幕間①赤い髪のアゾリア
気合を見せる回の幕間です。
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十数年も昔、ティアラ騎士団第6後送医療拠点は最前線のやや手前に位置していた。その数百メートル前方にある要塞からの重傷者を迅速に治療するためである。
当時は国境際でルイ大帝国との衝突が頻発していたものの、互いの医療拠点は攻撃しないという暗黙の掟が両陣営間に存在しており、見習いの軍医――15歳の子供が研修目的で配属されるほどの安全地帯だと認識されていた。
その見習いの名はアゾリア・バーンズ。白衣に着られてしまうほど幼い顔つき。印象的な赤い髪――そんな少女だった。
生真面目に輪をかけたような性格の彼女は治療のためなら寝食を忘れて働き、その経験を糧として医師の技量を確実に増していった。
そして配属から数カ月が経ったある夜――アゾリアはふと目を覚ました。暗闇の中で耳を澄ませば、なにか言い争っているような声が聞こえる。北門からのようだった。
『だから証明書がないと――!』
『頼むから開けてくれ! でなきゃ仲間が死んじまう! 親友なんだ!』
「……」
アゾリアはベッドから出ると、寝間着の上から白衣をまといつつ訝しげな顔をした。
深夜の急患。繁華街付近の病院ならそう珍しくはないが、ここは平野のど真ん中であり、飲み屋のトラブルとは無縁である。
そして前方の要塞では基本的に夜間の戦闘はない。もちろん夜襲というものはあるが、その時は要塞からの信号弾によって“おはよう”と知らされるはずである。さらに証明書――正式には後走者移送証明書――を所持していないときては、生真面目な少女がすやすやと眠っていられるはずもない。
(……変だ)
アゾリアは引き出しから軍の身分証――医療補佐官証を取り出すと首にかけ、それから北門へと走った。
証明書がなければ絶対に門を開けてはならない。規則にはそう定められているが、この拠点にいる者たちは規則全般を軽視する傾向にある。
治療のために手順を省略するのではなく“別にいいじゃないか”という理由で――
アゾリアはそれが気になってはいたものの、見習いという立場で指摘するのは困難だった。それはさておき、彼女は体当たりするように司令塔の門を内側から押し開けた。目を細めて北門の方を見やれば、幸いにも門は開かれていないようである。
(さすがに門までは開けなかったか)
門は最後の守りである。
就寝時間の意図的な超過や禁止物の所持――主に酒である――とは深刻さの桁が違う。
アゾリアは安堵の吐息をついた後、北門へと駆けた。夜気から身を守るように白衣の前を抑えながら走ること10秒。彼女は門の前に着いた。そこには顔や胴体に包帯を巻いた男が何人か立っており、負傷者とは思えない機敏な動きで一斉にアゾリアの方へと振り向いた。そして彼らの足元には見知った顔――門番たちが倒れ伏している。
「あ……開けなかったんじゃなくて……!」
開けた後で静かに閉じられたのだろう。開けた者とは別の者の手によって。
『おやおや、こんな子供までぶっ殺さないといけないなんて……サイコーじゃねえか』
「――!?」
投げ放たれた短剣は微かな風斬り音と共にアゾリアの胸に突き刺さり、彼女は仰向けに倒れた。次いで門が勢いよく開けられる、ぎぎぎという音が安寧の刻を軋ませる――更に獰猛な叫び声が続いた。
『もう死体を隠してる暇はねえ! ティアラのゴミ共を派手に焼却して差し上げろ!』
侵入者は後続を含めて30人ほどだった。
彼らは複数のグループに分かれて砲弾のようなものを投げ放ち、人のいる施設――兵舎、そして病棟を兼ねた司令塔――を中心に次々と炎上させていった。
暗黙の掟とはいえ、医療拠点は不可侵である。配備されていた兵士は少数だった上に練度も低く、医師や文官たちと同じように殺されてしまった。
そして朝陽が登る頃、中庭には遺体の積み上げられており、アゾリアもその中にいたが――彼女は生きていた。遺体の山の中で息を殺し、静かに救助を待っていたのだろう。短剣が刺さった身分証を傍らに。
ティアラ神国の軍人は活動時、身分証を首からかけるという規則があるのだが、身分証は金属製なために重く、大半のものはポケットなどにしまっている――アゾリアは規則に、そして自身の生真面目さに救われたということである。
救助されたアゾリアは首都へと移送されて本格的な治療を受けたが、幸いにも身体へのダメージは確認されなかった。が――数日もすると彼女の赤い髪からは色素が抜け、雪のような白色に変じた。
さらにその後、ティアラ神国を中心とした3国間同盟とルイ大帝国との間に熾烈な報復合戦が始まり、その人間性を失った殺し合いは戦争とすら呼べない凄惨極まりないものだった。
『上の連中はなにもわかってない』
現場の言葉通り、視察に訪れた上の連中――将軍や大貴族たち――は悪鬼のごとき形相の兵士たちを目にしてやっと停戦条約の協議を決断した。それから半月後、ルイ大帝国との間に停戦と医療拠点の不可侵が条約として締結され、そしてティアラ騎士団第6後送医療拠点は現在の位置へと移されることとなった。
アゾリアはメリーダの中心的な病院で着々と医療を学び、25歳になった年にティアラ騎士団第6後送医療拠点の指揮官として着任した。その初日である。
『オレはカァムってんだけどさ、あんた規則にえらい厳しいって噂だぜ? いやほら、仲良くいきたいねって話よ』
『なるほど。では仲良くしようじゃないか』
『え!? おい、待てよ! 仲良くってのは――いてててててて!』
白い髪の赤い軍医は初対面で戦闘隊長をやっつけた。
本編は07/14の午前中に更新させて頂く予定です。
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