16話「そもそもボランティアって聞かされてたんですけど!?」
気合を見せる回の幕間です。
よろしくお願い致します。
カァムさんは護衛としてこっそりと着いてきてくれたらしい。指示はアゾリアさん。あの人は鬼じゃなかった。そして襲いかかってきた理由は――
『ちょいとお前さんの力が見たくなったっつうか、気になってな?』
つまり好奇心であんなに激しく襲ってきたと。鬼はこの人だった。笑顔は当てにならないって学習できた。
オリアナさんに相談すれば抗議してくれるだろうけど、なんか情けないから嫌だ――でも本気で冷や汗を流した件に関してはちょっとだけ言わせてもらおう。
「カァムさんは軍人ですよね。神官相手にあれはやり過ぎだと思いませんか?」
「その通りです。神官以前に癒希は子供なのですから!」
僕が頬をふくらませると、フレアさんも抗議してくれた。年齢はあんまり変わらないはずだけど――かなり歳下に思われていたりするんだろうか。それはさておき、僕とフレアさんはじっとりした視線をカァムさんに向けた。でも。
「ま、仕事の一環てやつよ。お兄さんも辛かったなー、うん」
それなりに歳上のお兄さんは肩をすくめながらの苦笑いでへらりと受け流した。
なんとも軽妙な仕草。僕たちは抗議の意思を思い切り削がれてしまった。人生経験のなせるわざってやつなんだろうか。次いでカァムさんは僕の肩を抱くと、耳にひそひそと囁いてきた。
(今回は立ち向かったじゃないか。偉いぞ)
2人きりで薬草探しに向かわされたのは、前回――グルツの時に自分だけ逃げようとしたことを気にしてた僕へのフォローだったみたいだ。
誰にも話してなかったはずだけど、あの場にいたオリアナさんは気付いていて、僕とフレアさんが話す機会をくれたのかもしれない。そしてカァムさんはやり直す機会をくれたってことだ。この人も鬼じゃなかった――けど。
あのことをみんなが知ってるってことでもある。そんな事実に気付いたけど、僕の心は脱皮したばかりの蝶みたいに軽やかだから蒸し返す気にはならない。
(つまり拠点に派遣されたのは僕へのフォローの土台ってことになる)
その目的が達成されたんだから明日にでも帰れるだろう。怖いアゾリアさんとさよならできる。
失礼かもしれないけど、とても嬉しい。頬が緩んでいるのを自覚してはいたけど、引き締めるには少し時間が必要だ。僕はそれだけにこにこしている――
「ところで、お前さんは1週間ほどうちで訓練だって伝えるタイミングはいつだと思う?」
「え!?」
緩んでた頬が懸垂でも始めたのかってくらいに引きつった。
数分だってキツかったのに、1週間も怖い軍医と過ごすってこと!? そんなの考えられない――
「そもそもボランティアって聞かされてたんですけど!?」
「いやなに、される側ってことだよ。神官殿」
「ちょっと!? あの、本気で無理なんですけど――」
血圧が急降下していくのを感じる。
でも、よく考えたらアゾリアさんは指揮官だから僕の訓練をしてる暇なんかないはずだ。あの人は武器を持って戦う職業でもない――僕は一縷の望みに賭けて訊いた。
「訓練はカァムさんが担当してくれるんですよね!? 軍人ですし、とっても強いんですから……」
「そりゃあ、お前」
カァムさんは人当たりがいい笑顔を浮かべると、安心させるように僕の肩に手を置いた。この流れなら――
「我らが指揮官アゾリアが担当してくれるから安心しろ」
そう来ると思ったよ。
僕は両手を頬にあてた叫びの顔で凍り付いてしまった。朝から晩まであの恐ろしい声で怒鳴りつけられたら胃潰瘍どころの話じゃない。
かわいい嘘か笑えない冗談であることを祈りながら見つめると、カァムさんは空を見上げた。相変わらず枝葉で空は見えない――だからカァムさんの横顔を見つめた。
「幼くても敵は容赦しないってのは本当だからな。その時までに強くなっておけよ」
「……」
その言葉は妙に重かった。
オリアナさんもそうだったけど、大人は辛いことを思い出すと遠くを見る時の眼になるのかもしれない――それはそうと、拠点到着前に済ませておかなくちゃならないことがある。
僕はフレアさんの方に振り向いて微笑むと、穏やかさを極限まで意識して言葉を紡いだ。
「戦闘中のあれのことは秘密にしておいて頂けませんか?」
「……最低」
顔を真赤にしたフレアさんはそっぽを向いてしまったけど、悲鳴を上げなかったから大丈夫だと思う。
・
・
「うそですよね!?」
僕は肺と声帯を振り絞って悲鳴を上げた。つまり大丈夫じゃない。
ここは拠点敷地内の教会。その3階にある就寝スペースだ。教会は見た目より広いみたいで、2段ベッドが10台ほど置いてある。
そして侍女の皆様は10人。フレアさんと合わせて11人。僕を入れてもベッドは十分足りる――つまり僕が彼女たちと同じ部屋で今日から1週間を過ごすのに空間的な問題はない。
「でもそれは無理ですよね!? 女の子と一緒の部屋で寝るわけにはいきませんよ!」
さっきと今の絶叫はこれが原因だ。
オリアナさんと同居してる僕ではあるけど、侍女の皆様は完全にがるるるる状態だ。同じ部屋ですやすや眠ろうものなら、明日の朝陽を拝めるかも分からない。
そもそも僕は女子の中に男子が1人って状況を羨ましく思えるタイプじゃない。漫画とかでよくある状況だけど、この世の男子の99%が僕と同じだと思う。残りの1%はそういうチート能力をもってるとしか思えない。
それはそうと、僕はアゾリアさんを説得しようと1歩だけ詰め寄ろうとした――その直前、彼女の目がきらりと光った。こっちの動きを察知したんだろう。メスか注射器でカウンターを決めることだってできたはずだ。
指揮官兼医者の洞察力って凄まじい――冷や汗なんか浮かべつつ驚いてたら、指揮官殿が嘆息した。
「護衛なのだから当たり前だろうに。貴様は異性を理由に人工呼吸を躊躇うのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
言いたいことは分かるけど僕は軍人じゃない。
そもそも僕が困ってるのは、さっきから侍女の皆様が闘志めらめらで法衣の下――スカートの部分だ――に手を入れているからなんだ。取り出すのは名刺とパンツ。それら以外の何かだろう。多分だけど尖ってる。
(それをアゾリアさんに言っても怒られるだけだ。だったら……)
僕は助け舟を期待してフレアさんを見つめた――けど。
「……知りません」
彼女は可愛すぎる膨れっ面でそっぽを向いてしまった。
スマホの壁紙にしたいくらい可愛い――なんてどきどきしてる場合じゃない。
この状況で味方がいないのは危険すぎる。単騎で高難度ステージに挑むようなものだ。つまり不可能。僕は明日の朝陽を拝めない。
本編は07/14の午前中に更新させて頂く予定です。
よろしくお願いいたします。




