕は今まで読んできたマンガの中で、最もキツいキャラクターを思い浮かべた。

 他のキャラが何年もかけて習得したスキルをクッキーでも食べるみたいな手軽さで習得してしまうキャラクターだ。


『こんなの基礎だからできて当たり前ですよね。できないんですか? なんで!?』

 僕はイキがる性格じゃないし、こういう展開はすごく苦手なんだけど、みんなの命が懸かってるんだから謹んで演じさせて頂くことにしよう。

 最後は僕好みの展開にさせてもらうけど――そのためにはゴンザロスが冷静じゃだめだ。

 幸いにも、アゾリアさんとのやり取りでゴンザロスが扱いやすい性格だって判明してる。僕はさりげなくアゾリアさんをフレアさんたちの方に押しのけつつ、軽く手を上げた。


「あの、そろそろ帰っていいですか?」

『……』

 僕が退屈そうに言うと、ゴンザロスはあからさまな不機嫌オーラをまとった。やっぱり扱いやすさ抜群だ。

 掃除機だったらよかったのに――それはともかく、不機嫌な大人、または大人げない大人は全身で僕の方に振り向くと、重鎚をどすんと地面に叩きつけた。


「すまんのだがね! これは帰りの会ではないのだよ。くだらん口を挟むと……」

「土に還るって言うんでしょ?」

「土に還ることに――なんなのかね、君ぃっ!?」

 抜群どころじゃない。ゴンザロスはコードレスの掃除機並に扱いやすい性格だ。

 部下の連中はきっと仕事がしやすいんだろう――職場の雰囲気は良さそうだ。ちょっと見学してみたい。

 それはさておき、恥をかかされたゴンザロスは超重鎧の上からでもわかるくらいに顔を真赤にしてる。でも、まだ足りない。ネットゲームのヒーラー職が絶対にやらないくらいヘイトを稼ぐ必要がある。


「なにって……この法衣を見れば山賊だって僕の職業がわかりますよ。ゴンザロスさんって騎士のくせに知識が乏しいんですね。脳みそが筋肉に置き換わっちゃう病の末期ですか? お大事に」

「ぬううううううううわにか言ったかね!?」

『隊長!? 落ち着いてください!』

『ガキの戯言っすよ!』

 ゴンザロスは重鎚を両手で振り下ろして足元の地面を盛大に粉砕して見せた。

 後ろに飛び退いたから僕はノーダメージだけど、硬い地面にいくつもの深い亀裂が走ってる――まともに喰らったらヒールを使う暇すらなくばらばらにされるだろう。即死だ。

 正直な話、すごく怖い――ちょっと挫けそうになった時、目の高さに白い羽根がひらりと舞った。ゴンザロスの一撃で舞い上げられたんだろう。

 いなくなってしまったお兄さん。カァム戦闘隊長。あの人の遺品――僕は羽根飾りをそっと掴んで髪に付けた。

 似合ってるかは分からないけど、今はそこ(・・)にいて下さい。

 僕がしっかり戦えるように――


「病院では静かにしろって言ったんですよ! ゴミ野郎!」

「いいだろおおおおおおおおぉう! (わらべ)の躾けは大人の役目! しかと請け負ったがね、君ぃっ!」

 ゴンザロスが重鎚を前方の地面に叩きつけた。その衝撃波が地を這って向かってくる――マンガとかでよく見る技だから別に驚きはしないよ。

 僕は全速力でそれの脇を駆け抜けた――


 ずごんっ!


 その直後、後方でとんでもなく鈍い音が地面を揺らした。

 さっきの衝撃波が炸裂したんだろうけど、分厚いコンクリートの壁が倒れたような音――威力は考えないことにしよう。当たらなければ大丈夫って誰かが言ってた気がするし。

 僕は両足を動かしながら戦杖を両手で構えた。ついでにひと煽り(・・・・)しようかな。


「それ命中(あた)ったことあるんですか?」

「ぬうううっ!」

 ゴンザロスは重鎚を正面に振り下ろしたから、右腕は伸び切ってる。重鎚を引き戻すまではなにもできないだろう。

 チャンスだ――そう思った次の瞬間、ゴミ騎士は体を水平に回転させた。


 ぎゅがっ!


 地面を抉りながらの3回転半(トリプルアクセル)。精鋭とつくだけあって鉄塊をまとっていてもそこそこ機敏だ。

 僕は回転の中心――ゴンザロスの頭上で鼻孔を鳴らした。最初から簡単に倒せるとは思ってないし、それに僕よりは遅い。カァムさんより遥かに遅い。

 

 がぁんっ!

 

 ゴンザロスの背後に着地しがてら兜を一撃した――けど、ダメージは与えられなかったらしくて、無傷で振り向いてきた。勝ち誇られても嫌だから、ここでも煽っておくことにしよう。


「中身が(から)だといい音しますね!」

(いささ)か高級過ぎるものを決闘の銅鑼(ゴング)代わりにしてくれたものだね、君ィッ!」

 僕が中指だけを立てた左手を向けて言い放つと、ゴンザロスは重鎚を真っ赤に輝かせながら絶叫した。 


不定期更新です。

よろしくお願い致します。

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